神と従者

彩茸

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第二部

一夜

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―――俺達も宛がわれた部屋へと向かうと、既に布団が敷いてあった。
離して敷かれていた布団を令の提案でくっつけ寝転がると、同じく隣に寝転がった
糸繰が何か言いたげな顔で俺を見た。

「どうした?」

 そう言うと、糸繰は少し間を置きフルフルと首を横に振る。

「些細な事でも、遠慮せずに言った方が良いこともあるんだぞ」

 令がそう言いながら俺と糸繰の間に入って丸くなる。
 糸繰は少し悩む様子を見せると、懐からメモ帳と万年筆を取り出した。
 サラサラとメモに文字を書き、恥ずかしそうに目を逸らしながら渡してくる。

〈ただの我儘なんだけど。良ければ、昨日みたいにぎゅってしてほしい。昨日は
 それでちゃんと眠れたから。〉

 そう書かれたメモを見て、まるで小さな子供みたいだと思う。
 糸繰が何かをしてほしいなんて言うことは滅多にない。だから、彼の望みが聞けて
 嬉しかった。

「良いよ。ほら、おいで」

 寝転がったまま、腕を伸ばす。糸繰は俺が了承するとは思っていなかったのか、
 驚いた顔をしていた。
 何となく、本当に深い理由はないのだが、糸繰を思い切り甘やかしてみたく
 なった。何かないかと糸繰を優しく抱きしめながら思っていると、彼の懐に入った
 袋がちらりと見える。
 ・・・そうだ、千代。糸繰が唯一の友達と言っていたあの人形は、何をしていた
 だろうか。

「蒼汰、にゃんか変なこと考えてないか?」

 令がジト目で俺を見る。俺は小さく笑うと、糸繰の頭を後ろに回した手で優しく
 撫でながら口を開いた。

「・・・いと、良い子」

 俺の言葉に、糸繰はビクッと体を震わせる。それに驚いて声を上げると、糸繰が
 顔を赤くしながら俺を見た。
 糸繰は俺から少し離れると、一度仕舞っていた万年筆とメモ帳を懐から取り出す。

〈その呼び方、千代の真似か?そうだよな、千代以外にオレをいとって呼ぶ奴いない
 もんな。〉

「そう、だけど・・・嫌だったか?ごめんな」

 ずいっと差し出されたメモにそう答えると、糸繰は顔を赤くしたまま小さく首を
 横に振る。

〈ごめん、そうじゃない。けど、驚いたし・・・何か、恥ずかしい。〉

 小さい頃から、千代にはそう呼ばれてたから。小さい文字で付け加えるように
 書かれたその文字を見て、俺は糸繰にガバッと抱き着く。
 令が驚いた声を上げて糸繰の後ろに移動し、若干引いたような顔で俺を見ていた。

「あーもう、可愛いなあ!!」

 外出先の宿泊でテンションが上がっているのか、思わず口を突いて出た言葉。
 腕から抜け出そうともがいていた糸繰はピタリと動きを止めると、何とも言えない
 顔で俺を見た。

「あーあ、糸繰にも引かれた」

 令の呆れたような声が聞こえる。うるさいなと口を尖らせながら令を見ると、何を
 思ったか糸繰が抱き着き返してきた。

「うおっ、糸繰?!」

 俺の腕から抜け出すためにもぞもぞと動いていたため、糸繰の顔は俺の胸の位置に
 ある。彼はそのまま俺の胸に顔を埋めるようにして、そっと目を閉じた。
 鬼の角が邪魔をして顔を半ば押し付ける形になっているが、本人は気にしていない
 ようだ。

「糸繰、どうしたんだ?」

 令がそう言って糸繰の頬を前足でつつく。糸繰は少し嫌そうな顔で目を開けると、
 寝転がったままメモにペンを走らせた。

〈疲れた、眠たい。おやすみ。〉

 令にメモを押し付けるように渡した糸繰は、再び目を閉じる。
 そのまま安心したような顔で寝息を立て始めた糸繰に、俺と令は顔を見合わせた。

「あー・・・寝るか、おやすみ」

「電気は消しといてやるよ。おやすみ」

 俺の言葉に、令がそう返す。
 抱き着いたままの糸繰の頭をそっと撫で、俺は布団を被って眠りに就いた。



―――目が覚めると、外はまだ薄暗く。今何時だろうと起き上がろうとして、
思い出した。

「あー・・・」

 糸繰が、しっかりと抱き着いたまま眠っている。足元では令が丸くなって寝て
 おり、動くに動けなくなっていた。

「糸繰、おーい」

 軽く糸繰を揺するも、ぐっすりと眠っているようで起きない。
 今まですぐに起きていたのは眠りが浅かった所為なのかな・・・なんてことを
 考えながら、俺は糸繰を揺すり続ける。・・・ああ、何だかトイレに行きたく
 なってきた。

「起きてくれ、トイレに行けないだろー。・・・いと、いーと、おーい」

 いと、と呼んだからだろうか。突然目を開けた糸繰が、ガバッと起き上がり
 俺から離れた。

「あ、おはよう」

〈おはよう。えっと、呼んだか?〉

 そう書いたメモを渡し、顔を逸らす糸繰。文字を何度か修正した跡があり、
 明らかに動揺していることが伺えた。

「ああいや、ごめん。トイレ行きたくて・・・」

〈ごめん、邪魔してたよな。いってらっしゃい。〉

 糸繰に小さく手を振られ、部屋を出る。部屋を出る直前に振り返ると、耳を
 赤くした糸繰が布団の上で蹲っていた。
 ・・・用を足し、部屋に戻る。糸繰は完全に目が覚めたようで、布団の上で
 ボーっと座っていた。

「あー・・・起こしてごめんな?」

 そう言うと、糸繰は俺に視線を向けフルフルと首を横に振る。

「もう一回寝るか?」

〈いや、いい。次寝たら怖い夢見そうな気がするし、寝たくない。〉

 俺の言葉に糸繰はそう返すと、大丈夫だと言いたげに小さく笑みを浮かべる。
 何処か無理をしているようなその表情に、俺はそっと糸繰の頭に手を伸ばした。

「怖い夢って、どんなのだ?」

 優しく頭を撫でながら聞くと、糸繰は躊躇いがちにメモを書いて渡してくる。

〈お仕置きされたりとか、オレが今まで殺した奴に恨み言を言われ続けたりとか。
 他にも、色々。〉

「精神的ダメージがでかそうだな・・・」

 そう言うと、糸繰は暗い顔で小さく頷いた。

「あ、えーっと・・・そうだ、散歩!散歩に行こう!」

 糸繰があまりに浮かない顔をしていたので、俺はそう言って糸繰に手を差し出す。
 糸繰は少し悩む様子を見せると、頷いて俺の手を取った。



―――吐き出した息が白い。
そこそこ寒い地域に住んでいるおかげで俺にはどうってことないが、糸繰は大丈夫
だろうか。そんなことを考えながら、隣を歩く糸繰を見る。
糸繰は歩きながら足元に転がっていた石を蹴って遊んでいるようで、口から吐き
出される白い息が時折不規則に揺れていた。

「楽しそうだな」

 そう言うと、糸繰は俺を見て小さく笑みを浮かべる。
 そういえば糸繰が味方になってから一度もニタリと笑っているのを見て
 いないな・・・なんて思っていると、ふと糸繰が立ち止まった。

〈利斧様と雨谷様だ。〉

 糸繰がメモを差し出し指さした先を見ると、そこには会話しながら歩く利斧と
 雨谷の姿が。何をしているんだろうと思っていると、二人が立ち止まる。
 利斧がこちらを指さす。雨谷が首を横に振る。利斧が首を傾げる。雨谷がこちらを
 ちらりと見た後、歩き出そうとする。利斧が雨谷の腕を掴み・・・・・・えっ?!

「では、貴方が自分ので確かめれば良いじゃないですか」

 瞬きの間に俺達の目の前にやってきた利斧が、腕を引かれ嫌そうな顔をしている
 雨谷に言う。

「何度も言わせないでよ~。オイラの目は干渉できるなんだ。流れ込んでくる
 情報を整理したりするのは、全部オイラの頭の中でやってるんだってば~。キャパ
 オーバー寸前で頑張ってるの、分かる?」

 嫌な情報はなるべく避けたいの~。そう、雨谷が利斧を見ながら言う。

「ええ、そこは理解していますよ。キャパオーバーした時に貴方がどうなるのかも
 知っているつもりです。・・・ですが、それとこれとは話が別だ。たとえ気に入ら
 ないからだとしても言葉は選んだ方が良いと、雪華に言われませんでしたか?」

「うるさいな~。そりゃ言われたけどさあ・・・」

 利斧の言葉にそう返した雨谷は、ちらりと糸繰を見る。糸繰が首を傾げると、
 雨谷は溜息を吐いて言った。

「・・・昨日。言い過ぎた、ごめん」

 ぶっきらぼうに放たれた言葉。利斧が溜息を吐くと、糸繰は首をブンブンと横に
 振った。

〈昨夜、蒼汰と令のおかげで考えるのを諦めちゃいけないって分かったので。
 新しい生きる理由、ちゃんと探します。なので、答えが出るまで待っていて
 もらえますか?頑張るので、お願いします。〉

 そう書いたメモを雨谷に見せた糸繰は、深々と頭を下げる。雨谷と利斧は目を丸く
 してその様子を見ており、やがて雨谷が小さく笑って口を開いた。

「あははっ、そんな返しをしてくる奴は初めてだなあ。・・・良いよ、待ってて
 あげる」

 そう言った雨谷は、何処か歪な笑みを浮かべていた。・・・いや、そう見えただけ
 かもしれない。
 クスクスと笑う雨谷に、顔を上げた糸繰はホッとした表情を浮かべる。

「・・・・・・貴方、笑い方はんですね」

 雨谷を見ていた利斧が、暗い顔で呟くように言う。

「何のこと~?」

「・・・いえ、何でもありません」

 小さく笑みを浮かべた雨谷が利斧を見ると、彼はそう言って悲しげに笑みを
 浮かべた。
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