貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです

asagi

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Ⅰ‐ⅱ.僕とあなたの深まり

27.お忍び準備

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 辿り着いた領主館で、王家から領の采配を任されている代官からの挨拶を受けた後、ティールームで寛ぐ。

 薫り高い紅茶とバターたっぷりの焼き菓子が並べられたテーブルは、まさしく高貴な身分の安らぎの場という雰囲気だ。
 僕はまだ慣れなくて、身体が緊張で硬くなっちゃうけど。

 ジル様はさすがの優雅さで、穏やかな雰囲気で僕に話題を振ってくれる。

 それに対して僕は答えてるけど、だいぶ気がそぞろ。だって、周囲で動く人たちが気になってしょうがないんだもん。

 丁寧な仕草ながらも慌ただしく動き回る使用人たちを目で追いながら、僕は心の中で嘆く。——結局、大掛かりなことになってしまった、と。

「殿下、一通りお召し物はご用意できましたが」

 マイルスさんが呆れた顔をしながら声を掛けてくる。

 僕たちの前には、街の人っぽい服が並んでいた。生地の質まで、しっかりと貴族感を出さないようにこだわっているようだ。ちょっと感心する。

 ……僕の普段着がこんな感じだっていうのは、申告しておいた方がいいのかな。明日、着替えたらすぐバレることだけど。
 今着ているのは、マイルスさんが用意してくれていた服だから。

「ほう、これが一般の民が着るものか」
「……ジル様には似合わない気がします」

 興味深そうに服を指で撫でているジル様を見ながら、つい呟いてしまった。

 なんというか、服が中身に伴わないと、随分と違和感があるよと示す典型例になりそうだ。マイルスさんが無言で同意してくれてるから、間違いない。

「そうか? 見慣れないだけだろう」

 絶対違う。
 そう思ったけど、案外乗り気なジル様には言えなかった。楽しそうなので、それでいいかな。

「着替えてみましょうか」

 促して、それぞれ着替える。
 僕にとっては慣れた生地感で、ちょっと緊張がほぐれた。見た目も違和感なくきまっていると思う。

 対して、ジル様は、といえば——。

「……絶対バレる。貴族のお忍び感満載」
「王族がこの街を訪れていることは知られていますしね」

 安っぽい服でも隠しきれないジル様の高雅さに、僕は思わずマイルスさんと顔を見合わせてしまった。

「逆に考えると、王族がこれぞお忍びという格好をしていることで、みなさんが暗黙の了解で配慮してくれるんじゃないですか?」
「実はそれを狙ってました」

 まさかのマイルスさんの策略だった。とても素晴らしいと思う。
 したり顔のマイルスさんに深く頷き返して、ジル様にニコッと微笑みかける。

 ジル様はなぜだか不満そうな表情だったけど、街の人の服が見合っているなんて、きっと本人も思っていないはずだ。——そうであってほしい。

「なんだか上手く散策できる気がしてきました」
「……フランがそう思えるのならいいことだが」
「騎士の選抜は済んでいます。距離をとって護衛しますが、あまり突発的な行動はなさらないでくださいね」

 マイルスさんに釘を刺され、ジル様が肩をすくめて聞き流す。僕が代わりに頷いておいた。

 こんなに大きな街を歩くのは僕も初めてだけど、ジル様よりは慣れているはずだ。騎士のみなさんを振り回さないように気をつけよう。

「——夕食は街のレストランに予約を入れています。ごゆっくり散策をお楽しみください」

 微笑むマイルスさんを見て、ちょっと顔が強張った。

「そのレストランって……」
「ドレスコードが緩く、一般の方でも祝いの席などで利用するところです。マナーはあまり気にする必要がございません」
「……ありがとうございます」

 僕の心配ごとなんて、マイルスさんにはお見通しだったみたいだ。
 ホッとして頬を緩めると、微笑みが返ってきた。

「では、行こうか」
「はい。ですが、このようなエスコートは普通しないですよ?」

 当たり前のように腕を差し出されて、柔らかく断る。ジル様はわずかに目を丸くした後、次の行動を悩むように固まった。

 経験にない状況に戸惑う姿がなんだか可愛くて、『カッコイイのに可愛くもあるなんてズルくない?』と思いながら手を伸ばす。

 ジル様の大きな手に指を絡めると、ビクッと小さな震えが伝わってきた。

「これは……」
「恋人はデートをする時に手を繋ぐそうです。お嫌ですか?」

 貴い身分の人からしたら、はしたないと言われるのかな。ちょっと不安だ。
 でも、見上げた先で、ジル様の頬が少し赤らんでいるのがわかったら、自然と口元が綻んでいた。

「……いや、構わない」

 言葉少なに受け入れられて、にこにこと微笑み返す。
 ジル様の手の感触がやけに鮮明で、僕もなんだか照れてしまっているんだけど、それ以上に嬉しい気がした。

「手繋ぎだけでいいのですか?」
「なにが言いたい?」

 マイルスさんがニヤけたような笑みを浮かべていた。
 不思議そうなジル様とは違って、思い当たることがあった僕は慌ててしまう。でも、マイルスさんの言葉を止める隙がなかった。

「恋人は指を絡めるそうですよ。こんな感じで」

 自分の両手の指を絡めて見せるマイルスさんに、ジル様が固まる。僕もなんだか熱い気がする頬を押さえて俯くことしかできなかった。

 だって、それをジル様と僕がするって考えると……なんか色っぽいように感じるんだ。僕には早い気が——。

「……なるほど。そういうのもあるのか」

 ジル様の手が動く。
 僕の手を包み込んでいたぬくもりが指に絡んでくる感覚に、ビクッと肩が揺れた。きゅっと握られて、気恥ずかしい。

「——これでもいいか?」

 耳元で楽しそうに囁かれる。
 甘い香りを伴って、低い声が鼓膜を揺らし、僕は口を引き結んだまま何度も頷くしかなかった。

 ……嬉しいんだから拒否できるわけがないよね。

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