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19 母、無双

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  「何てこと・・・」

「ひどい・・」

エマーリアは両手で自分自身を抱きしめるようにして、体の震えを抑えていた。

ゼルマンは唖然として、その後、怒りで顔を真っ赤にさせている。



グリーもセバスティアンも怒りを抑えているのか、こぶしを握り締めている。

フリッツは皆の様子に申し訳なさそうに眉を下げた。

「でも、あくまでも私が見た夢の話ですが」



「でも、ロバートの命は救われたぞ、あながち夢だと笑い飛ばすわけにはいかん」

「それはそうですが、今朝はとにかく全てを止めなければ、と必死だっただけで・・・」

フリッツは今朝の出来事で、ロバートに叱られるかもしれないと、グリーと話していたことを思い出していた。

自分が見たのはただの夢かもしれないし、叔父の件は偶然かもしれない、フリッツは消極的だった。

「しかし、もしもこれから起こる出来事だとしたら・・・」

ゼルマンは判断に迷っていた。



「じゃあ、本当かどうか、まずは私が実証して見せるわ」

「母上?」

「どうやって・・・?」

「もちろん、バロウズ以外の医師に診てもらうのよ」

エマーリアはにっこり笑ってそう言った。



「しかし、そんなことをしたらバロウズは気を悪くするだろう?」

「あら、あなた、私の死とバロウズの気分とどちらが大切なの?」

「そりゃもちろんお前が大切だよ、だが、ずっと公爵家の専属医師だったバロウズ一家を無視するのもどうかと思う。先祖たちがお世話になった事もあるし、あまりむげにはできないぞ」

「それでも、私が本当に健康なのか、すでに病気にかかっているのかは知りたいわ」

「う~ん」

腕組みをして悩むゼルマンにセバスティアンが助け舟を出した。



「旦那様、バロウズ医師に知られないように、別の医師に診ていただけばよろしいのでは?」

「知られないように、なんてできるのか?」

「奥様の知り合いのお宅をお借りして、そこに医師をお招きして診ていただけば、バロウズ医師には知られないでしょう」

「なるほど、それなら大丈夫か、エマーリアは誰か頼めそうな人の心当たりはあるか?」

「そうねえ・・・、あまり適当なお宅にすると、恩を着せられても困るし・・・。

あ、そうだわ!アントワーヌに頼むわ」

「「「は???」」」

「母上、アントワーヌ様、と、は、もしかして・・・王妃様?」

「そうよ」

エマーリアは良いことを思いついたとばかりに、

「早速手紙を書かなくちゃ」

と、今すぐにでも手紙を書きに行こうとする。

「待て待て待て待て、お前、そんなお気軽に・・・」

「あら、大丈夫よ、知ってるでしょ、私たち友達だし、今でも仲良くしてるじゃない」

「いや、でも、王宮に行って診てもらうつもりか?」

「当然よ」

エマーリア以外の全員が言葉を失った。

いくら友達とはいえ、王宮に行って診察をしてもらうとは・・・。

しかし、エマーリアを止めることができる人物は、ここには誰もいなかった・・・。



「ごほん、診察の件は、エマに任せる」

ゼルマンが気を取り直して、次の話をすすめた。



「それで、ロバートにもこの話をしようと思う」

「そうですね、それがよろしいかと」

「いっそのこと、離縁させたらいいじゃない」

エマーリアの発言に、ゼルマンはぎょっとした顔をした。

「さすがに、まだ何もしていないのに離縁させるのは無理じゃないか?」

「だって、そもそも無理やり後妻として娶らされたんでしょ?

ロバート様が離縁を希望するなら、あなたが協力してあげればいいのよ」

「そうですね、それについてもメルダ様たちがいない状態でお話をすすめないといけませんね」

「公爵家に呼べばいいじゃないか」

「旦那様、公爵家に来ることを察知されれば、もれなくあのお二人はついてくるとおもいますよ」

「ううむ、それは面倒だな」

「あ、父上が騎士団に行けばよいのでは?」

「え?ワシが?」

「別に父上が行っていけないわけではないでしょう?

手紙を出したりせずに、騎士団に直接行けば、あの二人にはわかりませんよ」

「そう・・だな」

「じゃあ、叔父上の出勤日に直接伺いましょう」

「うむ、仕事を調整しておこう、フリッツ、お前はそれに合わせてくれ」

「わかりました」



「さてと、それじゃ、今後あの二人が公爵家に来ても、決して相手にしないようにしないと」

「え?」

「今までは、あなたが何も言わないから仕方なく付き合わされていたけれど、私は公爵夫人よ?

シャーロットも公爵令嬢ですもの、こんな言い方はひどいかもしれないけど、たかが子爵夫人が傍若無人にふるまうのがおかしいのよ。

ましてや、ベッティは養子でもない単なる連れ子、何も遠慮することはないわ。

セバス、使用人たちにもそれを徹底させて」

「かしこまりました」

「場合によっては追い出してもいいわ」

「!!エマ、それはちょっと可哀そうでは?」

ゼルマンがそういうと、エマーリアはバサッと扇で顔を半分隠し、こちらをじろりとにらんだ。

「可哀そう?誰が?たかが子爵夫人に我が公爵家を好きにされるいわれはないわ。

そんなに可哀そうなら、あなたがお相手なさいな。

その代わり、私は実家に戻らせていただくわ」

ひぃいいっと声にならない悲鳴を上げるゼルマン。

「すまん、エマーリアの言うとおりに・・・、頼む、セバス」

「お任せ下さい」



「わかればいいのよ」

にっこりと笑ったエマーリアに、ゼルマンもフリッツも決して逆らってはいけないのだと深く誓った。



「シャルにはこの話をしますか?」

「そうねえ、時期を見て、私から話すわ。

あの子はまだ悪意に慣れていないから・・・。

でも、ベッティには会わせないように徹底して」

「はい、でもまだ子供ですからと、同情するものも出てくるかもしれません」

「その時は、公爵家の意向に逆らうのだから、処分はまぬがれないわねぇ」



エマーリア無双で話は終わりになった。





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