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Ⅱ.近づく距離
12.闇兎の懐柔
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悠里は畑の傍の木陰に座り、ぼんやりと狼泉の姿を眺める。日差しの中で作業している狼泉を見ていていると、二人で暮らしているのだと実感して頬が緩んだ。
「きゅう、きゅう!」
「どうしたの?」
闇兎が悠里の手に頭を押しつけてくる。おそらく甘えているのだろう。狼泉が来てから、悠里の時間のほとんどを二人で過ごしているから。
悠里は闇兎の頭を撫で、尋ねる。
「闇兎は狼泉が嫌い?」
「……きゅ」
曖昧な返事で、さすがに理解できない。
悠里は闇兎の顔を包むように両手を添えて、視線を合わせる。
「僕との時間が減っているのが寂しいの?」
「きゅう!」
「狼泉と一緒に遊ぶのはいや?」
「……きゅー……」
すぐさま頷いた質問とは違い、なんとも悩ましげな鳴き声だ。その様子が可愛く見えて、悠里は微笑んだ。
「僕は、闇兎が狼泉とも仲良くしてくれたら嬉しいなぁ」
「きゅう?」
闇兎がパチリと瞬きをして悠里を見上げる。「そんなことが嬉しいの?」と尋ねられている気がした。
「うん。だって、大好きな相手同士、仲良くしてくれたら、一緒に楽しく過ごせるでしょ?」
「……きゅぅ」
「いや?」
「きゅー、きゅきゅ」
まるで「仕方ないなぁ。悠里が言うなら仲良くしてやるか」と言っているようだった。狼泉に対して、ちょっと上から目線なのが闇兎らしい。
悠里はふふっと笑いながら、闇兎に頬を擦りよせる。ふわふわとした感触が気持ちいい。
「グル」
「白珠。お帰り。どこに行っていたの?」
木の陰から白珠が顔を出す。途端に闇兎が「きゅー!」と怒ったような鳴き声をあげた。白珠は聞いていない感じだが。
「グルル」
白珠が尻尾を揺らしながら、手で何かを押してくる。
「果物? たくさんあるねぇ」
悠里は目を丸くした。白珠が持ってきたのは木の皮で編んだ籠で、中には大量の山葡萄が入っていた。この家から山葡萄の群生地までは結構遠いので、悠里がなかなか手に入れられない代物である。
「この籠はお友達が作ったものかな?」
白珠には仲の良い魔獣がいる。銅羅猿という赤毛の猿っぽい種族で、悠里がつけた名前は赤銅。手先が器用なので、よく悠里にも木の皮や蔦で編んだ入れ物を作ってくれていた。
「グルル」
頷いた白珠が、もう一つ籠を持ってくる。そこには、たっぷりの蜂蜜が入った、美しい玻璃の入れ物があった。
「わぁ、これ、綺麗! どうしたの?」
「グルグル」
聞いたところで言葉がそのまま分かるわけではない。だが、赤銅を紹介してくれた時と同じ雰囲気なので、「友達が作った」と言っている気がする。
もしそうなら、この山には玻璃――つまりガラスを作れる魔獣がいることになる。魔獣が魔法のような特殊能力を使えるとはいえ、それは不思議な感じがした。
「今度、これを作ったお友達も紹介してね?」
「……グル」
白珠が珍しく渋った様子で首を傾げる。
「うん? もしかして、玻璃と蜂蜜、どっちって聞いてる?」
「グル」
「どっちもだよ。というか、今の時期に蜂蜜をとって大丈夫なの? 蜂の冬越えの栄養源じゃない?」
「グルル」
白珠が首を横に振る。
「大丈夫じゃない? ではなくて、蜂の冬越え用じゃない? でもなくて……?」
予想を繰り返すも、なかなか白珠が頷かない。
首を傾げる悠里の上着の袖を、闇兎が噛んで引っ張った。
「どうしたの?」
「きゅうきゅう!」
闇兎が地面を引っかく。不思議な線の連なりが、次第に形をなしていくのを見て、悠里は目を丸くした。
「きゅ!」
「……これ、熊?」
なかなか写実的な絵だった。闇兎に芸術的才能があったなんて、初めて知った気がする。
「――もしかして、これは蜂蜜じゃない?」
「グル」
頷く白珠から、悠里は玻璃の中の黄金の蜜へと視線を移す。
「つまり、熊蜜?」
「きゅう?」
「グルル?」
どんな顔をすればいいか分からず、悠里は奇妙な表情になる。どうにも、熊が蜜を作っている様子が思い浮かばなかった。
悠里の微妙な反応に、白珠と闇兎が不思議そうな顔をする。
「――畑仕事が終わったが」
不意に狼泉に声を掛けられて振り返る。畑にはしっかりと畝ができていて、植え替えた苗が風に揺られていた。
「ありがとう。お茶を飲む?」
悠里は微笑みながら隣を叩き、座るよう促した。木陰は少し寒いくらいの時間になっていたが、汗をかいている狼泉にちょうどいいだろう。
「いや――」
闇兎と白珠の姿を見て、近づくのを躊躇う狼泉に、闇兎が駆け寄っていく。早速、悠里の要望を叶える気になったらしい。
ぎょっとした表情をして、咄嗟に後退りする狼泉を気に掛けることなく、闇兎が狼泉の下衣の裾を噛み、引きずってくる。白珠がその闇兎の強引な仕草に呆れるように首を振った。
「な、なんだ?」
「闇兎も狼泉と仲良くしたいって」
「……は?」
「きゅきゅ!」
闇兎が「仲良くしてあげるんだ!」と言いたげに胸を張る。
狼泉は悠里と闇兎を見比べて固まると、暫くして大きなため息と共に座り込んだ。悠里はその手に、淹れておいたお茶が入った椀を渡す。
「……俺は、悠里と違って、魔獣に近づかれると緊張するんだが」
「闇兎でも?」
「当然だ。そいつは、可愛い見かけに反して、人間の首を蹴り飛ばして殺す種族で有名だぞ」
「蹴り飛ばす……?」
悠里が闇兎に視線を移すと、闇兎は空気を薙ぐように蹴りを放った。風圧で少し離れたところにある木が揺れる。
狼泉の言葉に納得できるくらい、強烈な蹴り技であるようだ。
「――闇兎、カッコいいね!」
「きゅう!」
悠里が闇兎を撫でて称える横で、狼泉が「……は?」と理解不能と告げるような声をこぼした。小さい体で強い力を発揮する姿は、カッコいい以外にない気がするのだが。
「きゅう、きゅう!」
「どうしたの?」
闇兎が悠里の手に頭を押しつけてくる。おそらく甘えているのだろう。狼泉が来てから、悠里の時間のほとんどを二人で過ごしているから。
悠里は闇兎の頭を撫で、尋ねる。
「闇兎は狼泉が嫌い?」
「……きゅ」
曖昧な返事で、さすがに理解できない。
悠里は闇兎の顔を包むように両手を添えて、視線を合わせる。
「僕との時間が減っているのが寂しいの?」
「きゅう!」
「狼泉と一緒に遊ぶのはいや?」
「……きゅー……」
すぐさま頷いた質問とは違い、なんとも悩ましげな鳴き声だ。その様子が可愛く見えて、悠里は微笑んだ。
「僕は、闇兎が狼泉とも仲良くしてくれたら嬉しいなぁ」
「きゅう?」
闇兎がパチリと瞬きをして悠里を見上げる。「そんなことが嬉しいの?」と尋ねられている気がした。
「うん。だって、大好きな相手同士、仲良くしてくれたら、一緒に楽しく過ごせるでしょ?」
「……きゅぅ」
「いや?」
「きゅー、きゅきゅ」
まるで「仕方ないなぁ。悠里が言うなら仲良くしてやるか」と言っているようだった。狼泉に対して、ちょっと上から目線なのが闇兎らしい。
悠里はふふっと笑いながら、闇兎に頬を擦りよせる。ふわふわとした感触が気持ちいい。
「グル」
「白珠。お帰り。どこに行っていたの?」
木の陰から白珠が顔を出す。途端に闇兎が「きゅー!」と怒ったような鳴き声をあげた。白珠は聞いていない感じだが。
「グルル」
白珠が尻尾を揺らしながら、手で何かを押してくる。
「果物? たくさんあるねぇ」
悠里は目を丸くした。白珠が持ってきたのは木の皮で編んだ籠で、中には大量の山葡萄が入っていた。この家から山葡萄の群生地までは結構遠いので、悠里がなかなか手に入れられない代物である。
「この籠はお友達が作ったものかな?」
白珠には仲の良い魔獣がいる。銅羅猿という赤毛の猿っぽい種族で、悠里がつけた名前は赤銅。手先が器用なので、よく悠里にも木の皮や蔦で編んだ入れ物を作ってくれていた。
「グルル」
頷いた白珠が、もう一つ籠を持ってくる。そこには、たっぷりの蜂蜜が入った、美しい玻璃の入れ物があった。
「わぁ、これ、綺麗! どうしたの?」
「グルグル」
聞いたところで言葉がそのまま分かるわけではない。だが、赤銅を紹介してくれた時と同じ雰囲気なので、「友達が作った」と言っている気がする。
もしそうなら、この山には玻璃――つまりガラスを作れる魔獣がいることになる。魔獣が魔法のような特殊能力を使えるとはいえ、それは不思議な感じがした。
「今度、これを作ったお友達も紹介してね?」
「……グル」
白珠が珍しく渋った様子で首を傾げる。
「うん? もしかして、玻璃と蜂蜜、どっちって聞いてる?」
「グル」
「どっちもだよ。というか、今の時期に蜂蜜をとって大丈夫なの? 蜂の冬越えの栄養源じゃない?」
「グルル」
白珠が首を横に振る。
「大丈夫じゃない? ではなくて、蜂の冬越え用じゃない? でもなくて……?」
予想を繰り返すも、なかなか白珠が頷かない。
首を傾げる悠里の上着の袖を、闇兎が噛んで引っ張った。
「どうしたの?」
「きゅうきゅう!」
闇兎が地面を引っかく。不思議な線の連なりが、次第に形をなしていくのを見て、悠里は目を丸くした。
「きゅ!」
「……これ、熊?」
なかなか写実的な絵だった。闇兎に芸術的才能があったなんて、初めて知った気がする。
「――もしかして、これは蜂蜜じゃない?」
「グル」
頷く白珠から、悠里は玻璃の中の黄金の蜜へと視線を移す。
「つまり、熊蜜?」
「きゅう?」
「グルル?」
どんな顔をすればいいか分からず、悠里は奇妙な表情になる。どうにも、熊が蜜を作っている様子が思い浮かばなかった。
悠里の微妙な反応に、白珠と闇兎が不思議そうな顔をする。
「――畑仕事が終わったが」
不意に狼泉に声を掛けられて振り返る。畑にはしっかりと畝ができていて、植え替えた苗が風に揺られていた。
「ありがとう。お茶を飲む?」
悠里は微笑みながら隣を叩き、座るよう促した。木陰は少し寒いくらいの時間になっていたが、汗をかいている狼泉にちょうどいいだろう。
「いや――」
闇兎と白珠の姿を見て、近づくのを躊躇う狼泉に、闇兎が駆け寄っていく。早速、悠里の要望を叶える気になったらしい。
ぎょっとした表情をして、咄嗟に後退りする狼泉を気に掛けることなく、闇兎が狼泉の下衣の裾を噛み、引きずってくる。白珠がその闇兎の強引な仕草に呆れるように首を振った。
「な、なんだ?」
「闇兎も狼泉と仲良くしたいって」
「……は?」
「きゅきゅ!」
闇兎が「仲良くしてあげるんだ!」と言いたげに胸を張る。
狼泉は悠里と闇兎を見比べて固まると、暫くして大きなため息と共に座り込んだ。悠里はその手に、淹れておいたお茶が入った椀を渡す。
「……俺は、悠里と違って、魔獣に近づかれると緊張するんだが」
「闇兎でも?」
「当然だ。そいつは、可愛い見かけに反して、人間の首を蹴り飛ばして殺す種族で有名だぞ」
「蹴り飛ばす……?」
悠里が闇兎に視線を移すと、闇兎は空気を薙ぐように蹴りを放った。風圧で少し離れたところにある木が揺れる。
狼泉の言葉に納得できるくらい、強烈な蹴り技であるようだ。
「――闇兎、カッコいいね!」
「きゅう!」
悠里が闇兎を撫でて称える横で、狼泉が「……は?」と理解不能と告げるような声をこぼした。小さい体で強い力を発揮する姿は、カッコいい以外にない気がするのだが。
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