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第三章 刺激的なスローライフ

30.定番料理

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崩れてしまった石壁にちょうど良い大きさに切った石を積んで、その上に漆喰を塗り補強しながら

『ホント何で父さんはこんな技術を持っていたんだ???』

と首を捻る。

父さんはパラディンであって、決して職人ではない。
母さんからも、父さんがかつて建築に携わった事があったといった話は聞いたことないのだが?


雨漏りの修理を終えて、さて次は何をするかと思いながら外に出ようとした時だった。

長年の湿気で歪んでしまったのだろう。
扉が床に引っ掛かり、無理に押し開けば下の部分が削れるのだろう、ガガガとどこか痛々しく大きな音を立てた。

それが気になって、なんとかこれも直せないかと試しにスキルを発動させれば……。
驚いたことにまた自然と手が動いた。

まず、一度扉を枠から外す。
そして痛んでしまっていた部分と破損してしまっていた部分に鉋をかけ、欠けてしまった部分をパテで穴埋めるた。
更にその上からワックスをかけて磨き上げ、美しく蘇った扉を再度枠に取り付ければ、重く古い(アンティーク)の扉独特の開閉の際の小気味良い軋み音を立てて、扉がきっとかつてローザがここに住んでいた時のようにスッと開いた。

不思議に思う気持ちよりも、だんだん修理が面白くなって。
次は外に出て、荒れ放題となっている庭に向かってわくわくしながら手を伸ばせばスキルを使えば、期待した通りまた勝手に体が動いた。






◇◆◇◆◇

生垣の木を、鼻歌交じりに綺麗に整えていた時だった。

「君は本当に器用というかなんというか。能力の無駄遣いをさせたら右に出るものはいないねぇ」

と、後ろから声をかけられた。
こんな皮肉めいたしゃべり方をする奴を、俺は一人しか知らない。

剪定ばさみを閉じ、

「能力の無駄遣いとは何事だ。俺の夢は昔から田舎でスローライフを送ることだったんだ。今あるものを修繕し、ありし日の輝きを蘇らせ大切に使う。これぞまさしくスローライフの醍醐味! 夢が叶った今、持てる力のすべてを趣味に費やして何が悪い」

熱く語り反駁しながら振り返れば、最初に会った時と同じく老人に扮していたカルルが

「キミは本当に欲がないなぁ」

と呆れたように、でもやはりまた妙に楽し気に笑った。


「なぁ、どんな手を使ったんだ?」

挨拶も何もかもすっ飛ばして。

さっきからずっと疑問に思っていた事についてそう尋ねれば。
何の事だ、もう少し詳しく話せとばかりにカルルが首を捻った。

「俺を変身させる時、何か俺のスキルに勝手に手を加えただろう?」

すると、そんな俺の質問を聞いたカルルがニヤッと目を細め、

「別にぃ。キミのスキル自体に私は何ら手は加えてはいないよ。スキルには、ね。私が手を加えたのは……」

そう言いかけた時だった。
突然、ポツリ、ポツリと大きな雨粒が落ちてきて、すぐに本降りの雨となったので、とりあえず話は後回しにして城の中に入った。


そうして、話を戻そうと再度口を開きかけたタイミングで、

「参ったよ。すっかり濡れ鼠だ」

そういいながらびしょ濡れになったニコラが戻ってきたので。
カルルと共に主役トレーユも到着したことだし、ニコラが風邪をひく前に先に温かい鍋を皆で囲むことにした。






◇◆◇◆◇

「おいしーー!! この間食べたシチューもおいしかったけど、この黄色いスープもいろんなスパイスが効いていて美味しいね!!」

そう言って頬を抑えるアリアの皿に、それは良かった、じゃあもっと喰えと、薄く延ばして焼いたパンを乗せた。

「ハクタカ、そっちの丸いパンみたいなものは何?」

アリアにそう聞かれたので、小麦粉を水で溶いた生地にぶつ切りのシーフードを入れ、専用のフライパンで丸く成形して焼き上げたパンケーキもどきを、更にいくつかアリアの更に乗せてやる。

複数の粉末香辛料を混合させて作ったソースで野菜と肉を煮込んだ黄色いスープも、丸いシーフードが入ったパンケーキもどきも、どちらも下町の庶民がするお泊り会パーティーに欠かせない定番メニューだ。


アリアが美味しそうに食べるの見るが嬉しくて。
あれこれ取り分け、思わずアリアの綺麗な髪を癖でよしよしと撫でた時だった。

「ハクタカの好々爺ぶりは相変わらずなんだな」

とローザに笑われてしまった。

「好々爺って……俺は何を隠そうまだピチピチの十九歳なのだが?? 爺なのはむしろニ……」

そう言いかけた時だ。
俺の背を、ニコラがその短い脚を最大限伸ばして思い切り蹴り上げた。

守護の魔法をかけて
いたのでさして痛くないが、そうでなければやはり治療院送りだ。

『なんだよ、暴露大会に繋げるにはピッタリの話題だろう?!』

他の奴らに聞こえぬよう、ささやき声でニコラにそう文句を言えば、

『自分の秘密を暴露すればいいだろう!!』

と鬼の形相で睨まれてしまった。


俺だって出来ることならそうしたいが。
残念ながら俺にさしたる秘密は無いのだが?


さて……。
どうやって初恋の話の流れに持っていこうかと、そう思案に暮れた時だ。

下町料理パーティーメニューと神殿での夕餉ゆうぜんに質素という共通点でも見出し懐かしくでもなったのだろうか。
まるで修行僧のように、厳かにパンケーキもどきを食していたトレーユが

「美味しくない??」

アリアにそう聞かれ

「そんなことはない」

と、行儀よく持っていたフォークゆっくり置き首を横に振った後、楽し気な雰囲気に酔うとは程遠い、酷く落ち着いた声で

「それで、僕に話というのは?」

そう自ら切り出してきた。
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