悪役令息になる前に自由に生きることにしました

asagi

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7.目を疑い、心を騙す

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 自分の生き方を再度確認したら、心が安定した気がする。

 庭師とにこやかに会話を楽しんでいるマシューを窓から眺めて、ため息が漏れた。

 もう、虚しさや悲しみが胸に襲ってくることはない。マシューの愛され体質とそれにあっさり引っ掛かる使用人に、呆れ混じりの感心をしてしまうだけだ。

(トモヤが書き残した【BLゲーム】の主人公は、どうしてそんなに愛されるのかなって思っていたけど、優れた容姿と愛嬌が魅力ってことかな?)

 マシューを見ながら分析し、そんな生き方は窮屈そうだと憐れみを抱いた。周囲の者から愛されることでしか、己の価値を見出せていないように思えたから。
 自分のアイデンティティを、他人からの評価で保つなんて恐ろしい。

 僕は人の心があっさりと変わることを知っている。

 かつて、父上から冷遇されていた僕を、ほとんどの人が無視した。でも、一度僕の立場や価値を示すと、一気に態度が変わった。役所の長官は未だに僕の顔色を窺っているし、銀行は父上が領地の資産を自由に扱うことを許さない。

 人は様々な価値観で相手への評価を一瞬で変えるのだ。そんな移ろう人の心に、僕は自分のアイデンティティを預けたくない。

「……そろそろ、マシューをどうするか、本格的に考えないと」

 ぽつりと呟く。
 そもそもマシューは何故この領地に来たのか。明確な言葉にしないものの、出くわす度に話しかけてくるマシューの口振りから、彼の意思は透けて見えていた。

 僕が領地で自由に動き出したことで、父上の権限はほぼ無くなったと言える。王都の屋敷に関しては、その管理を一任することにしたけれど、その予算は贅沢できるほどの額を割り振っていない。貴族としての体面を保てる程度にはあるから、僕はそれで十分だと思っている。
 でも、父上やマシューはそれが不満なのだろう。もしかしたら、父上の後妻におさまった女性も。

 マシューは暗に言うのだ。「僕はお兄様と同じく、父上の血を引いています。この領地に関する権限を、僕にも分けてください。お兄様だけ独り占めしているなんてズルいです」と。

 愛らしく、庇護欲をそそられるような表情と仕草で、多くの者は騙されているようだけれど、僕は呆れるしかない。

 父上はトンプソン伯爵家の血を引いていない。だからこそ、僕はこの領地での権限を、父上から容易に奪えたのだ。つまり、父上の血を引いていることは、領地に関わる権利を証明しない。

 僕はこれまでにそのことを手紙で明確に伝えてきたつもりだったけれど、彼らは全く理解していないらしい。

「面倒だなぁ……」

 話が通じない予感がして、打つべき手が見いだせず、ため息をつきながら腕を組んだ。
 こんな時ほど、ブラッドの意見を聞きたい。でも最近、ブラッドは僕の傍にいないことが多いのだ。

「――僕が爵位を継ぐ手続きで、ブラッドが忙しいのは分かっているけど……」

 もう少し傍にいてくれてもいいのでは? と思うのは、僕が悪いのだろうか。
 理不尽な不満かもしれない。それでも、困っている時に僕が傍にいてほしいと思うのはブラッドだけなのだ。

 他の使用人は、どうしても心から信用できない。マシューと親しげにしている者たちはなおさらだ。
 でも、僕が目覚めた時とは違い、みんな仕事を放棄してはいないから、咎めることはしない。

「はぁ……とにかく、今片づけられることからしていよう……」

 そろそろ花が咲くころなのに、ろくに世話に行けていない。庭師も管理してくれているはずだけれど、僕自身が丁寧に手入れしたいのに。
 愛情を注げば注ぐだけこたえてくれる植物は僕の癒しで、今こそ必要なものだ。

 マシューと出くわしたくないから庭に行くことを諦め、窓から離れようとした。その瞬間、視界の端に見えたものに、慌てて姿勢を戻して外を凝視する。

 ブラッドだ。
 忙しいはずなのに、庭に出てきたらしい。僕が部屋にいなかったから、庭にいないかと探しに来たのだろうか。

(……ブラッド、やっぱり格好いいなぁ)

 久しぶりにまじまじと見た気がして、自然と頬が緩む。
 思っていたよりも元気そうだ。この感じなら、夕食後に部屋に誘っても大丈夫かもしれない。たまにはのんびりと話したい。僕の思いを聞いてほしい。

 まだ外にはマシューがいるから、今声を掛けることはできない。それが残念だ。
 少し名残惜しく感じながらも、部屋へ戻ろうと歩き出したとき、身体が固まった。

 未練がましく見ていた窓の外で、ブラッドがマシューに話しかけられていた。
 マシューがブラッドにすり寄っていて、その距離の近さに不快感が込み上げてくる。加えて、ブラッドがマシューを拒否していないのを見ると、どうしようもなく悲しみが押し寄せてきた。

「――どうして……ブラッドまで……」

 僕の生き方は定まったはずなのに、心に不安が忍び寄ってきた気がした。

(……いや、何を狼狽えているんだ。ブラッドだって、他の使用人と大して変わらなかったってことだろう。勝手に期待して、勝手に悲しんで。ただ……それだけだ)

 簡単に揺らぐ心が煩わしい。やはり誰かに心を傾けるべきではなかった。自分の生き方を貫くためには、僕は誰かにもたれかかってはいけないのだ。

 窓にぼんやりと自分の姿が映っていた。
 マシューのような愛くるしさはない。客観的に見てもそれなりに美人だと思うけれど、どこか冷たく感じる容姿。これが僕だ。

「――僕は自由に生きる。そう決めたんだ。……だから、一人で、いい」

 それが一番楽に生きられる方法だと、自分自身に語り掛けるように呟いた。

 ……何度もそう言い聞かせなくてはならないくらい、自分の心がその決断に納得していないという事実から、目を逸らして――。

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