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Ⅲ.募る想い
27.神獣の語り部
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「……古龍、天琥の話を聞かせてくれないでしょうか」
沈黙を破ったのは狼泉だった。古龍は狼泉に視線を移し、小さく頷く。
悠里は答えを得られずモヤモヤとした気分だったが、今は狼泉の意思を優先して口を閉ざすことにした。
「天琥は争いをきっかけに琥泉国との契約を破棄し、多くが天に帰った」
「やはり、そうなのですか……」
狼泉が沈痛の面持ちで、僅かに俯く。
その声に籠もる悲しみと痛みが、悠里の心を刺すように感じられた。悠里はどうにも耐えられなくなって、狼泉にぎゅっと抱きつく。触れ合うことで狼泉に『一人で耐える必要はないんだよ』と伝えたかった。
狼泉の腕が悠里の肩に回り、かき抱くように力が籠もる。痛いくらいの腕の強さで、狼泉の胸に凝る苦しみがよく理解できた。
(僕が傍にいることで、狼泉が少しでも楽になれたらいいんだけど……)
目を伏せて狼泉に寄り添う悠里を、古龍が静かな眼差しで見つめる。それに気づいた狼泉が、僅かに眉を顰めた。
「――天に帰らなかった天琥は、今どうしているのですか? 先ほど、もういないというようなことをおっしゃっていましたが」
狼泉の声に冷静さが戻る。悠里はその顔をじっと見つめた。無理をしているのではないかと心配したのだが、思っていたより立ち直りが早かったようだ。
「……悠里がいてくれるから、俺は大丈夫だ」
微笑んで囁やきかけてくる狼泉の言葉に嘘がないのを感じ取って安堵し、悠里も笑みを返す。同時に、現在の体勢への気恥ずかしさや、恋心がもたらす複雑な感情に襲われて、もぞもぞと身じろぎをした。だが、狼泉が離してくれる気配が一切なく、大人しく俯くことしかできない。
「天琥は」
狼泉と悠里のやり取りに目を細めていた古龍が口を開く。
「――多くの仲間と別れ、地上に残った天琥は、消えた族長を探し続けた末に寿命が尽きた。人間よりも長き時を生きる神獣といえども、永遠に生きられるわけではないからな」
「……消えた、族長を。……族長は、天に帰ったわけではなかったのですね?」
「ああ。行方知らずのままだ」
狼泉の問いに、古龍が目を伏せて答える。
「――彼を探していたのは、その親たちだ。結局、生きている間に再会することは叶わなかったようだな」
「それは、悲しくて、無念なことだったでしょうね……」
悠里は族長の親たちの思いに胸を痛める。故郷を思い続けても戻ることが叶わなかった祖父である瑶の姿が、重なるように思い浮かんだ。
沈痛な表情の悠里を、古龍が慈しみ深い微笑みを浮かべて見つめる。狼泉は何事かを考えるように、古龍を凝視していた。
「無念な気持ちはあろうが、彼らは亡くなる前に救いを得た。子の魂に繋がる縁を辿ることができたのだ」
「縁? それを辿ることができたら、どうなるのですか?」
「死した後に魂を引き寄せることができる。死後に再会できただろうという話だ」
「死後に再会……」
思いがけない話に、悠里は目を見開く。悠里にはあまり理解できないが、古龍の嬉しそうな表情を見るに、神獣には死後の世界が当然のように存在し、死後での再会は喜ばしいことのようだ。
「――まぁ、救われたのなら、良かったです……?」
「幼君も喜んでくれるか。それは彼らにとってこの上ない安堵をもたらすであろう」
「はい?」
古龍がにこにこと笑む。だが、悠里はなぜ自分の言葉がそれほどまでに歓迎されているのか分からなかった。
「……古龍が、俺たちの前に現れたのは、この話をするためですか」
唐突に、狼泉が厳しい声で問いかける。悠里はなぜそのような態度を取るのか分からず、狼泉を凝視した。
「聞かれたがゆえ、答えたまでのこと。ソレから、幼君が会いたがっていると聞いたから、姿を見せたのだ。我も幼君に一度会うてみたいと思っていたというのもあるが」
古龍は狼泉の様子を意に介せず、飄々とした雰囲気だ。ソレと顎で示された白珠は、ゆっくりと頷き悠里の腰元に頭を擦りつける。
悠里は反射的に白珠の頭を撫でながら、首を傾げた。
「僕のことを、前からご存知だったんですか?」
「ああ、もちろんだとも。――この山に、幼君が来た時からな」
「っ!?」
付け足された言葉に、悠里はビクッと身体を震わせて目を見開く。まさか、そんな頃から知られていたとは思わなかった。つまり、この古龍は悠里が異界から渡ってきた者だということも知っているのだろう。
ずっと胸に抱いていた思いが、にわかに溢れ出してくる。溺れる者が藁をも掴むように、悠里は儚い希望を見出してしまった。
「――あ、あなたは、異界へ渡る方法をご存知ですかっ? 僕の、日本への帰り方をっ……!」
狼泉が息を呑み驚いている気配を感じる。だが、今の悠里には、それを気にする余裕がなかった。一心に古龍を見つめ、神獣という存在だからこその知識があるのではないかと、救いを求める。
「幼君を拾った二人は、なんと言っていた?」
「……異界への、渡り方は知らない、と」
「それが真実であろうな。我にも、詳しい原理や制御の術は分からぬ。ただ、そのような現象があるのだと知るだけだ」
胸に膨らんでいた希望が、一気に萎んでいくのを感じた。脱力した腕をぶらんと垂らし、悠里は地面に視線を落とす。
「…………そう、ですか…………」
こう答えるしかなかった。
沈黙を破ったのは狼泉だった。古龍は狼泉に視線を移し、小さく頷く。
悠里は答えを得られずモヤモヤとした気分だったが、今は狼泉の意思を優先して口を閉ざすことにした。
「天琥は争いをきっかけに琥泉国との契約を破棄し、多くが天に帰った」
「やはり、そうなのですか……」
狼泉が沈痛の面持ちで、僅かに俯く。
その声に籠もる悲しみと痛みが、悠里の心を刺すように感じられた。悠里はどうにも耐えられなくなって、狼泉にぎゅっと抱きつく。触れ合うことで狼泉に『一人で耐える必要はないんだよ』と伝えたかった。
狼泉の腕が悠里の肩に回り、かき抱くように力が籠もる。痛いくらいの腕の強さで、狼泉の胸に凝る苦しみがよく理解できた。
(僕が傍にいることで、狼泉が少しでも楽になれたらいいんだけど……)
目を伏せて狼泉に寄り添う悠里を、古龍が静かな眼差しで見つめる。それに気づいた狼泉が、僅かに眉を顰めた。
「――天に帰らなかった天琥は、今どうしているのですか? 先ほど、もういないというようなことをおっしゃっていましたが」
狼泉の声に冷静さが戻る。悠里はその顔をじっと見つめた。無理をしているのではないかと心配したのだが、思っていたより立ち直りが早かったようだ。
「……悠里がいてくれるから、俺は大丈夫だ」
微笑んで囁やきかけてくる狼泉の言葉に嘘がないのを感じ取って安堵し、悠里も笑みを返す。同時に、現在の体勢への気恥ずかしさや、恋心がもたらす複雑な感情に襲われて、もぞもぞと身じろぎをした。だが、狼泉が離してくれる気配が一切なく、大人しく俯くことしかできない。
「天琥は」
狼泉と悠里のやり取りに目を細めていた古龍が口を開く。
「――多くの仲間と別れ、地上に残った天琥は、消えた族長を探し続けた末に寿命が尽きた。人間よりも長き時を生きる神獣といえども、永遠に生きられるわけではないからな」
「……消えた、族長を。……族長は、天に帰ったわけではなかったのですね?」
「ああ。行方知らずのままだ」
狼泉の問いに、古龍が目を伏せて答える。
「――彼を探していたのは、その親たちだ。結局、生きている間に再会することは叶わなかったようだな」
「それは、悲しくて、無念なことだったでしょうね……」
悠里は族長の親たちの思いに胸を痛める。故郷を思い続けても戻ることが叶わなかった祖父である瑶の姿が、重なるように思い浮かんだ。
沈痛な表情の悠里を、古龍が慈しみ深い微笑みを浮かべて見つめる。狼泉は何事かを考えるように、古龍を凝視していた。
「無念な気持ちはあろうが、彼らは亡くなる前に救いを得た。子の魂に繋がる縁を辿ることができたのだ」
「縁? それを辿ることができたら、どうなるのですか?」
「死した後に魂を引き寄せることができる。死後に再会できただろうという話だ」
「死後に再会……」
思いがけない話に、悠里は目を見開く。悠里にはあまり理解できないが、古龍の嬉しそうな表情を見るに、神獣には死後の世界が当然のように存在し、死後での再会は喜ばしいことのようだ。
「――まぁ、救われたのなら、良かったです……?」
「幼君も喜んでくれるか。それは彼らにとってこの上ない安堵をもたらすであろう」
「はい?」
古龍がにこにこと笑む。だが、悠里はなぜ自分の言葉がそれほどまでに歓迎されているのか分からなかった。
「……古龍が、俺たちの前に現れたのは、この話をするためですか」
唐突に、狼泉が厳しい声で問いかける。悠里はなぜそのような態度を取るのか分からず、狼泉を凝視した。
「聞かれたがゆえ、答えたまでのこと。ソレから、幼君が会いたがっていると聞いたから、姿を見せたのだ。我も幼君に一度会うてみたいと思っていたというのもあるが」
古龍は狼泉の様子を意に介せず、飄々とした雰囲気だ。ソレと顎で示された白珠は、ゆっくりと頷き悠里の腰元に頭を擦りつける。
悠里は反射的に白珠の頭を撫でながら、首を傾げた。
「僕のことを、前からご存知だったんですか?」
「ああ、もちろんだとも。――この山に、幼君が来た時からな」
「っ!?」
付け足された言葉に、悠里はビクッと身体を震わせて目を見開く。まさか、そんな頃から知られていたとは思わなかった。つまり、この古龍は悠里が異界から渡ってきた者だということも知っているのだろう。
ずっと胸に抱いていた思いが、にわかに溢れ出してくる。溺れる者が藁をも掴むように、悠里は儚い希望を見出してしまった。
「――あ、あなたは、異界へ渡る方法をご存知ですかっ? 僕の、日本への帰り方をっ……!」
狼泉が息を呑み驚いている気配を感じる。だが、今の悠里には、それを気にする余裕がなかった。一心に古龍を見つめ、神獣という存在だからこその知識があるのではないかと、救いを求める。
「幼君を拾った二人は、なんと言っていた?」
「……異界への、渡り方は知らない、と」
「それが真実であろうな。我にも、詳しい原理や制御の術は分からぬ。ただ、そのような現象があるのだと知るだけだ」
胸に膨らんでいた希望が、一気に萎んでいくのを感じた。脱力した腕をぶらんと垂らし、悠里は地面に視線を落とす。
「…………そう、ですか…………」
こう答えるしかなかった。
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