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55.緊張の対面
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アシェルの今後が決まってから、ノアは知識を教え込むのを頑張っていた。ノアが学園に行っている間は、部下たちが教えてくれている。アシェルは時々泣きそうな顔になったり、叫んでストレスを発散したりしていたようだけれど、弱音は一切吐かなかった。
「――そう、頑張っていたのに……なんで、僕は今、こんなところにいるんだろう……?」
「ノア様。それ、僕のセリフですからね?」
ノアは高い天井にぶら下がるシャンデリアを眺め、心底不可解な気分で呟いた。アシェルがジト目でノアを見ていようと、それを気にする余裕はない。
ここは王城にある応接間。ノアにとって、縁遠いはずの場所だった。高位貴族だって、パーティーだったり、役職を持っていたりしないと、王城に赴くことは滅多にないのだ。
「こんなところって……誰かに聞かれたら、眉を顰められるかもしれないから、言葉に気をつけた方がいいよ」
「はい、申し訳ありません……」
注意しているわりに、笑み含んだ口調のサミュエルに、ノアは視線を向けてため息をついた。
サミュエルには、ノアのような緊張と混乱が一切ない。長年ライアン殿下の婚約者だったし、王太子となるルーカス殿下の側近に内定しているのだから、王城にも慣れているのだろう。
その落ち着きようを、ノアにも少し分けてほしいくらいだった。
「そんなに緊張する必要はないよ」
ソファに座った状態で、肩を抱き寄せられる。ノアはぎこちなく身を預けながら、サミュエルの言葉に耳を澄ませた。
既に婚約誓約書を提出し、公表はしていなくとも、ノアとサミュエルは婚約関係になっている。それを示すように、ノアと時間を過ごすようになったサミュエルは、あまりに近い距離でノアを甘やかすような仕草をするのだ。正直、勘違いしそうになるからやめてほしい。
……少しだけ、本当に勘違いではないような気がしているのだけれど。それを考えると、ドキドキと胸が苦しくて、頭が痛くなる気がして、ノアは極力すぐに忘れるようにしている。
「――ルーカス殿下が、側近の婚約者に会いたいなんて、わがままを言っただけだから。アシェル殿はついでだね」
「わがまま……」
「僕、ついでですか……。それ、心底やめてほしい……」
ノアはサミュエルの言葉を反芻して苦笑した。アシェルはげっそりと気力を削がれた口調で、肩を落している。
アシェルは最近、侍従としての振る舞いが板についてきたけれど、この三人でいる時は、素のままでいることが多い。それをノアとサミュエルが許しているからだ。王城であってもその態度を貫けるというのは、ある意味感心する。
「ルーカス殿下は、どのような方なのですか?」
ノアはルーカスについてあまり情報を持っていない。早くにライアンが王太子としての地位を確立していたので、第二王子といえどもルーカスの印象は薄かったのだ。
サミュエルの口ぶりから、ルーカスとは親しい仲なのだと分かり、余計に興味が湧いた。
「どのような……う~ん……外面は大人しくて聡明な感じに装っているけど、素は面倒くさがりでハチャメチャな人かな?」
「え……全然、褒めていませんね?」
「うん。さっぱりした性格なのはいいところだと思うよ」
にこりと笑って言われても、ノアはどう返事をしたらいいか分からない。戸惑い口籠もっていると、突然応接間の扉が開け放たれた。
「廊下まで聞こえているぞ、サミュエル」
茶髪の男性が入ってくる。ルーカスだ。
自ら扉を開けたのか、背後で騎士が頭を抱えていた。なんだか、可哀想になる。サミュエルの『ハチャメチャ』という表現に、少し納得してしまった。
「おや、ルーカス殿下。騎士の役目を取らないであげてくださいよ」
「扉の開閉くらい自分でできる」
「ノックをお忘れですけどね?」
「さて、なんのことやら?」
とぼけたように首を傾げたルーカスと視線があった。あまりに突然の勢いに呆然としていたノアは、慌てて立ち上がり礼をとる。
「直接ご挨拶させていただくのは初めてになりますが、ランドロフ侯爵家のノアと申します。お見知りおきくださいませ――」
「ええ。サミュエルの婚約者で、貴族界随一の箱入り令息でしょう。それほどかしこまる必要はありませんよ。――上手くやったなぁ、サミュエル。絶対、条件を達成するのは無理だと思っていたんだが」
ノアに対しては王子らしい言葉遣いにしていたけれど、サミュエルへの砕けた話しかけ方で、その印象は台無しだった。でも、この方がノアも気楽に対応できる気はする。
「私に、できないことがあるとお思いで?」
「兄上を懐柔するのは無理だったじゃないか」
「そもそも、そんな不敬なことをするつもりはなかったので」
揶揄うように言うルーカスを、サミュエルも冗談めかして睨む。二人の様子から、相当仲が良いのだと感じられた。
「さて、サミュエルとはいつでも話せるから、俺はノア殿と話をしたい」
ルーカスがソファに腰を下ろし、ノアたちにも着席を勧める。いつの間にか騎士たちの姿も消えていたのだけれど、護衛がいなくていいのだろうか。
首を傾げつつ、ノアがサミュエルの横に座り直したところで、ルーカスの視線がノアの背後に向けられた。
「アシェル・グラシャ男爵令息も座るといい。――同じ転生者なんだ。仲良く話をしようじゃないか」
ニヤリと笑ったルーカスの言葉に、ノアの思考が停止する。アシェルが「えっ!?」と驚愕の声を上げた。
「――そう、頑張っていたのに……なんで、僕は今、こんなところにいるんだろう……?」
「ノア様。それ、僕のセリフですからね?」
ノアは高い天井にぶら下がるシャンデリアを眺め、心底不可解な気分で呟いた。アシェルがジト目でノアを見ていようと、それを気にする余裕はない。
ここは王城にある応接間。ノアにとって、縁遠いはずの場所だった。高位貴族だって、パーティーだったり、役職を持っていたりしないと、王城に赴くことは滅多にないのだ。
「こんなところって……誰かに聞かれたら、眉を顰められるかもしれないから、言葉に気をつけた方がいいよ」
「はい、申し訳ありません……」
注意しているわりに、笑み含んだ口調のサミュエルに、ノアは視線を向けてため息をついた。
サミュエルには、ノアのような緊張と混乱が一切ない。長年ライアン殿下の婚約者だったし、王太子となるルーカス殿下の側近に内定しているのだから、王城にも慣れているのだろう。
その落ち着きようを、ノアにも少し分けてほしいくらいだった。
「そんなに緊張する必要はないよ」
ソファに座った状態で、肩を抱き寄せられる。ノアはぎこちなく身を預けながら、サミュエルの言葉に耳を澄ませた。
既に婚約誓約書を提出し、公表はしていなくとも、ノアとサミュエルは婚約関係になっている。それを示すように、ノアと時間を過ごすようになったサミュエルは、あまりに近い距離でノアを甘やかすような仕草をするのだ。正直、勘違いしそうになるからやめてほしい。
……少しだけ、本当に勘違いではないような気がしているのだけれど。それを考えると、ドキドキと胸が苦しくて、頭が痛くなる気がして、ノアは極力すぐに忘れるようにしている。
「――ルーカス殿下が、側近の婚約者に会いたいなんて、わがままを言っただけだから。アシェル殿はついでだね」
「わがまま……」
「僕、ついでですか……。それ、心底やめてほしい……」
ノアはサミュエルの言葉を反芻して苦笑した。アシェルはげっそりと気力を削がれた口調で、肩を落している。
アシェルは最近、侍従としての振る舞いが板についてきたけれど、この三人でいる時は、素のままでいることが多い。それをノアとサミュエルが許しているからだ。王城であってもその態度を貫けるというのは、ある意味感心する。
「ルーカス殿下は、どのような方なのですか?」
ノアはルーカスについてあまり情報を持っていない。早くにライアンが王太子としての地位を確立していたので、第二王子といえどもルーカスの印象は薄かったのだ。
サミュエルの口ぶりから、ルーカスとは親しい仲なのだと分かり、余計に興味が湧いた。
「どのような……う~ん……外面は大人しくて聡明な感じに装っているけど、素は面倒くさがりでハチャメチャな人かな?」
「え……全然、褒めていませんね?」
「うん。さっぱりした性格なのはいいところだと思うよ」
にこりと笑って言われても、ノアはどう返事をしたらいいか分からない。戸惑い口籠もっていると、突然応接間の扉が開け放たれた。
「廊下まで聞こえているぞ、サミュエル」
茶髪の男性が入ってくる。ルーカスだ。
自ら扉を開けたのか、背後で騎士が頭を抱えていた。なんだか、可哀想になる。サミュエルの『ハチャメチャ』という表現に、少し納得してしまった。
「おや、ルーカス殿下。騎士の役目を取らないであげてくださいよ」
「扉の開閉くらい自分でできる」
「ノックをお忘れですけどね?」
「さて、なんのことやら?」
とぼけたように首を傾げたルーカスと視線があった。あまりに突然の勢いに呆然としていたノアは、慌てて立ち上がり礼をとる。
「直接ご挨拶させていただくのは初めてになりますが、ランドロフ侯爵家のノアと申します。お見知りおきくださいませ――」
「ええ。サミュエルの婚約者で、貴族界随一の箱入り令息でしょう。それほどかしこまる必要はありませんよ。――上手くやったなぁ、サミュエル。絶対、条件を達成するのは無理だと思っていたんだが」
ノアに対しては王子らしい言葉遣いにしていたけれど、サミュエルへの砕けた話しかけ方で、その印象は台無しだった。でも、この方がノアも気楽に対応できる気はする。
「私に、できないことがあるとお思いで?」
「兄上を懐柔するのは無理だったじゃないか」
「そもそも、そんな不敬なことをするつもりはなかったので」
揶揄うように言うルーカスを、サミュエルも冗談めかして睨む。二人の様子から、相当仲が良いのだと感じられた。
「さて、サミュエルとはいつでも話せるから、俺はノア殿と話をしたい」
ルーカスがソファに腰を下ろし、ノアたちにも着席を勧める。いつの間にか騎士たちの姿も消えていたのだけれど、護衛がいなくていいのだろうか。
首を傾げつつ、ノアがサミュエルの横に座り直したところで、ルーカスの視線がノアの背後に向けられた。
「アシェル・グラシャ男爵令息も座るといい。――同じ転生者なんだ。仲良く話をしようじゃないか」
ニヤリと笑ったルーカスの言葉に、ノアの思考が停止する。アシェルが「えっ!?」と驚愕の声を上げた。
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