7 / 17
7.目を疑い、心を騙す
しおりを挟む自分の生き方を再度確認したら、心が安定した気がする。
庭師とにこやかに会話を楽しんでいるマシューを窓から眺めて、ため息が漏れた。
もう、虚しさや悲しみが胸に襲ってくることはない。マシューの愛され体質とそれにあっさり引っ掛かる使用人に、呆れ混じりの感心をしてしまうだけだ。
(トモヤが書き残した【BLゲーム】の主人公は、どうしてそんなに愛されるのかなって思っていたけど、優れた容姿と愛嬌が魅力ってことかな?)
マシューを見ながら分析し、そんな生き方は窮屈そうだと憐れみを抱いた。周囲の者から愛されることでしか、己の価値を見出せていないように思えたから。
自分のアイデンティティを、他人からの評価で保つなんて恐ろしい。
僕は人の心があっさりと変わることを知っている。
かつて、父上から冷遇されていた僕を、ほとんどの人が無視した。でも、一度僕の立場や価値を示すと、一気に態度が変わった。役所の長官は未だに僕の顔色を窺っているし、銀行は父上が領地の資産を自由に扱うことを許さない。
人は様々な価値観で相手への評価を一瞬で変えるのだ。そんな移ろう人の心に、僕は自分のアイデンティティを預けたくない。
「……そろそろ、マシューをどうするか、本格的に考えないと」
ぽつりと呟く。
そもそもマシューは何故この領地に来たのか。明確な言葉にしないものの、出くわす度に話しかけてくるマシューの口振りから、彼の意思は透けて見えていた。
僕が領地で自由に動き出したことで、父上の権限はほぼ無くなったと言える。王都の屋敷に関しては、その管理を一任することにしたけれど、その予算は贅沢できるほどの額を割り振っていない。貴族としての体面を保てる程度にはあるから、僕はそれで十分だと思っている。
でも、父上やマシューはそれが不満なのだろう。もしかしたら、父上の後妻におさまった女性も。
マシューは暗に言うのだ。「僕はお兄様と同じく、父上の血を引いています。この領地に関する権限を、僕にも分けてください。お兄様だけ独り占めしているなんてズルいです」と。
愛らしく、庇護欲をそそられるような表情と仕草で、多くの者は騙されているようだけれど、僕は呆れるしかない。
父上はトンプソン伯爵家の血を引いていない。だからこそ、僕はこの領地での権限を、父上から容易に奪えたのだ。つまり、父上の血を引いていることは、領地に関わる権利を証明しない。
僕はこれまでにそのことを手紙で明確に伝えてきたつもりだったけれど、彼らは全く理解していないらしい。
「面倒だなぁ……」
話が通じない予感がして、打つべき手が見いだせず、ため息をつきながら腕を組んだ。
こんな時ほど、ブラッドの意見を聞きたい。でも最近、ブラッドは僕の傍にいないことが多いのだ。
「――僕が爵位を継ぐ手続きで、ブラッドが忙しいのは分かっているけど……」
もう少し傍にいてくれてもいいのでは? と思うのは、僕が悪いのだろうか。
理不尽な不満かもしれない。それでも、困っている時に僕が傍にいてほしいと思うのはブラッドだけなのだ。
他の使用人は、どうしても心から信用できない。マシューと親しげにしている者たちはなおさらだ。
でも、僕が目覚めた時とは違い、みんな仕事を放棄してはいないから、咎めることはしない。
「はぁ……とにかく、今片づけられることからしていよう……」
そろそろ花が咲くころなのに、ろくに世話に行けていない。庭師も管理してくれているはずだけれど、僕自身が丁寧に手入れしたいのに。
愛情を注げば注ぐだけこたえてくれる植物は僕の癒しで、今こそ必要なものだ。
マシューと出くわしたくないから庭に行くことを諦め、窓から離れようとした。その瞬間、視界の端に見えたものに、慌てて姿勢を戻して外を凝視する。
ブラッドだ。
忙しいはずなのに、庭に出てきたらしい。僕が部屋にいなかったから、庭にいないかと探しに来たのだろうか。
(……ブラッド、やっぱり格好いいなぁ)
久しぶりにまじまじと見た気がして、自然と頬が緩む。
思っていたよりも元気そうだ。この感じなら、夕食後に部屋に誘っても大丈夫かもしれない。たまにはのんびりと話したい。僕の思いを聞いてほしい。
まだ外にはマシューがいるから、今声を掛けることはできない。それが残念だ。
少し名残惜しく感じながらも、部屋へ戻ろうと歩き出したとき、身体が固まった。
未練がましく見ていた窓の外で、ブラッドがマシューに話しかけられていた。
マシューがブラッドにすり寄っていて、その距離の近さに不快感が込み上げてくる。加えて、ブラッドがマシューを拒否していないのを見ると、どうしようもなく悲しみが押し寄せてきた。
「――どうして……ブラッドまで……」
僕の生き方は定まったはずなのに、心に不安が忍び寄ってきた気がした。
(……いや、何を狼狽えているんだ。ブラッドだって、他の使用人と大して変わらなかったってことだろう。勝手に期待して、勝手に悲しんで。ただ……それだけだ)
簡単に揺らぐ心が煩わしい。やはり誰かに心を傾けるべきではなかった。自分の生き方を貫くためには、僕は誰かにもたれかかってはいけないのだ。
窓にぼんやりと自分の姿が映っていた。
マシューのような愛くるしさはない。客観的に見てもそれなりに美人だと思うけれど、どこか冷たく感じる容姿。これが僕だ。
「――僕は自由に生きる。そう決めたんだ。……だから、一人で、いい」
それが一番楽に生きられる方法だと、自分自身に語り掛けるように呟いた。
……何度もそう言い聞かせなくてはならないくらい、自分の心がその決断に納得していないという事実から、目を逸らして――。
267
あなたにおすすめの小説
生まれ変わったら知ってるモブだった
マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。
貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。
毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。
この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。
その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。
その瞬間に思い出したんだ。
僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。
男だって愛されたい!
朝顔
BL
レオンは雑貨店を営みながら、真面目にひっそりと暮らしていた。
仕事と家のことで忙しく、恋とは無縁の日々を送ってきた。
ある日父に呼び出されて、妹に王立学園への入学の誘いが届いたことを知らされる。
自分には関係のないことだと思ったのに、なぜだか、父に関係あると言われてしまう。
それには、ある事情があった。
そしてその事から、レオンが妹の代わりとなって学園に入学して、しかも貴族の男性を落として、婚約にまで持ちこまないといけないはめに。
父の言うとおりの相手を見つけようとするが、全然対象外の人に振り回されて、困りながらもなぜだか気になってしまい…。
苦労人レオンが、愛と幸せを見つけるために奮闘するお話です。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
名もなき花は愛されて
朝顔
BL
シリルは伯爵家の次男。
太陽みたいに眩しくて美しい姉を持ち、その影に隠れるようにひっそりと生きてきた。
姉は結婚相手として自分と同じく完璧な男、公爵のアイロスを選んだがあっさりとフラれてしまう。
火がついた姉はアイロスに近づいて女の好みや弱味を探るようにシリルに命令してきた。
断りきれずに引き受けることになり、シリルは公爵のお友達になるべく近づくのだが、バラのような美貌と棘を持つアイロスの魅力にいつしか捕らわれてしまう。
そして、アイロスにはどうやら想う人がいるらしく……
全三話完結済+番外編
18禁シーンは予告なしで入ります。
ムーンライトノベルズでも同時投稿
1/30 番外編追加
顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!
小池 月
BL
男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。
それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。
ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。
ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。
★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★
性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪
11月27日完結しました✨✨
ありがとうございました☆
次は絶対死なせない
真魚
BL
【皇太子x氷の宰相】
宰相のサディアスは、密かにずっと想っていたカイル皇子を流行病で失い、絶望のどん底に突き落とされた。しかし、目覚めると数ヶ月前にタイムリープしており、皇子はまだ生きていた。
次こそは絶対に皇子を死なせないようにと、サディアスは皇子と聖女との仲を取り持とうとするが、カイルは聖女にまったく目もくれない。それどころかカイルは、サディアスと聖女の関係にイラつき出して……
※ムーンライトノベルズにも掲載しています
花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?
銀花月
BL
魔導師マルスは秘密裏に王命を受けて、花街で花を売る(フリ)をしていた。フッと視線を感じ、目線をむけると騎士団の第ニ副団長とバッチリ目が合ってしまう。
王命を知られる訳にもいかず…
王宮内で見た事はあるが接点もない。自分の事は分からないだろうとマルスはシラをきろうとするが、副団長は「お前の花を買ってやろう、マルス=トルマトン」と声をかけてきたーーーえ?俺だってバレてる?
※[小説家になろう]様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる