雪豹くんは魔王さまに溺愛される

asagi

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続.雪豹くんと魔王さま

2-3.新たな始まり③

「――里、帰り……?」

 ぽつりと、知らない言葉を呟くように、反復する。
 アークの腕が力強くスノウを抱きしめた。その温もりが、スノウを少しホッと安堵させてくれる。

「ええ。雪豹の里の周辺は、既に人間の影響を排除してあります。忍び込んでくる者もいないでしょう。一度、墓参りをしに行かれてもいいのでは?」

 ロウエンの言葉が心に染み込んでいく。
 墓参り。そう、雪豹の里には、今もスノウの血族が眠っているのだ。全ての遺体を、アークが土に埋めて、墓を作ってくれたから。スノウはそこに、自分の代わりとして宝物の石たちを埋めた。

「……行きたい。行きたいけど――」

 どうしても、声に躊躇いが滲んでしまう。
 幼い頃に見た光景を、スノウは今でも忘れられない。忘れるつもりはない。だからこそ、抱いた恐怖心も悲しみも、心の中に残り続けている。

 里に行って、自分の心が子どもの時のように悲しみに沈んでしまったらと思うと、二の足を踏んでしまった。
 そんなスノウの姿を見るのは、アークやルイスたちだってつらいだろう。

「スノウ。無理する必要はない。なんなら、墓をこっちに持ってきても――」
「それはダメ! あそこが、雪豹の里なんだよ。皆が安らかに眠れる場所なの!」

 アークの提案を食い気味に否定した後に気づいた。
 スノウは雪豹の里が今どうなっているのか、自分の目で見ていない。本当に皆が安らかに眠れる場所なのだろうか。誰かに荒らされていないだろうか。

(――あの場所を守るのは、たった一人遺された僕の役目じゃないの……?)

 そう思うと、怖気づく自分が情けなくてたまらなくなった。
 何が怖いだ。悲しくなることを恐れて、どうして守るべき場所から遠ざかろうとするのか。

 スノウは魔王城での暮らしを愛しているけれど、里で過ごした日々も大切な記憶なのだ。
 そこに既に雪豹の仲間がいなくても、スノウの生まれた里であることは変わらない。里を守るために、スノウができることがあるはずだ。

「スノウ――」
「アークの気持ちは嬉しいよ。でも、僕は里に行くべきだと思う。僕の目で、里が今どうなっているか、ちゃんと確認したい」

 もう声は揺らがなかった。気遣ってくれる優しい夕陽色の瞳に微笑みかける。

「……そうか。それなら、共に行こう。スノウの母君に、番になった挨拶をしなければいけないしな」
「あ、それ、『あなたの娘さんを僕のオヨメさんにください』ってやつだね」
「どこで、そんなセリフを……?」
「ルイスが貸してくれた本に書いてあったの。番になる前にする親族への挨拶なんでしょ? オヨメさんってなんだろう?」

 スノウが首を傾げると、アークは深々と息を吐いた。

「あいつは、本当に、余計なことばかり教える……」
「ルイスが持ってくる本、面白いよ? あのね、この前『男性を落とす十のテクニック』っていうタイトルの本があったの。口とか手とかを上手く使う方法が書いてあって、アークだったらどの方法で――むぐっ!」

 口を手で塞がれた。目をパチパチと瞬かせながらアークを見つめる。アークの頬が僅かに赤くなっていた。
 背後からフォッフォッフォという笑い声が聞こえる。ロウエンがどうして笑っているのか分からない。

「……そういうことは、二人きりの時に話そう。できれば、ベッドの中で」
「んん?」

 首を傾げてしまった。どうしてベッドの中で話すのだろう。

 スノウが挙げた本に書かれていたのは、男性の弱点を利用して倒す方法だ。女性が使う護身術の一種である。

 ルイスがそれをスノウに読ませたのは、不埒な男が近づいてきた場合の対処法を教えるため。その話の流れで、書かれている方法は魔王であり魔族最強と言われる竜族のアークにも通用するのか、という話で盛り上がったのだ。

「――よく分からないけど、分かったよ」

 手を外してから頷くと、アークに複雑そうな眼差しで見下された。なんだか納得がいかない。

「フォッフォッフォ――仲睦まじいご様子で臣下としてはなによりです。旅の段取りは私の方で整えておきますから、陛下もスノウ様も、そろそろ執務を」
「あ、そうだ! アークは謁見!」
「別に、遅れたところで――」
「ダメだよ。精霊族の長さん、遅刻に厳しいんだもん」

 どうでもよさそうにするアークを謁見室へと追いやる。
 謁見の前に書類を確認してもらって、少しでも執務を早く終わらせられるようにしたかったのにできなかった。秘書としてまだまだだ。

 アークとそれに付き添うロウエンの姿が部屋からなくなり、スノウは書類の仕分けをしながら肩を落とす。

「――今日も、執務が遅くまでかかっちゃうかなぁ。アークと二人でもっとゆっくり過ごしたいのに……」

 アークは、子どもができて二人きりの時間が持てなくなることや、子どもにスノウの愛情を奪われることを危惧して拗ねて見せる。

 でも、それを宥めるスノウだって、本当は二人でもっと一緒に過ごしたいと思っているのだ。子どもがほしいのも本心だけれど。

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