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第二幕 果てのない黒
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薄明の空、太陽の端が薄く世界を照らす。しかし、森の中には闇が広がっていた。
静寂に包まれた森の中で、ひたひたと規則正しい足音がする。鼻を啜る音や嗚咽が響けば、その足音は少しの間止んだ。
「本当に、出られるんだな……」
方角すら分からない闇の中を、ロゼは一人歩いていた。目は相変わらず腫れたままで、顔色も悪い。昨夜、一方的に言葉を投げつけては意識を手放したロゼは、深夜に目覚めてすぐに家を出た。
セオドアは隣で眠っていたから、起こさないように気配を殺した。毎日たくさん魔法を使ったり、人と会ったりして疲れているのか、彼の眠りは深い。
それは、隣にロゼがいるからなのかも知れないが、ロゼの抱いていたそんな考えは目覚めてすぐに消えた。
「森。暗くて、寒い。木も、全部高い」
ロゼは、きょろきょろと辺りを見回す。変わらない景色でさえも、ロゼには新鮮なものだった。
後ろを振り向けば、まだあの古家が見える。引き返したい気持ちを抑えて、ロゼは前を向いた。
「もっと、先?自由って、難しいな」
ロゼは、ずっとセオドアに支配される魔法をかけられていると思い込んでいた。しかし、それは言葉のそれはまやかしだった。ただ何も分からずに迷子になっていたロゼには、この魔法が縁となっていたのだ。
だから、何もされてないと知って悲しかった。セオドアは、ロゼを適当な場所に連れて行くのではなく、自分のものとして、ずっとあの家に置いていた。ロゼも、自分はセオドアのものだと信じていた。五年間何の疑いもなく、セオドアに愛されるためだけに生きてきた。
何も持たずにいたロゼにとって、それが唯一の幸せだった。辛いことなんて、セオドアに怪我を負わせたことくらいだ。
あれもダメ、これもダメとセオドアは様々なことを禁じた。それは、自分を大切にしてくれているからだと思っていたのに、外に出ることは許された。ロゼは、訳が分からなかった。
ロゼは、暗い森をぼうっとしながら歩いていると、木の根に躓いて転んだ。
「痛っ……」
ゆっくりと身体を起こそうとすると、足に鋭い痛みが走る。膝が赤く染まっている。どうやら擦りむいてしまったようだ。
規則正しい足音は、不規則な弱々しい音へと変わった。時々木に寄りかかって休憩を挟み、痛みが和らぐのを待った。
いつの間にか、古家は見えなくなっていた。
「まだ、朝にならない?」
ロゼは、暗い地面を見下ろしながら「何処にあるんだろう」と、震えた声で呟いた。
「早く、セオドアが起きる前に見つけないと」
ロゼは、木々の葉に隠された空を見上げる。ここには、朝が来ても陽は当たりそうにない。だから、もっと先へと進んでいく。陽の当たる場所を探しに。
視界が段々と滲んでいく。その度に目を擦って、勝手に溢れる涙を拭う。耳元に、葉のざわめきが嫌に残ってロゼは立ち止まる。
「……セオドア、怖いよ。外は、怖い」
弱々しい震えた声は、自然にかき消される。鳥の羽音が近くでして、体が跳ね上がった。
「嘘つき、花なんて、ない。最後に、ありがとうって笑って渡そうと思ったのに」
途方のない闇の真ん中で、ロゼは大粒の涙を溢した。
「やっぱ、俺、何もできない。要らない、」
すると、後ろから眩い光がロゼを照らし出した。反射的に振り返ると、その光はロゼは知っているものだと分かった。
「ロゼ!」
静寂に包まれた森の中で、ひたひたと規則正しい足音がする。鼻を啜る音や嗚咽が響けば、その足音は少しの間止んだ。
「本当に、出られるんだな……」
方角すら分からない闇の中を、ロゼは一人歩いていた。目は相変わらず腫れたままで、顔色も悪い。昨夜、一方的に言葉を投げつけては意識を手放したロゼは、深夜に目覚めてすぐに家を出た。
セオドアは隣で眠っていたから、起こさないように気配を殺した。毎日たくさん魔法を使ったり、人と会ったりして疲れているのか、彼の眠りは深い。
それは、隣にロゼがいるからなのかも知れないが、ロゼの抱いていたそんな考えは目覚めてすぐに消えた。
「森。暗くて、寒い。木も、全部高い」
ロゼは、きょろきょろと辺りを見回す。変わらない景色でさえも、ロゼには新鮮なものだった。
後ろを振り向けば、まだあの古家が見える。引き返したい気持ちを抑えて、ロゼは前を向いた。
「もっと、先?自由って、難しいな」
ロゼは、ずっとセオドアに支配される魔法をかけられていると思い込んでいた。しかし、それは言葉のそれはまやかしだった。ただ何も分からずに迷子になっていたロゼには、この魔法が縁となっていたのだ。
だから、何もされてないと知って悲しかった。セオドアは、ロゼを適当な場所に連れて行くのではなく、自分のものとして、ずっとあの家に置いていた。ロゼも、自分はセオドアのものだと信じていた。五年間何の疑いもなく、セオドアに愛されるためだけに生きてきた。
何も持たずにいたロゼにとって、それが唯一の幸せだった。辛いことなんて、セオドアに怪我を負わせたことくらいだ。
あれもダメ、これもダメとセオドアは様々なことを禁じた。それは、自分を大切にしてくれているからだと思っていたのに、外に出ることは許された。ロゼは、訳が分からなかった。
ロゼは、暗い森をぼうっとしながら歩いていると、木の根に躓いて転んだ。
「痛っ……」
ゆっくりと身体を起こそうとすると、足に鋭い痛みが走る。膝が赤く染まっている。どうやら擦りむいてしまったようだ。
規則正しい足音は、不規則な弱々しい音へと変わった。時々木に寄りかかって休憩を挟み、痛みが和らぐのを待った。
いつの間にか、古家は見えなくなっていた。
「まだ、朝にならない?」
ロゼは、暗い地面を見下ろしながら「何処にあるんだろう」と、震えた声で呟いた。
「早く、セオドアが起きる前に見つけないと」
ロゼは、木々の葉に隠された空を見上げる。ここには、朝が来ても陽は当たりそうにない。だから、もっと先へと進んでいく。陽の当たる場所を探しに。
視界が段々と滲んでいく。その度に目を擦って、勝手に溢れる涙を拭う。耳元に、葉のざわめきが嫌に残ってロゼは立ち止まる。
「……セオドア、怖いよ。外は、怖い」
弱々しい震えた声は、自然にかき消される。鳥の羽音が近くでして、体が跳ね上がった。
「嘘つき、花なんて、ない。最後に、ありがとうって笑って渡そうと思ったのに」
途方のない闇の真ん中で、ロゼは大粒の涙を溢した。
「やっぱ、俺、何もできない。要らない、」
すると、後ろから眩い光がロゼを照らし出した。反射的に振り返ると、その光はロゼは知っているものだと分かった。
「ロゼ!」
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