天翔ける獣の願いごと

asagi

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Ⅱ.近づく距離

19.甘く戯れる

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 悠里が料理している間、狼泉は闇兎と静かに見つめ合っていた。時折狼泉が何か問いかけ、闇兎が鳴いて答えることはあっても、言葉が伝わらないので会話にならない。
 その一人と一体を、傍で白珠がゆったりと寝そべりながら眺めている。尻尾の先が揺れているので、たぶん面白がっているのだろう。

 奇妙な静寂が漂う空間を横目で観察し、悠里は笑いをこらえる。狼泉には悪いが、悠里も白珠よりの感想を抱いたのだ。

「きゅー……」
「どうしたの?」

 音を上げた闇兎が悠里の足に抱きついてきた。「こいつとの交流は無理だよー。イブンカ交流ってやつだよー」と鳴いて訴えられたが、悠里は笑顔で聞き流す。

「大丈夫、闇兎なら上手くできるって」
「きゅう……」
「そいつが何を言っているかは分からないが、俺はもう無理だ……」

 狼泉まで近づいてきて、背後から悠里に抱きついた。悠里は横にある顔をなんとか窺うように見ながら微笑む。

「疲れちゃった?」
「ああ……。悠里を介してなら仲良くできるよう努力するから、もう勘弁してほしい」
「ふふ。しかたないなぁ。約束だよ? 闇兎もそうしてくれる?」
「分かった」
「きゅ」

 良い返事があったので一応満足して、悠里はかき混ぜていた鍋を火から離す。鍋の中にはとろりとした紫色のジャムができ、良い香りを放っていた。鍋ごと冷水にさらして粗熱を取ったら出来上がりだ。

 耳元でスッと息を吸う音が聞こえる。そのすぐ後に、フッと息が耳にかかり、悠里はピクッと身体を震わせた。なぜかジワリと身体の熱が上がる。
 狼泉に抱きしめられていることが、急に恥ずかしく思えてきた。そもそも、どうしてこのように近い距離で話しているのだろうか。

「……甘くて良い匂いだ」
「っ、狼泉、耳元で喋らないで。くすぐったい!」

 笑みをはらんだ声が、耳骨を震わせるように甘く響く。堪らず悠里が制止すると、一拍おいて狼泉が喉の奥でクツクツと笑った。

「へぇ……悠里は耳が弱いのか」
「弱いとか、強いとか、分からないけど、鍋をひっくり返しそうだから、やめて」

 耳の後ろにさらに近づいた狼泉を横目でじとりと睨む。ろくに顔も見えなかったが、狼泉が上機嫌な様子が伝わってきた。先ほどまで疲れた雰囲気だったのにこの変わりよう。なんだか納得いかない。

 この不満をどう表すか考えていたら、突然狼泉の身体が衝撃を受けたように揺れた。つられて押された悠里は、台から落ちかけた鍋を慌てて掴む。危うく、せっかく作ったジャムが土まみれになるところだった。

「きゅ!」
「いっ、たいなっ……!」

 狼泉が離れたのを感じて、悠里は振り返る。
 片膝をついて足を押さえた狼泉が、闇兎をギッと睨んでいた。闇兎は胸を張って誇らしげである。言葉にするなら「やってやったぜ!」という感じか。

「……折れてない?」
「そこまでではないだろう。……たぶん」

 何が起きたか瞬時に察した悠里は、しゃがんで怪我の具合を診る。赤くたん瘤のように腫れていたので、湿布を渡すことにした。

「闇兎。助けてくれるのは嬉しいけど、怪我をさせるのはダメだよ」
「きゅぃきゅぅ」

 言い訳するようにモゴモゴと鳴く闇兎の頭を軽く叩いた。気づいたら白珠が近くに来ていて、闇兎をカプリと口にくわえて壁際に運んでいく。遊びはここまでの合図だ。

「きゅー!」

 悲愴な鳴き声を上げているが、同じ部屋の中にいるのだから、そこまで嘆くことではないだろう。
 悠里は肩をすくめて湿布を取りに行き、狼泉の足に貼りつける。湿布とは打撲に効く薬液に浸した布であり、固定のためにさらに上から包帯代わりの布を巻く必要があるので、見た目が重傷者のようになっていた。

「……悠里に近づくのは、ほどほどにしないといけない、ということだな」

 上り框に腰掛けた狼泉が苦々しい表情で呟く。闇兎に攻撃されるのは毎回悠里がらみなので、そう悟ったようだ。
 だが、悠里からすると、近すぎるのは困るが、距離を取られても寂しい。つまり、あまりこれで懲りてほしくない。

「ちょっとくらいなら、良いと思うけどね。闇兎はたぶん、僕が困っているのを見ると、つい体が動いちゃうんだと思うし」

 ポツリと呟いた悠里は、狼泉からジッと視線が注がれるのを感じた。

「――なぁに?」
「いや……あれくらいなら、悠里は許してくれるのだな、と思ってな」

 狼泉の手が伸びてくる。首後ろを捉えられ、引っ張られた。狼泉に抱きしめられるのはこれで何度目か。男同士だとしても近すぎるという自覚はあるのに、なぜか拒むことができない。

「……あまり、悪戯されるのはイヤだよ」
「悪戯……ふ、分かった。気をつける」

 悠里の言葉の何が面白かったのか、狼泉が微笑み、甘い声で囁きながら頷く。まったく信用できない雰囲気だが、狼泉が嬉しそうだと気づくと悠里も嬉しくなってきて、結局注意は重ねなかった。

 この後、一緒に山葡萄のジャムを饅頭と共に味わったが、なんだかジャム以上に甘い雰囲気が漂っている気がして、そわそわと落ち着かない気分だったのは余談である。

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