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Ⅰ‐ⅰ.僕とあなたのはじまり
12.抱える心
しおりを挟む用意してもらった服は僕にピッタリのサイズだった。王弟殿下の侍従って、あらゆる点で能力が高くないとできないのかもしれない。
質の高さに気後れするけど、ジル様の隣に立つなら、これくらいは必要なんだろうな。みすぼらしい格好をして、ジル様に恥をかかせるわけにはいかない。
「……大丈夫、のはず」
鏡を見て髪を軽く整え、頷く。
いつもよりだいぶ着飾って、貴族らしくなった姿だ。パーティーに出ることだって可能なはず。
そう思ったところで、ハッとした。
今って何時? パーティーは十八時頃から始まって、二十一時頃まで続くはず。
「——二十二時……」
もうパーティーが終わってる。
せっかくたくさんのお金を掛けてもらった晴れ着が、ほとんど意味をなさなかったことが申し訳ない。
晴れ着があったからこそ、今夜のパーティーに出席できて、ジル様に会えたんだから、それで十分なのかもしれないけどね。
「というか、僕、寝すぎだよ……」
薬の副作用だったとはいえ、二時間くらいは寝ていたことになる。たぶん、昨日緊張のせいであまり寝られなかったせい。
仮眠を取れたおかげで、今はスッキリした気分だけど。ジル様と出会って、活性化してるというのもあるのかも?
「フラン、用意できたか?」
ノックされてすぐにジル様の声が聞こえた。
慌ててノブに手を伸ばす。
「はい! お待たせしました」
「……ああ、よく似合っている」
上から下まで見られて、満足そうに頷かれた。
ジル様のお眼鏡にもかなったなら良かった。もし陛下に呼ばれたとしても、失礼にはならないってことだろう。
自然に腰を抱かれてエスコートされながら、隣の部屋へと歩く。
「——出立前に兄上がフランに会いたいと言って聞かなくてな。俺たちは明朝立つ予定だが、朝は兄上も忙しいだろうし、今夜の内に挨拶をしよう」
「っ……わかり、ました。あの、それって、ジル様の番予定者として、ご紹介いただけるということですよね?」
覚悟していたとはいえ、緊張感が高まる。
それをぐっと噛み締めながら、最低限の確認をした。
僕がどういう立ち位置で陛下に会うかは重要だ。付け焼き刃の礼儀作法で対応できるか、とても不安だけど。当たって砕けろの精神で——いや、砕けちゃダメだけど、そのくらいの心持ちで——頑張るしかない。
「もちろん。以前から、兄上に『早く番を持て』と勧められていたんだ。フランはきっと歓迎される」
「……貧乏子爵家でも?」
これまでずっと言えなかった言葉が口をついて出た。その後で僕はハッとして固まってしまったけど、ジル様はあまり気にしてないみたい。
「ボワージア家は長い歴史を持ち、誠実に王家に仕え続けてきた家柄だ。北部地域の厳しい環境でも、領民に慕われながら領地を治めている。数年前の冷害でのダメージも、少しずつ回復させているんだろう?」
「……ええ、まぁ」
つい返事が曖昧になってしまったのは、その回復が当初の想定を下回っているからだ。
厳しい冷害があった翌年も、作物が十分に育たなかった。幸い、昨年の収穫量は冷害以前の水準に戻せたけど……かさんだ借金を返す目処はまだ立ってない。
国から援助を受けてもその状態なのだ。やっぱり僕がどこかに身売りすれば、なんて思ったのはこの数年で数え切れないほどある。
「大丈夫だ。番の生家を援助するくらいの甲斐性はある。フランが恥ずべきことは一切ないんだとわかってくれ」
思わず、ジル様の顔を勢いよく振り仰いだ。
静かな表情のままだけど、目が優しい気がする。
「っ……ありがとうございます」
領地を援助してくれる番をみつけたいと思っていた。生まれ育った大切な場所で、そこにいる家族も領民も大好きな人たちだから。
ジル様がそんな思いごと僕を抱えて大切にしてくれようとしているんだとわかって、涙が溢れそうになるほど嬉しい。
感情のままに笑みがこぼれる。
そんな僕を見て、ジル様も柔らかい眼差しで口元を綻ばせた。
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