神と従者

彩茸

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第五部

稽古

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―――部屋に戻り、暫くのんびりしてから夕飯を食べ・・・気付けば、夜も更けて
いた。

「俺ここー!」

 そう言って、圭梧が真ん中の布団にダイブする。

「・・・俺は端で良い」

 悠斬さんはそう言うと、窓際の布団へ移動する。

「糸繰はどっちがいい?」

 そう聞くと、糸繰は迷うことなく言った。

「廊下側。すぐに部屋から出られる位置が良い」

「そっか。じゃあ、俺は真ん中・・・おい圭梧、ど真ん中に居るなよ。俺どっちに
 寝れば良いんだよ」

 俺の言葉に、圭梧はごめんごめんと苦笑いで悠斬さん側の布団に移動する。
 俺は糸繰と圭梧に挟まれて寝る感じか。そう考えながら、俺も布団に寝転がる。

「明日は何しようなー」

 圭梧がそう言って俺を見る。

「そうだな・・・糸繰は何がしたいとかあるか?」

「稽古。悠斬と約束したから」

 俺の問いにそう答えた糸繰は、圭梧もやるか?と上体を少し起こして圭梧を見る。

「えー、悠斬さんの稽古なあ・・・」

「文句でもあるのか」

 不満げな声の圭梧に、悠斬さんが言う。彼は俺達に背を向けていてこちらの話には
 興味がないものだと思っていたが、どうやら話は聞いていたらしい。

「イヤ、ナイデス・・・」

 片言で返す圭梧。彼の表情から察するに、怒られるのを避けたいようだ。

「稽古して、その後に旅館の近くにある滝を見に行きたい。綺麗だって、他の
 宿泊客が言ってるのを聞いたんだ」

 嬉しそうな声で糸繰が言う。
 良いよな、悠斬?そう聞いた糸繰に、悠斬さんは顔をこちらに向けることなく
 言った。

「終わった後なら良いだろう。動けるならな」

「頑張る。・・・悠斬も、皆と一緒に見に行こう」

「気が向いたらな」

 悠斬さんの返しに、糸繰はクスクスと笑う。そして再び寝転がり布団を被ると、
 もぞりと動いておやすみと目を閉じた。
 きっと体勢を変えて丸くなったんだろうな。そんなことを考えながら、俺も
 おやすみと布団を被る。

「電気・・・あー、消すの俺かよ」

 圭梧がそう言って立ち上がり、電気を消す。
 ・・・真っ暗になった部屋の中。襲って来た眠気に身を委ね、俺はゆっくりと
 目を閉じた。



―――次の日。朝食を済ませた俺達は、各々自由行動ということで夕飯時にまた
集まることになった。糸繰は圭梧と共に悠斬さんと稽古をするようで、そういえば
迎えに行くだけで稽古の様子は見たことなかったなと俺も付いて行くことにした。
稽古は実践形式で行われていて。糸繰と悠斬さんは彼らが普段から持っている刀を
使い戦い続ける。

「踏み込みが甘い」

 悠斬さんがそう言うと同時に、刀を弾く。持っていた刀が宙に舞い、糸繰は焦った
 ように悠斬さんから距離を取った。
 刀が飛んで行った方向をちらりと見た糸繰は、悠斬さんから視線を外さず地を
 蹴って刀を拾いに行く。

「あと三発だ」

 悠斬さんが言う。

「三発以内に、俺に刃を届かせてみせろ」

「はい!」

 悠斬さんの言葉に強く返事を返した糸繰は、力強く地を蹴って悠斬さんとの距離を
 詰める。
 一発目、再び刀が弾かれる。
 二発目、悠斬さんに足払いを掛けられる。
 三発目・・・糸繰の動きが、変わった。

「・・・ほう?」

 悠斬さんが感心したような声を出す。
 距離を詰めるところまでは同じだった糸繰が、突然姿勢を低くして刀を構えた。
 それに合わせて下からの攻撃に備えるように刀を構えた悠斬さんに、糸繰が
 足払いを掛けた。流石の体幹と言うべきか、悠斬さんはバランスを崩しかけるも
 即座に立て直す。そこに、糸繰が顔面目掛けて蹴りを繰り出した。そんなに体
 柔らかかったのか、なんて感想が出てくる。

「これ、っで・・・!」

 蹴りを避けた悠斬さんに、糸繰が中段から斬りかかる。もう少しで刃が届く。
 ・・・その矢先だった。

「甘いな」

 悠斬さんの肘鉄が糸繰の頭に直撃する。かなり痛そうな音を発した後、糸繰は頭を
 抱えて蹲った。

「それは聞いてないっ・・・」

「敵が一々話すと思うか?」

「う・・・話さないな」

「そういう事だ」

 痛そうに震えている糸繰の声と、平然としている悠斬さんの声。
 これが格の違いかあなんて思っていると、圭梧が言った。

「悠斬さん、糸繰にはマジで容赦ないんだよな」

「痛そうだな、あれ・・・」

「鬼だから容赦ないのか、糸繰だから容赦ないのか・・・まあ、どっちにしろ毎回
 あんな感じだよ」

 圭梧の言葉にうへぇと小さく声を漏らすと、糸繰がゆっくりと立ち上がる。

「悠斬・・・」

「・・・行ってこい」

 悠斬さんとそんな言葉を交わした糸繰は、頷いて何処かへ駆けて行った。

「あの・・・糸繰、何しに行ったんですか?」

 悠斬さんにそう聞くと、彼は糸繰が駆けて行った方向を見ながら言った。

「吐きに行ったんだろう」

「えっ」

「糸繰から聞いていないのか?」

「激しい運動の後は気持ち悪くなりやすいってのは、前に聞きましたけど・・・」

 そう言うと、悠斬さんはそうかとだけ言って圭梧を見る。

「お前はやらないのか」

「俺が共闘出来ないの知ってるじゃないですかー」

「逃げる理由にはならない」

「・・・分かってますよ、そのくらい」

 暗い声で、圭梧はボソリと呟く。悠斬さんの元へ歩みを進めながら、圭梧は刀を
 構えた。

「一対一なら、ちゃんとやりますって」

「そうか」

 悠斬さんの言葉と共に、刀と刀がぶつかり合う音が響く。糸繰とはまた違った
 動き、重く響く音。見ているだけで、息が詰まりそうになる。

「蒼汰。圭梧のは危ないから、こっち」

 いつの間にか戻ってきていた糸繰が、そう言って俺の手を引く。
 少し離れて圭梧と悠斬さんの稽古を眺めつつ、体調は大丈夫なのかと糸繰に聞く。
 彼は苦笑いを浮かべると、頷いて口を開いた。

「大丈夫、少し吐いたら楽になったから」

「毎回吐いてるのか?」

「・・・まあ、そうだな。吐きそうになる前にやめても良いんだけど、それじゃ強く
 なれない気がして。実践じゃ、吐いても敵は止まってくれないから」

「そうだけど・・・」

「ごめん、心配掛けてるんだよな。悠斬にも言われたんだ、ちゃんと説明はしておけ
 って。・・・だから、ごめん」

 糸繰の言葉に、謝るなよと返す。少し不安になって糸繰の手に自身の手を軽く
 当てると、彼は小さく笑みを浮かべて手を握ってきた。
 大丈夫。そう糸繰の口が動かされる。小さく頷くと、握ってくる手の力が少し
 強くなった。
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