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続々.雪豹くんと新しい家族
3-46.焦らされているのは(☆)
夜半過ぎ。
静かにシーツが引っ張られる気配に、目が覚めた。
「ん……アーク……?」
「ああ、すまない。起こしてしまったか」
目にかかる髪を優しく払いのけられて、額や目蓋にキスが降り注ぐ。
ただ優しいだけの愛情が籠った温もりに、自然と顔が綻んだ。
「今日も、お疲れさま」
「大したことはなかったが」
「でも、こんなに遅い時間だよ。早く寝よ?」
ポンポンとベッドを叩くと、素直に横たわる大きな身体。
そのまま胸に抱かれるように引き寄せられて、スノウはぐりぐりと額を押し付けた。
頭の芯はまだ眠気でぼやけていて、思考がまとまらない。
ひたすらにアークの温もりを味わうように、触れ合いを求めた。
「随分と機嫌が良さそうだ」
「そうかな?」
「ああ。何か良いことがあったのか?」
そっと頬を包まれて、顔を覗きこまれる。
スノウはその大きな手のひらに手を重ね、擦り寄りながら「うーん……?」とこぼした。
何か、と問われて思い浮かぶのは、昼間のルイスとの会話だ。
でも、何があったというわけではない。これまでも当然のように存在していた愛情を、ただ確かめたというだけである。
それが、とても嬉しいことであったとしても。
「——ルイスがね。僕のこと、大好きなんだって」
ぽやぽやと呟くと、「くっ……」と呻くような声が聞こえた。
思わず閉じていた目を開ける。なんとも言えない、苦い表情をしたアークが見えて、ふふっと笑みがこぼれ落ちた。
「……笑うな」
「だって……アークがルイスにまで嫉妬しているんだもの! そんな必要がないこと、アークが一番分かっているでしょ?」
ルイスをスノウのお世話係に選んだのはアーク。
嫉妬深く、独占欲の強いアークが、ルイスならばいいだろうと認めたのだ。その判断が容易に覆されるわけがない。
「……分かっているとも。だがな——」
言葉を区切ったアークが、ギラリと瞳を光らせた。
ここに至って、スノウはようやく『あ、まずいかも』と悟る。
「ベッドの上で、番から他の男の名が出されるのは良い気がしない。それくらいのことは、スノウももう分かっているだろう?」
ガブッと食われるように、唇に歯が立てられる。甘い刺激に、思わずスノウの背が反った。
「ん、んぅ、っ、アーク……!」
「だいぶ、欲求不満なんだ。いい子でいたいから、あまり煽らないでくれ」
吐息がかかるほどの距離で囁かれ、熱い眼差しで見つめられて、スノウの方こそ身の内から湧き上がる衝動に、どうにかなってしまいそうだった。
「……悪い子に、なっちゃう?」
「ふっ……俺を唆しているのか?」
「そうかもしれないね」
くすくすと笑いながらお腹を撫でる。
この子たち、今はぐっすりお休み中かな。きっと許してくれると思うんだけれど。
「やめておこう。でも、スノウの優しさに甘えて、もう少しだけ」
再び唇が重なる。
今度は優しく撫でるように。ちゅ、ちゅ、と密やかな音を立て、引っついては離れていく。
それがなんだかもどかしくて、もっと欲しくてたまらなくなってしまった。
「アーク、っ」
「ダメだ。今日はいい子で眠ろうな」
「ね、お願い」
「スノウは、もうすぐママになるんだろう?」
笑みを含んだ声で言われて、スノウはむぅと唇を尖らせた。
アークは卑怯だ。その言葉が理性を取り戻させるのに最も効果的なのだと熟知している。
でも、今日のスノウはやっぱり悪い子でいたいので。
離れていく唇を追って、噛みついた。ちょっとばかり、血の味がしてしまったのはご愛嬌。雪豹は、実は獰猛な肉食獣なんだ。
唇を割って、舌で口内を探る。
アークは体温が低いけれど、招かれた口内は熱く、容易にスノウの身体を火照らせる。
「んっ、んん、ぅ!」
抵抗なく探られていた舌が、唐突に絡みついてきて、攻守が逆転される。このような場面でスノウが勝てたことなんて一度もない。勝つつもりもないけれど。
舌が吸われて、柔らかく噛まれて。スノウは身体を悶えさせながら、甘い吐息をこぼした。
「ああ……おさまりがきかない。俺の番はひどい子だ」
「っ、ふふ……アークの、番だもの」
鼻を擦り合わせ、ふわりと微笑む。
なじるような言葉を囁きながらも、蕩けるように甘い眼差しを向けてくる番が、愛おしくてたまらなかった。
「——もっと、キスして」
くいくいとアークの後ろ髪を引っ張ってねだる。
ひょい、と片眉を上げたアークは「今日のスノウは色っぽすぎる。これ、拷問か」と呟きながらも、再び唇を重ねてきた。
甘い吐息を交わして過ごす夜は、なんとも淫らで幸せだ。
静かにシーツが引っ張られる気配に、目が覚めた。
「ん……アーク……?」
「ああ、すまない。起こしてしまったか」
目にかかる髪を優しく払いのけられて、額や目蓋にキスが降り注ぐ。
ただ優しいだけの愛情が籠った温もりに、自然と顔が綻んだ。
「今日も、お疲れさま」
「大したことはなかったが」
「でも、こんなに遅い時間だよ。早く寝よ?」
ポンポンとベッドを叩くと、素直に横たわる大きな身体。
そのまま胸に抱かれるように引き寄せられて、スノウはぐりぐりと額を押し付けた。
頭の芯はまだ眠気でぼやけていて、思考がまとまらない。
ひたすらにアークの温もりを味わうように、触れ合いを求めた。
「随分と機嫌が良さそうだ」
「そうかな?」
「ああ。何か良いことがあったのか?」
そっと頬を包まれて、顔を覗きこまれる。
スノウはその大きな手のひらに手を重ね、擦り寄りながら「うーん……?」とこぼした。
何か、と問われて思い浮かぶのは、昼間のルイスとの会話だ。
でも、何があったというわけではない。これまでも当然のように存在していた愛情を、ただ確かめたというだけである。
それが、とても嬉しいことであったとしても。
「——ルイスがね。僕のこと、大好きなんだって」
ぽやぽやと呟くと、「くっ……」と呻くような声が聞こえた。
思わず閉じていた目を開ける。なんとも言えない、苦い表情をしたアークが見えて、ふふっと笑みがこぼれ落ちた。
「……笑うな」
「だって……アークがルイスにまで嫉妬しているんだもの! そんな必要がないこと、アークが一番分かっているでしょ?」
ルイスをスノウのお世話係に選んだのはアーク。
嫉妬深く、独占欲の強いアークが、ルイスならばいいだろうと認めたのだ。その判断が容易に覆されるわけがない。
「……分かっているとも。だがな——」
言葉を区切ったアークが、ギラリと瞳を光らせた。
ここに至って、スノウはようやく『あ、まずいかも』と悟る。
「ベッドの上で、番から他の男の名が出されるのは良い気がしない。それくらいのことは、スノウももう分かっているだろう?」
ガブッと食われるように、唇に歯が立てられる。甘い刺激に、思わずスノウの背が反った。
「ん、んぅ、っ、アーク……!」
「だいぶ、欲求不満なんだ。いい子でいたいから、あまり煽らないでくれ」
吐息がかかるほどの距離で囁かれ、熱い眼差しで見つめられて、スノウの方こそ身の内から湧き上がる衝動に、どうにかなってしまいそうだった。
「……悪い子に、なっちゃう?」
「ふっ……俺を唆しているのか?」
「そうかもしれないね」
くすくすと笑いながらお腹を撫でる。
この子たち、今はぐっすりお休み中かな。きっと許してくれると思うんだけれど。
「やめておこう。でも、スノウの優しさに甘えて、もう少しだけ」
再び唇が重なる。
今度は優しく撫でるように。ちゅ、ちゅ、と密やかな音を立て、引っついては離れていく。
それがなんだかもどかしくて、もっと欲しくてたまらなくなってしまった。
「アーク、っ」
「ダメだ。今日はいい子で眠ろうな」
「ね、お願い」
「スノウは、もうすぐママになるんだろう?」
笑みを含んだ声で言われて、スノウはむぅと唇を尖らせた。
アークは卑怯だ。その言葉が理性を取り戻させるのに最も効果的なのだと熟知している。
でも、今日のスノウはやっぱり悪い子でいたいので。
離れていく唇を追って、噛みついた。ちょっとばかり、血の味がしてしまったのはご愛嬌。雪豹は、実は獰猛な肉食獣なんだ。
唇を割って、舌で口内を探る。
アークは体温が低いけれど、招かれた口内は熱く、容易にスノウの身体を火照らせる。
「んっ、んん、ぅ!」
抵抗なく探られていた舌が、唐突に絡みついてきて、攻守が逆転される。このような場面でスノウが勝てたことなんて一度もない。勝つつもりもないけれど。
舌が吸われて、柔らかく噛まれて。スノウは身体を悶えさせながら、甘い吐息をこぼした。
「ああ……おさまりがきかない。俺の番はひどい子だ」
「っ、ふふ……アークの、番だもの」
鼻を擦り合わせ、ふわりと微笑む。
なじるような言葉を囁きながらも、蕩けるように甘い眼差しを向けてくる番が、愛おしくてたまらなかった。
「——もっと、キスして」
くいくいとアークの後ろ髪を引っ張ってねだる。
ひょい、と片眉を上げたアークは「今日のスノウは色っぽすぎる。これ、拷問か」と呟きながらも、再び唇を重ねてきた。
甘い吐息を交わして過ごす夜は、なんとも淫らで幸せだ。
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