神と従者

彩茸

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第四部

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―――それから時は経ち、夏。進路決めで未だに悩んでいた俺に、意外な人物から
声が掛かる。

「え、俺が・・・ですか?」

「そう。バイト代は出すから、頼まれてくれないかな・・・」

 お願い!と頭を下げてくる真悟さん。慌てて頭を上げてください!と言うと、彼は
 申し訳なさそうな顔で言った。

「正直俺がやるべきなんだけどさ、さっき見てもらった通り参拝客が多すぎて捌く
 のが精一杯で」

「まあ、今年に入ってから病気やら事故やらのニュースが増えてますもんね。
 分かりました、もう一回確認なんですけど、俺が狗神を祓い屋から守れば
 良いんですよね?」

「うん、そうだね。親父、過去にした約束があるから人間に手を出せなくてさ・・・
 任せたよ、蒼汰くん」

 真悟さんにそう言われ、はい!と元気良く頷く。
 そして俺は、何人もの悪徳祓い屋に一度に目を付けられてしまった狗神を一日護衛
 することになるのだった。



―――護衛当日。戌威神社の本殿に行くと、狗神がのんびりと日本酒を飲んでいて。

「えっと・・・おはようございます」

 そう声を掛けると、狗神はニコニコと笑いながらおはようと返してくる。

「すまんの、こういう日はここから出ないのが一番なんじゃが・・・今日は信者の
 所へ顔を出すと約束しておってな」

「信者の所へ?」

 狗神の言葉にそう聞くと、狗神は頷く。

「御鈴の所にもおるじゃろう、重役と呼ばれる妖が。ワシは定期的に、そ奴らの所へ
 様子を見に行っておるんじゃよ」

「そうなんですか?!」

「まあ、顔出しするかは神にもよるがの。妖を信者に持つ神は、顔出しして他の
 信者の情報を仕入れたり今後の暮らし方の指示を出したりしておるんじゃ。
 ・・・そうせんと、勝手に争って勝手に死ぬからの」

 一瞬暗い顔をした狗神は、まあそういう訳でよろしく頼む!とニッコリと笑って
 言った。
 ・・・戌威神社を出て少し歩くと、ふと狗神が立ち止まる。

「ほれ、来たぞ」

 その言葉に辺りを伺うと、木々の隙間に人影が見えた。その人影はゆっくりと
 動き、何かを構える動きをする。狗神がピクリと犬耳を動かした瞬間、そこから
 矢が飛んできた。

『柏木』

 手元に出現させた柏木で、矢を弾く。
 どうやら人影は俺の存在に気付いていなかったらしく、いつの間にそこに?!と
 動揺した声が聞こえる。

「・・・狗神、あいつ殺した方が良いですか?」

「いや、いい。ただ、そうじゃのう・・・とびっきりの恐怖を与えてみるというのも
 面白い」

 俺の言葉に、狗神はクスクスと笑いながら言う。恐怖か・・・と思っていると、
 再び矢が飛んできた。
 再び矢を弾くと、また更に矢が飛んでくる。イラッとした俺は狗神と共にそれを
 避け、人影を睨み付けた。

「ちょっと待っててもらって良いですか」

 そう言った俺は、跳躍し人影の前へ着地する。よく見ると人影は髭面の中年男性の
 ようで、俺を見て怯えた顔をしていた。

「おまっ、お前も妖か?!!」

「は?俺は・・・」

 そこまで言って、少し考える。怖がらせるには、少し話を盛った方が良いか。

「俺はだ。喧嘩売る相手間違えたな、オッサン」

 ニヤリと笑い、尻餅をついた男性の真横に柏木を突き立てる。男性はどうやら失禁
 してしまったようで、濡れたズボンから異臭が漂う。

「殺されたくなかったら、今すぐに去れ。ついでに言っておくが、お前が矢を向けた
 相手。あれも神様だからな」

「ひ、ひいぃ!!」

 恐怖で顔を歪めながら、男性は弓矢をその場に残し走り去っていく。小さく息を
 吐いて狗神の所へ戻ると、彼は軽快に笑って俺の背を叩いた。

「まさかお主が自分で神を名乗るとはのう!どうした、自覚することでも
 あったか?」

「違いますよ。そう言った方が、相手がビビってくれる気がしただけです」

「だが、嘘ではあるまい。ニオイで分かる、お主特有の神の力はどんどん強くなって
 おるんじゃぞ」

 狗神の言葉に、目を丸くする。何がどうしてそうなっているのかは分からないが、
 俺がどんどん神に近付いていっているということか。

「信者が増えたか、信仰心が増したか・・・。まあどちらにせよ、神ではない者から
 見れば既にお主は神じゃの」

「・・・まあ、狗神が言うならそうなんですかね」

 思考を放棄して、俺は頷く。そんな俺の様子に狗神は面白そうに笑うと、
 さあ行こうかと歩き出した。



―――暫く歩くと、洞穴のような場所の前で狗神は立ち止まる。

「ここじゃよ」

 狗神がそう言って洞穴を指さしたので、目を凝らして中を覗く。
 すると、ノシノシと奥から狼のような獣が歩いてきた。

「お待ちしておりました」

 口を開いた獣から発せられた言葉を聞いて、妖だったのかと思う。

「そちらの方は?」

 獣がそう言って俺を見る。雇われ用心棒じゃよと笑った狗神に、獣は溜息を吐く。

「貴方様は、得体の知れぬものに心を許し過ぎです。あの祓い屋の人間といい、
 その理解し難いニオイの輩といい・・・」

 どうやら俺は、この妖に良く思われていないらしい。獣の言葉に狗神は少しの間
 黙ると、ゆっくりと口を開いた。

「・・・ワシの前で、あの祓い屋の、死人の話を口にするな。それに、こ奴は真悟に
 気に入られておる」

 狗神の目を見てゾッとする。絶対的強者の目というのは、こんな感じなの
 だろうか。
 獣はキュウ・・・と怯えたような声を出した後、静かに頭を垂れる。

「申し訳ありません、失言でした。・・・それにしても、息子殿に気に入られるとは
 珍しい。彼は幼い頃から周囲と一線を引いている子だったでしょう」

「そうさせてしまったのはワシの所為でもあるんじゃがな・・・」

 狗神の言葉に、気にしすぎですと獣は言う。そうかの・・と狗神が眉を下げて
 いると、洞穴の奥から声がした。

「ととさま、誰とお話してるのー?」

 そう言いながら洞穴から出てきたのは小さな獣。獣をそのまま小さくしたような
 その姿に、この妖の子供だろうか?と思う。

「こら、勝手に出てくるなと言っただろう」

「だって、ととさま戻ってこないから・・・あ!狗様いぬさまだ!!」

 狗神を視界に入れた小さな獣は、尻尾をブンブンと振りながら狗神に駆け寄る。
 狗神はそんな小さな獣の様子を見て尻尾をゆらゆらと揺らし、飛び込んできた
 小さな獣を抱きしめた。

「こらっ!お前、狗神様に対して何てことを・・・!」

 焦った様子の獣に、狗神は良いんじゃよと優しい笑みを浮かべながら小さな獣の
 頭を撫でる。

「狗様狗様!あのね、前にお話ししたやつね、できるようになったの!」

「ほう。見せてくれるか?」

 何の事だろうと思いながら、うん!と言って狗神から飛び降りた小さな獣を見る。
 小さな獣が踏ん張って力を籠める様子を見せると、すぐに体の周りに白い靄を纏い
 始める。体を覆い隠していた靄が晴れると、そこには狼の耳と尻尾を生やした
 小学生くらいの少年が座っていた。毛色と同じ色の甚平を着た少年は、狗神に
 人懐っこい笑顔を向ける。

「上手に変化できたのう」

「今はね、耳と尻尾も消せるように頑張ってるんだ!・・・ねえ狗様、これで
 真悟様とも仲良くなれるかな?」

「真悟は・・・どうじゃろうなあ。誠とは仲良くなれるかもしれんの」

 狗神に抱き着きながら聞いた少年に狗神がそう答えると、少年は俺を見る。

「そっちの、えっと・・・神様?はどうやって真悟様と仲良くなったの?」

「え、俺?いや、真悟さんに気に入られた理由は俺にもさっぱり・・・っていうか
 俺、別に神じゃ」

 そこまで言うと、狗神が俺の口を手で塞ぐ。

「言ったじゃろう?神ではない者から見れば既にお主は神じゃと。一度肯定した
 からには自分を否定するな、神が己を否定したらロクなことにならんぞ」

 狗神がかなり真面目な顔で言ったので、俺は口を噤む。

「えっと・・・神様?は、神様じゃないの?」

 少年がきょとんとした顔で聞く。俺は少し悩むと、少年と目を合わせるように
 屈んで言った。

神じゃない、が正しいかも。ごめんな、自分でも理解が追い付いてないんだ」

「こ奴、元は人間での。別の神の従者なんじゃが・・・神に成りつつある、まあ
 特殊な奴じゃ」

 訝しげな眼を向けてきた獣に、狗神が小声で説明する。小さな獣の方はというと、
 へー・・・とよく分かってなさそうな顔をしていた。
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