雪豹くんは魔王さまに溺愛される

asagi

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続.雪豹くんと魔王さま

2-40.白狼の里騒動・結(アーク)

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 泥人形による襲撃から二日もすれば、実行犯である人間六人を確保することができた。ちょうど街から白狼の里に向かおうとしているところだったようだ。

 人間たちは魔力枯渇症により動けなくなった白狼たちを倒し、血を奪う計画を実行するつもりだったらしく、大量の武器や保存容器を持っていた。

「弱き者たちですね。卑怯な真似をしなければ、戦うことすらできないとは……」

 捕らえた人間たちを、吸血鬼族が白狼の里に連れ帰ってくる。囲む彼らは一様に冷たい眼差しだった。

 かつての大戦により、吸血鬼族の人間への憎悪は根強く残っている。
 今すぐにでも人間を殺したそうにしている顔を見て、アークは密かにため息をついた。

 周囲を見ると、集まってきた白狼たちも憎々しげな目をしているのが分かる。
 スノウを寝所に残してきて良かったと心底思った。

(スノウこそ人間を憎んでいてもおかしくないというのに、心から優しいからな……)

 アークはスノウが人間に対して複雑な思いがあることを知っている。そこには憎しみが含まれているのは確かだ。でも、罪のない者まで罰するのを良しとはしていない。また、罰するにしても、あまり残忍な方法は許容できないだろう。

「さて、お前たちは魔族の土地に踏み込み、愚かなる行動をしようとしたわけだが――」

 夜闇の中、松明で煌々と照らされた人間たちは、誰もが硬い表情をしていた。その理由は想像に難くない。

 襲撃がバレていて、かつ大した被害を与えられなかったことを、彼らはこの里に連れてこられて初めて知ったのだ。
 自分たちの力では到底敵わない相手がたくさんいる現状に、恐怖しないでいられるわけがない。

「罰するのは白狼に委ねるつもりだ」

 アークは族長に視線を向ける。
 族長が頷くのと同時に、血気盛んな者たちが爛々と目を輝かせた。許可を出せば今すぐ人間たちに襲いかかりそうな雰囲気だ。

「だが、まずは情報を得なくてはな」

 縛られた状態で座り込む人間たちの顔を覗き込む。

「お前たちに選択肢をやろう。――どこの国から指示を受けている? 首謀者は誰だ」
「っ……」
「答えた者一名だけを助命してやろう」

 人間たちの間に動揺が走った。互いを窺いながら、沈黙を続けている。
 アークは彼らの顔を順繰りに眺め、口元に笑みを浮かべた。この笑みはスノウには見せられない。優しいあの子はきっと怯えてしまうから。

「信じられないのか? では、魔王の名において約束しようか」
「ま、おう……?」

 壮年の男が驚愕の表情で唇を震わせた。こぼれ落ちるのは恐怖をまとった言葉。他の者たちも表情を固め、その目に絶望を写している。

 こんな辺境の地に、魔王がいるとは考えもしなかったのだろう。
 実に愚かで憐れだ。運にも見放された生き物。

 アークは人間たちを見下ろし、心にため息を落とす。
 あまりに弱すぎて、嬲る自分の方が馬鹿みたいに思える。だから人間とは争いたくないのだ。同じ土俵に上がることすら苦痛である。

 だが、アークの心情はともかく、魔王としてはしっかりと対処しなければならない。

「――誰も答えないのか?」

 沈黙を続ける人間たちを、眇めた目で眺める。幾人か顔に躊躇が浮かんでいるが、おそらく決断までには至らないだろう。
 ここで生き永らえたとして、その先により困難な出来事が起こることは十分に考えられる。少なくとも、自国には帰還が叶わない。

「よろしい。お前たちの忠義を高く評価する」
「え……」

 きょとんとした顔の人間たち。対照的に、吸血鬼族がニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。アークからの指示を今か今かと待っているのが、手に取るように分かる。

(まったく、しょうがない奴らだ……)

 アークはチラリと吸血鬼族に視線を向け、人間への最終通告を口にした。

「――吐かせろ。命を取らなければ、何をしても構わない」
「ハッ、承知いたしました!」

 ザッと慇懃に頭を下げた吸血鬼族に背を向ける。
 疲れたし、そろそろスノウに癒やされたい。

「ヒッ……お、お助けを……!」

 ようやく自分たちのこれからを悟ったのか、人間たちの悲鳴が聞こえた。だがそれも、次第に遠くなっていく。

「……白狼族が思いをぶつけられる程度には、残しておいてやれよ」
「はい。それに関しましては、みな既に承知しております」

 付き従う吸血鬼族のリーダーの返答を受け、アークは人間たちのことを一時忘れることにした。彼らが良きように計らってくれることだろう。

「さて……スノウは眠ってしまっているだろうか」

 スノウの寝顔を思い出して頬を緩める。アークの番はどんな顔をしても可愛らしくて癒やされる。

 寝ていたとして、起こさぬよう寄り添うべきか、それとも少しじゃれ合いに付き合ってもらうべきか。
 アークは幸せな悩みを脳内で繰り広げながら、スノウの元へと足を早めた。


 ◇◇◇


 翌日朝。
 吸血鬼族から報告が上がる。

『首謀国はテイク帝国傘下のグーズ国。襲撃対象は白狼の里のみ。現状で雪豹の里への関与はなし』

 あわよくば、雪豹の里で起きている異変についても分かるといいと思ったが、そう上手くはいかないようだ。だが、人間が再び雪豹の里に関わろうとしてはいないというのは、良い報告でもある。

「それにしても、またテイク帝国か……学ばない愚か者たちだ」

 雪豹の里を襲ったのは、テイク帝国から指示を受けたトルエン国だった。
 アークはトルエン国を滅ぼす際、テイク帝国にも警告を与えたのだが、その効力は十年と保たなかったようだ。

(俺が甘すぎたのか……)

 苦々しい思いを噛みしめる。
 テイク帝国は魔族の土地から離れていて、アークであっても対処が難しい。

 とはいえ、滅ぼそうと思えば単身でもできるのだが、その場合スノウから長く離れることになってしまう。
 運命の番との長期の離別は、魔族にとって何にも増して辛く苦しいことなのだ。魔王であっても、そうそう耐えられることではない。

「……ロウエンに伝えろ。魔珠の持ち出しを許可する。グーズ国を滅ぼせ。また、帝国影響下の国々を扇動し、内乱をしかけよ」
「我らが直接テイク帝国を滅ぼしてはならないのですか」

 憤懣を抑える吸血鬼族を見据える。

「不利な地において、お前たちだけで滅ばせるほど甘い相手ではあるまい。今回のようなことが起きた場合に備えて、各地に密偵を忍ばせているのだ。こちらに仕掛けてくる余裕もなくなるほど、疲弊させればいい」

 かつて滅ぼしたトルエンの後継国を始め、人間世界の国々にアークの指示を受ける者たちを送り込んでいる。彼らを使えば、直接対決するよりもリスクなく、帝国を窮地に追いやれるだろう。

 不満そうながらも頷いた吸血鬼族たちから目を逸らし、アークはため息をついた。

「……面倒なことはこれっきりにしてもらいたいものだ」

 アークはスノウと穏やかに幸せな日々が過ごしたいだけなのに、邪魔する者が多すぎる。

「雪豹の里では何ごともないといいのだがな……」

 些か望み薄な気がする願望を呟くと、視界の端で吸血鬼族が肩をすくめるのが見えた。

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