天翔ける獣の願いごと

asagi

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Ⅴ.この想い、天まで届け

45.悠里の力

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 呆然とした悠里に代わり、狼泉が目を細めて古龍に尋ねる。

「真の目覚めとは、どのような意味ですか」
「言葉のままだ。神獣は成獣になる際に、幼名を隠し、正式な名を名のることになる。それにより、神獣としての力が覚醒するのだ。天悠は正式な名を授けられぬままここまで生きてきたから、天琥たちの願いを受けて、我が名を授けた」

 神獣としての力。
 悠里はその言葉を反芻しながら、自分の手のひらを見下ろす。指先まで馴染みのない力がみなぎっている気がした。これが神獣としての力なのだろうか。

「……どのようなことができるのですか?」

 悠里が問い掛けると、古龍は小さく首を傾げた。

「……天悠は人間の血が混じっているから、おそらく純なる天琥ほどの力はない。汎用性がないのだろうな。だが、長の血は強い。ゆえに、天藍たちが創りし泉の力を強めることはできよう」

 古龍は悠里の奥を探るような眼差しで、慎重に答えた。悠里は一般的な天琥ではないから、古龍でも予めどのような力が使えるか分かっていなかったようだ。

「藍じい様たちが創った泉……」
「この家の傍にあるものだ。あれは始泉のように国中に水を満たすことはできずとも、神獣が創りし神聖なる泉だ。それを保つにも、神獣の力が必要」
「そうだったんですね」

 天藍たちからそのような話は聞いたことがなかった。そもそも天琥であるという事実さえ知らなかったのだから仕方ないことだが。

「……保つだけではなく、泉の力を強める……?」

 狼泉が怪訝そうに呟く。そちらに視線を移した古龍が、フッと笑った。

「さよう。――良きことではないか。天悠が望めば、琥泉の国の水不足は和らごう」
「え!?」

 衝撃の事実を聞いて、悠里は身を乗り出した。狼泉がポカンと口を開けているのを尻目に、古龍に勢いよく問い掛ける。

「――僕の力が、琥泉の国に影響を与えられるのですかっ?」
「ああ。とはいえ、始泉ほどのものではない。この山から近い地域の水の枯渇が遅くなる程度だ。それでも、これから国を整えようと思うならば、得難い福音であろうな」

 悠里は狼泉と顔を見合わせる。狼泉の瞳にじわじわと喜びが滲むのを見て、悠里も涙が出そうになるほど嬉しくなった。
 戦いに赴く狼泉の帰りを、ただ待つばかりなのはつらい。だが、ここで泉と共にあることで、狼泉のためにもなるのだと思えば、そのつらさが少しは和らぐ。

「……良かった、ぁ。狼泉、僕、ここで、琥泉国に水が少しでも行き渡るように、頑張るからね」
「あぁ……ありがとう、悠里」

 狼泉が震える声で囁き、悠里をぎゅっと抱きしめる。その温もりに目を細めて、悠里はホッと息をついた。

「泉の力を強めるには、日に一度泉に手を浸し、その身にある力を注ぐよう意識すればいい。力は自覚できているな?」
「……はい、大丈夫だと思います」
「うむ。分からぬ時は、聞きに来るがいい。我は琥泉の国を裁定するため、暫く地上に留まっているがゆえ」
「ありがとうございます!」

 強く抱きしめる狼泉の腕を離してもらう気にはなれず、体勢を変えないまま古龍と話す。その様子を見た古龍は苦笑して、スッと立ち上がった。

「これ以上は邪魔になるだろうから去る。――狼よ」

 悠里たちの傍まで歩みを進めた古龍が立ち止まり、呼びかける。狼泉が「はい」と応えて顔を上げると、古龍は目を眇めて悠里に手を伸ばした。
 首筋に冷たい指先が触れる。

「天琥の末に無体を強いれば、今度こそ天琥の怒りが降り注ぐと知れ。……同意の上ならば、目こぼしされようが、な」
「……分かりました」

 狼泉が少し苦い表情で頷く。それを見届けた古龍は、再び歩き始めて振り返らないまま立ち去った。
 二人のやり取りの意味が分からなかった悠里は、キョトンとしながら古龍に触れられたところを指先で辿る。

「えっと……? なんの注意だったの?」

 狼泉を見上げる。狼泉は暫く視線を彷徨わせた末に、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。そして、悠里の首筋に顔を寄せる。

「な……にっ!?」

 首筋にチクリと小さな痛みがあり、悠里は目を白黒させる。なぜ急にそんなことをされたのか分からなかった。
 狼泉は吸いついたところを舌で舐めた後、悠里の耳元に唇を寄せる。

「……口づけの跡に気づかれたようだ。悠里の意思を無視するなと、忠告をされた」

 暫く何を言われたのか理解できなかった。だが、気づいた瞬間、顔がかぁっと熱くなる。目が潤むほどの羞恥心を感じた。

「なっ!? そん……もう、やだっ!」
「嫌なのか?」

 反射的に狼泉から距離を取ろうとすると、寂しげな声で尋ねられた。途端に、突っ張る手の力が抜ける。
 嫌だなんて、思えない。古龍にまで関係を知られたことが、恥ずかしいだけだ。誤解をされたくないし、なによりも狼泉が落ち込んでしまうところなんて見たくなくて、悠里は小さく首を横に振る。

「――良かった。……口づけは?」
「いや、じゃ、ない……」
「では、好きだとねだってもらえるようになるまで、頑張ろう」
「は? っ……んぅ……」

 青い瞳が悠里の目を覗き込んできたと思ったら、口が塞がれていた。しっとりと重なる感触が気持ちよくて、悠里は狼泉の言葉を聞き逃したまま、目を伏せて口づけを味わう。
 重なるだけだった唇の間を舌が這い、歯列をくぐって口内に侵入してきても、もう抵抗する気力は一切なかった。

「ふ、ぁ……っ」

 口内を探るように蠢いた舌が、悠里の舌を捉えて絡みつく。軽く吸われるような感覚に、悠里は思わず甘い息をこぼした。舌から伝わるじんじんと痺れるような刺激が全身に広がり、悠里の思考力まで蕩かす。

「悠里……――愛してる」

 囁き声に目を開けると、狼泉の瞳が深い熱情を湛えて悠里を見つめていた。悠里は求められている実感に、頬を綻ばせる。

「僕も、愛してる……」

 愛を伝えるのに、それ以上の言葉は必要ない。
 目を合わせ、微笑みあった悠里たちは、再び互いを求めて口づけを交わすのに夢中になった。

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