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Ⅰ‐ⅲ.僕とあなたの交わり
47.僕のこれから
しおりを挟む行方がわからなくなっていた少女がみつかり、子どもたちは完全に不安感から解き放たれたようだ。それは僕もだけど。
次第に遠慮を捨てて懐いてくる子どもたちに、頬が緩んでしかたない。やっぱり無邪気な子どもたちって好きだなぁ。幸せな気分になるから。
そんな感じで癒やされる時間をしばらく堪能していたんだけど、それはマイルスさんから「そろそろ……」と声をかけられたところで呆気なく終わりを迎えた。
すごく残念だ。でも、僕が孤児院に来たのは、子どもたちと遊ぶためっていうだけじゃない。きちんとしたお仕事の一環で、慰問——孤児院になにか問題が起きていないかを聞き取るための視察でもあるのだ。
というわけで、子どもたちから盛大に名残惜しまれながら、応接室に移動する。
うるうると潤む目でみつめられたのに、こたえられないというのは苦しかった。また絶対に会いに来よう。
「——以上が、現在の孤児院の状況です」
院長さんが資料をもとに孤児院のことを説明してくれた。
現在の孤児院の運営は、八割を領からの予算で、二割ほどを民間からの寄付金で賄っているそうだ。他にも、孤児院内で作ったもの——刺繍や織物など——をバザーで販売することで資金を得ているらしい。
子どもたちが作った織物とか気になるなぁ。
そう思った僕の心を読んでいたわけではないだろうけど、院長さんがいくつか作品を見せてくれた。
織物は糸を紡ぐところから孤児院内でしていて、これは職業訓練のひとつでもあるんだとか。実際、見せてもらった作品は、少々荒削りのところはあるものの、日常使いするのにちょうど良さそうで、僕もほしくなった。
「金銭的に問題はなさそうだな」
細かく数値が書かれた帳簿を一瞥し、ジル様が頷いた。
僕も横から窺ってみて、ぱちりと目を瞬かせる。
「……ですが、新しく孤児を迎える余裕がないのではありませんか?」
ボワージア領では事務仕事、特にお金の管理に携わることがよくあったので、帳簿を見るのは得意だ。
その経験から帳簿を見ると、入ってくるお金を毎月ギリギリまで使っていて、急に新たな子を迎えるとなったら、いろいろと足りないものが出てきそうだと感じる。特に、毎月予算の調整をするように、いらないものを購入している印象があるんだ。
「ここは、領都の孤児院ですから。孤児が増えて予算が足りなくなれば、申請をして臨時予算を組んでいただいたり、増額していただいたりしています」
院長さんが少し誇らしげに教えてくれる。豊かな領で、孤児院を運営していることを自慢だと感じているのかな。
でも僕は、その言葉はどうなのだろうと正直思ってしまった。
領が豊かだからって、杜撰な金銭管理をしていい、ということにはならない。余裕のない生活を子どもたちにさせるのはいけないけど、予算を浪費するのはダメだ。その予算は領民から得た税金で賄っているのだから。
「毎月予算を余らせると、次の予算審議で減額される可能性がありますからね」
「っ……それは、その……」
マイルスさんが軽い口調で言う。どうやら、孤児院の運営方針を以前から問題視していたみたいだ。
言葉に詰まった院長さんは自覚があったらしい。
ジル様が片眉を上げて、マイルスさんを見据える。
「そんな報告はなかったが」
「殿下はこれまで孤児院の運営に無関心のご様子でしたので。その程度の額で細かいことを言わなくていい、と片付けられるのがわかっていて、進言はいたしませんよ」
マイルスさんがにっこりと笑う。遠慮のない物言いが、これまで腹の奥に鬱憤を溜めていたことを示しているように感じられた。
そっと目を逸らして口を噤むジル様を見て、思わず苦笑してしまう。
仲が良くてわかりあえているように見える二人でも、意見の相違はあるんだなぁ。特に、乳兄弟とはいえ、マイルスさんは言えないことも多いのかも。ジル様は王弟殿下だしね。
「……実際のところ、子どもたちが健やかに育つために必要な予算と、現在の予算とは乖離はあるのですか?」
「毎月の収支で見れば、予算が多すぎると言っていいでしょうね。急に孤児が増えた場合に備えて積み立てているならまだしも、浪費しているので」
積み立てることさえしていないのか。確かに帳簿にそのような項目がなくて、不思議に思っていたけど。
ボワージアでは、天候の変化などで不作になる場合に備えて、一定の予算を余剰金として積み立てていた。……それがあっても対応できないくらい、数年前の冷害はひどかったんだ。
孤児院だって人の命・生活に直結する場所なのだから、限られた予算の中で対策を練っておくべきだ。
今は豊かな領であっても、いつ苦しくなる時がくるかはわからない。万が一そんなことが起きた場合、真っ先に切り捨てられるのは最も弱い存在——孤児たちなのだから。
そうならないよう務めるのが代官として領を預かっているジル様で、万が一の事態に備えて孤児院を運営するのは院長さんでなければならない。
「……マイルスさんご自身で、運営に手を出すことは考えていなかったのですか?」
なんとなく、マイルスさんが僕に孤児院の話をしてきた理由が見えてきた気がした。
涼しい顔をしているマイルスさんを見つめたら、にこりと微笑まれる。
「私は殿下の侍従として務めているので、時間の余裕がありません。その他の政務官も……ジル様が信頼される方が少ないため、現時点でオーバーワークの状態です。孤児が貧しく余裕のない生活をしているならともかく、職員が多少浪費していようと、見過ごさなければならない程度には、人手が足りていません」
はっきりと言い切られた。
ジル様が信頼している政務官うんぬんの話は、おそらく過去の暗殺未遂騒動に関係しているのだろうと察したので、なにも言えない。闇雲に雇い入れれば、どんな獅子身中の虫を飼うことになるかわからないのだから。
人手不足の解消が難しいなら、ここに適任がいる。そして、それをマイルスさんも望んでいたからこそ、孤児院の慰問を勧めてくれたんだろう。
「……でしたら、僕がその役目を担わせていただいてもいいですか」
やっと、この地でするべきことがみつかった気がした。
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