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三章.雪豹の青年
72.雪豹の青年と侵入者
のんびり庭を歩いていると、どこからか人の声が聞こえた。普段聞いている使用人の声ではない気がする。
「ルイス、あっちから――」
「スノウ様、そろそろお部屋に戻りましょう」
声が聞こえた方を指さそうとした瞬間、ルイスが硬い声で制止した。これはとても珍しい。スノウの行動を止めることは、普段のルイスではあまりないことだ。
そっと表情を窺うと、警戒心に満ちた目を庭の奥、声が聞こえた方に向けていた。
「……やっぱり、おかしいよね?」
「はい。おそらく許可を得ずに侵入してきた者がいます。早く中へ」
背を押して急かされて、スノウは素直に従う。早足で進まなければならないのは少し疲れる。でも、ルイスがスノウの安全を第一に考えているのは分かっていた。
「許可が必要だって知らない、招待客さんかなぁ」
棟の中に入ったところでぽつりと呟く。この棟も立ち入りが制限されていて、中庭よりも警備が強固だから、不審者が入ってくることはないだろう。
そう思ってスノウは安堵していたけれど、ルイスはまだ緊張したままだった。
「スノウ様、今は静かに部屋へ――」
緊迫感のある声で囁かれ、スノウは口を閉じた。足を早めながら周囲を窺うけれど、普段との違いは感じられない。シンと静まった雰囲気だ。
……いや、それが奇妙かもしれない。中庭に許可を得ず入ってきた者がいたら、警備が騒ぎそうなものなのに、そんな様子が一切感じられない。
それに思い至って、スノウも緊張感が高まった。魔王城に来てから、こんなに危機感を感じたのは初めてだ。
(……アーク、なんだか怖いよ……)
激しく鼓動を打つ胸のあたりを手で押さえ、ルイスに従って部屋へと進む。散歩のためにと、部屋から離れたところまで来てしまったことを少し後悔した。
――カチャ……。
不意に傍の扉が開いたことに、心臓が跳ねる。身体まで大きく震えて、スノウは反射的に跳び退った。
「スノウ様!」
慌てて近づいてきて、スノウを背後に庇うようにルイスが立ち塞がる。その前に一人の女性がいることに、スノウは既に気づいていた。開いた扉から出てきたのだ。
「……竜族の人?」
「ごきげんよう、雪豹さん。よい散歩日和ですわね」
女性がにこりと笑う。スノウのお披露目の宴で、アークに近づいて避けられた美女だった。
ここにいるのが当たり前みたいな顔をしているのが、なんとも怖い気がする。立ち入れないはずなのに、どうやってここまで侵入したのだろうか。
「竜族の方。ここは立ち入りが制限されております。ただちに退去をお願いいたします」
「あら、スライムごときが偉そうに。アーク様は竜族の長よ? 長の居住地への立ち入りを制限されるのはおかしいでしょう」
「いや、どう考えても、そちらが間違っていますよ……」
ルイスの言葉に耳を貸さず、女性がスノウを見つめる。ルイスが隠そうとしてくれるけれど、流石にスノウも成長しているので、隠しきれるものではない。
「私はリリアン。アーク様の婚約者として、あなたにお話をしにまいりましたわ」
「……こんやくしゃ」
リリアンの言葉を反復して、暫く後にその意味を理解する。スノウは大きく目を見開いた。あまりの衝撃に、言葉が出てこない。
口を無意味に開閉するスノウを、リリアンが冷たい眼差しで見つめた。その顔に笑みが浮かび続けているのが、さらにスノウの恐怖を煽る。
「……陛下ぁ、変な虫が湧いてますよぉ……」
ルイスが心底困ったように嘆いたのが、遠くで聞こえた気がした。
「ルイス、あっちから――」
「スノウ様、そろそろお部屋に戻りましょう」
声が聞こえた方を指さそうとした瞬間、ルイスが硬い声で制止した。これはとても珍しい。スノウの行動を止めることは、普段のルイスではあまりないことだ。
そっと表情を窺うと、警戒心に満ちた目を庭の奥、声が聞こえた方に向けていた。
「……やっぱり、おかしいよね?」
「はい。おそらく許可を得ずに侵入してきた者がいます。早く中へ」
背を押して急かされて、スノウは素直に従う。早足で進まなければならないのは少し疲れる。でも、ルイスがスノウの安全を第一に考えているのは分かっていた。
「許可が必要だって知らない、招待客さんかなぁ」
棟の中に入ったところでぽつりと呟く。この棟も立ち入りが制限されていて、中庭よりも警備が強固だから、不審者が入ってくることはないだろう。
そう思ってスノウは安堵していたけれど、ルイスはまだ緊張したままだった。
「スノウ様、今は静かに部屋へ――」
緊迫感のある声で囁かれ、スノウは口を閉じた。足を早めながら周囲を窺うけれど、普段との違いは感じられない。シンと静まった雰囲気だ。
……いや、それが奇妙かもしれない。中庭に許可を得ず入ってきた者がいたら、警備が騒ぎそうなものなのに、そんな様子が一切感じられない。
それに思い至って、スノウも緊張感が高まった。魔王城に来てから、こんなに危機感を感じたのは初めてだ。
(……アーク、なんだか怖いよ……)
激しく鼓動を打つ胸のあたりを手で押さえ、ルイスに従って部屋へと進む。散歩のためにと、部屋から離れたところまで来てしまったことを少し後悔した。
――カチャ……。
不意に傍の扉が開いたことに、心臓が跳ねる。身体まで大きく震えて、スノウは反射的に跳び退った。
「スノウ様!」
慌てて近づいてきて、スノウを背後に庇うようにルイスが立ち塞がる。その前に一人の女性がいることに、スノウは既に気づいていた。開いた扉から出てきたのだ。
「……竜族の人?」
「ごきげんよう、雪豹さん。よい散歩日和ですわね」
女性がにこりと笑う。スノウのお披露目の宴で、アークに近づいて避けられた美女だった。
ここにいるのが当たり前みたいな顔をしているのが、なんとも怖い気がする。立ち入れないはずなのに、どうやってここまで侵入したのだろうか。
「竜族の方。ここは立ち入りが制限されております。ただちに退去をお願いいたします」
「あら、スライムごときが偉そうに。アーク様は竜族の長よ? 長の居住地への立ち入りを制限されるのはおかしいでしょう」
「いや、どう考えても、そちらが間違っていますよ……」
ルイスの言葉に耳を貸さず、女性がスノウを見つめる。ルイスが隠そうとしてくれるけれど、流石にスノウも成長しているので、隠しきれるものではない。
「私はリリアン。アーク様の婚約者として、あなたにお話をしにまいりましたわ」
「……こんやくしゃ」
リリアンの言葉を反復して、暫く後にその意味を理解する。スノウは大きく目を見開いた。あまりの衝撃に、言葉が出てこない。
口を無意味に開閉するスノウを、リリアンが冷たい眼差しで見つめた。その顔に笑みが浮かび続けているのが、さらにスノウの恐怖を煽る。
「……陛下ぁ、変な虫が湧いてますよぉ……」
ルイスが心底困ったように嘆いたのが、遠くで聞こえた気がした。
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