27 / 113
Ⅰ‐ⅱ.僕とあなたの深まり
27.お忍び準備
しおりを挟む辿り着いた領主館で、王家から領の采配を任されている代官からの挨拶を受けた後、ティールームで寛ぐ。
薫り高い紅茶とバターたっぷりの焼き菓子が並べられたテーブルは、まさしく高貴な身分の安らぎの場という雰囲気だ。
僕はまだ慣れなくて、身体が緊張で硬くなっちゃうけど。
ジル様はさすがの優雅さで、穏やかな雰囲気で僕に話題を振ってくれる。
それに対して僕は答えてるけど、だいぶ気がそぞろ。だって、周囲で動く人たちが気になってしょうがないんだもん。
丁寧な仕草ながらも慌ただしく動き回る使用人たちを目で追いながら、僕は心の中で嘆く。——結局、大掛かりなことになってしまった、と。
「殿下、一通りお召し物はご用意できましたが」
マイルスさんが呆れた顔をしながら声を掛けてくる。
僕たちの前には、街の人っぽい服が並んでいた。生地の質まで、しっかりと貴族感を出さないようにこだわっているようだ。ちょっと感心する。
……僕の普段着がこんな感じだっていうのは、申告しておいた方がいいのかな。明日、着替えたらすぐバレることだけど。
今着ているのは、マイルスさんが用意してくれていた服だから。
「ほう、これが一般の民が着るものか」
「……ジル様には似合わない気がします」
興味深そうに服を指で撫でているジル様を見ながら、つい呟いてしまった。
なんというか、服が中身に伴わないと、随分と違和感があるよと示す典型例になりそうだ。マイルスさんが無言で同意してくれてるから、間違いない。
「そうか? 見慣れないだけだろう」
絶対違う。
そう思ったけど、案外乗り気なジル様には言えなかった。楽しそうなので、それでいいかな。
「着替えてみましょうか」
促して、それぞれ着替える。
僕にとっては慣れた生地感で、ちょっと緊張がほぐれた。見た目も違和感なくきまっていると思う。
対して、ジル様は、といえば——。
「……絶対バレる。貴族のお忍び感満載」
「王族がこの街を訪れていることは知られていますしね」
安っぽい服でも隠しきれないジル様の高雅さに、僕は思わずマイルスさんと顔を見合わせてしまった。
「逆に考えると、王族がこれぞお忍びという格好をしていることで、みなさんが暗黙の了解で配慮してくれるんじゃないですか?」
「実はそれを狙ってました」
まさかのマイルスさんの策略だった。とても素晴らしいと思う。
したり顔のマイルスさんに深く頷き返して、ジル様にニコッと微笑みかける。
ジル様はなぜだか不満そうな表情だったけど、街の人の服が見合っているなんて、きっと本人も思っていないはずだ。——そうであってほしい。
「なんだか上手く散策できる気がしてきました」
「……フランがそう思えるのならいいことだが」
「騎士の選抜は済んでいます。距離をとって護衛しますが、あまり突発的な行動はなさらないでくださいね」
マイルスさんに釘を刺され、ジル様が肩をすくめて聞き流す。僕が代わりに頷いておいた。
こんなに大きな街を歩くのは僕も初めてだけど、ジル様よりは慣れているはずだ。騎士のみなさんを振り回さないように気をつけよう。
「——夕食は街のレストランに予約を入れています。ごゆっくり散策をお楽しみください」
微笑むマイルスさんを見て、ちょっと顔が強張った。
「そのレストランって……」
「ドレスコードが緩く、一般の方でも祝いの席などで利用するところです。マナーはあまり気にする必要がございません」
「……ありがとうございます」
僕の心配ごとなんて、マイルスさんにはお見通しだったみたいだ。
ホッとして頬を緩めると、微笑みが返ってきた。
「では、行こうか」
「はい。ですが、このようなエスコートは普通しないですよ?」
当たり前のように腕を差し出されて、柔らかく断る。ジル様はわずかに目を丸くした後、次の行動を悩むように固まった。
経験にない状況に戸惑う姿がなんだか可愛くて、『カッコイイのに可愛くもあるなんてズルくない?』と思いながら手を伸ばす。
ジル様の大きな手に指を絡めると、ビクッと小さな震えが伝わってきた。
「これは……」
「恋人はデートをする時に手を繋ぐそうです。お嫌ですか?」
貴い身分の人からしたら、はしたないと言われるのかな。ちょっと不安だ。
でも、見上げた先で、ジル様の頬が少し赤らんでいるのがわかったら、自然と口元が綻んでいた。
「……いや、構わない」
言葉少なに受け入れられて、にこにこと微笑み返す。
ジル様の手の感触がやけに鮮明で、僕もなんだか照れてしまっているんだけど、それ以上に嬉しい気がした。
「手繋ぎだけでいいのですか?」
「なにが言いたい?」
マイルスさんがニヤけたような笑みを浮かべていた。
不思議そうなジル様とは違って、思い当たることがあった僕は慌ててしまう。でも、マイルスさんの言葉を止める隙がなかった。
「恋人は指を絡めるそうですよ。こんな感じで」
自分の両手の指を絡めて見せるマイルスさんに、ジル様が固まる。僕もなんだか熱い気がする頬を押さえて俯くことしかできなかった。
だって、それをジル様と僕がするって考えると……なんか色っぽいように感じるんだ。僕には早い気が——。
「……なるほど。そういうのもあるのか」
ジル様の手が動く。
僕の手を包み込んでいたぬくもりが指に絡んでくる感覚に、ビクッと肩が揺れた。きゅっと握られて、気恥ずかしい。
「——これでもいいか?」
耳元で楽しそうに囁かれる。
甘い香りを伴って、低い声が鼓膜を揺らし、僕は口を引き結んだまま何度も頷くしかなかった。
……嬉しいんだから拒否できるわけがないよね。
1,115
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。
それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。
家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。
そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。
ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。
誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。
「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。
これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~
水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった!
「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。
そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。
「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。
孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる