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第一幕II 欲しい言葉は
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セオドアは慈しむように丁寧に爪を削っていく。ロゼの骨と皮だけの小さな手は、セオドアの大きな手の上にすっぽり収まっている。
ロゼは、その様子を見つめた後に何気なく言った。
「セオドア。外には、何があるんだ?」
ロゼは、真っ暗な外を眺める。闇が広がって、良く見えない。
「気になるなら、出てみれば良い。ここには、たくさんの木と動物、陽の当たるところには花も咲いているよ」
セオドアも、視線を外に向けて言う。だが、それはロゼの待っていた言葉ではなかった。
「……ダメって、言わないのか?」
ロゼは、眉を下げながらセオドアを見つめる。
「外は危ないんだろ?俺だとすぐに死んじゃうって言ったのはセオドアだ。なのに、何が出てみれば良いだ」
「ロゼ」
セオドアは、優しくロゼの名を呼ぶ。すると、ロゼは口を閉じる。赤い目には涙が溜まって潤んでいる。
「確かに、外は危ないね。だから、一緒に行こう」
「……え?」
すると、ロゼは動かなくなった。糸の切られた傀儡ののうに、一気に生力を失う。
「違う……ダメって言ってくれ、家にいなきゃダメだって。俺は、外に出られないんだろ?セオドアにかけてもらった魔法で、ここにしか居られないようになってんのに」
ロゼは、目を見開いて震えた声で言う。五年前、初めてセオドアに会った日に、ロゼは居場所が欲しいと願った。そして、セオドアはここに連れ帰り支配の魔法をかけた。
ここから出られなくなる。自分はセオドアのものだと自覚する。その日から、ロゼの世界はセオドアだけになった。
ロゼは、自由を求めていない。だから、セオドアの言葉に傷付いた。
「そんな魔法、かけてないよ」
セオドアは全ての爪を削り終えると、塵を集めて捨てた。優しく微笑みながら、俯くロゼの頬を撫でる。
「なん、で。嘘、ついたのか?俺のこと本当は要らないのに、セオドアは優しいから、置いてくれたのか……?」
ぽろぽろと涙を流すロゼは、まるで幼い子どものようだった。
「俺だけ、ずっと、死ぬまで一緒だって、思ってたんだ」
「ロゼ、俺だって」
「っやだ、聞きたくない。言わないで、やだよ。セオドアに……要らないって言われたら、ここじゃないって、ぅ、俺、俺……」
嗚咽混じりに弱々しく叫ぶロゼの呼吸は乱れている。浅い呼吸が続き、徐々に喉から嫌な音がしてきて、額には汗が滲んできた。
「っ、せ……お、っ」
過呼吸になりながら、苦しそうに泣きじゃくるロゼをセオドアはそっと抱きしめる。背中をさすって、大丈夫だと繰り返した。
こんな時でさえも、セオドアは癒しの魔法すらかけない。
「ロゼ、ゆっくり息を吸って。そう、良い子だね」
「はぁ……はぁ……」
何度も息を吸っては吐いて、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。しかし、ロゼは泣き止むとそのまま意識を失ってしまった。
急に感情を爆発させて、心身共に疲弊してしまったのだ。
セオドアは、ロゼをベッドにそっと寝かせる。毛布をかけて、柔らかい髪を撫でてキスと落とす。
「おやすみ」
目が腫れているロゼの寝顔を見つめてから、セオドアは部屋を出た。
真っ暗な世界から、一変して目の前は白い光で満たされていた。ロゼは、夢を見ている。初めてセオドアと会った、五年前の記憶。
「俺と一緒に家に帰ろう。君は俺たちの家にいて、ずっと俺の側で幸せに暮らすんだ。できるね?」
キラキラとした教会の中で、まだ幼いセオドアが手を伸ばす。同じくまだ幼いロゼは、首を縦に振った。二人は、十五歳の時にこの古家で暮らし始めた。
「俺は、ここにいていいの?」
「ここにいて。俺とずっと一緒にいるんだ。いい?俺の言うことを聞いて良い子にするんだよ。これはロゼを支配する魔法だけど、辛くなったらいつでも言って」
古びた部屋の中で、二人は毛布にくるまってひそひそ話をする。
「魔法……?分かった」
「良い子だね」
セオドアは、ロゼの痣だらけになった細い身体を抱き寄せて、眠りにつく。ロゼは、誰かと眠ることの幸せを知った。
「包丁、危ないから触らないでね」
「分かった。これは?」
「木のお皿、それは安全だよ」
セオドアが家にいる間、二人は離れずにいつも一緒にいた。料理も洗濯も、着替えもお風呂もできるだけ二人で一緒にやった。とは言いつつも、ほとんどはセオドアが率先して行動していた。
「セオドア、俺は魔法使えないのか?」
ある日、ロゼはそんな事を聞いた。
「そうだね。魔法を使うぞって、意識を集中させてみて」
「うん……んー」
ロゼは目を強く閉じて唸った。すると、地面から黒い荊が生える。だが、それはロゼに向かって伸びていった。
「ロゼ、目を開けて。危ないよ」
言葉が届いていないのか、ロゼは集中し続ける。意識が現実に戻ったのは、目の前で鈍い音がした時だった。
「セオドア?セオドア、血が出てる」
荊からロゼを庇ったセオドアは、肩に怪我を負った。ロゼは、青を真っ青にしながらセオドアの名前を呼ぶ。
「大丈夫、すぐ治るよ」
セオドアは、手を肩にかざした。みるみると、傷は塞がっていく。
「泣かないで、怖かったね。でも安心して、少しずつできるようになるから」
ぽろぽろと涙を流すロゼを撫でる。でも、ロゼはその時の記憶をこうして夢の中で稀に思い出す。
「……っ」
勢いよく目を開くと、そこには暗がりが果てなく広がっている。ロゼは、そっと身体を起こした。
ロゼは、その様子を見つめた後に何気なく言った。
「セオドア。外には、何があるんだ?」
ロゼは、真っ暗な外を眺める。闇が広がって、良く見えない。
「気になるなら、出てみれば良い。ここには、たくさんの木と動物、陽の当たるところには花も咲いているよ」
セオドアも、視線を外に向けて言う。だが、それはロゼの待っていた言葉ではなかった。
「……ダメって、言わないのか?」
ロゼは、眉を下げながらセオドアを見つめる。
「外は危ないんだろ?俺だとすぐに死んじゃうって言ったのはセオドアだ。なのに、何が出てみれば良いだ」
「ロゼ」
セオドアは、優しくロゼの名を呼ぶ。すると、ロゼは口を閉じる。赤い目には涙が溜まって潤んでいる。
「確かに、外は危ないね。だから、一緒に行こう」
「……え?」
すると、ロゼは動かなくなった。糸の切られた傀儡ののうに、一気に生力を失う。
「違う……ダメって言ってくれ、家にいなきゃダメだって。俺は、外に出られないんだろ?セオドアにかけてもらった魔法で、ここにしか居られないようになってんのに」
ロゼは、目を見開いて震えた声で言う。五年前、初めてセオドアに会った日に、ロゼは居場所が欲しいと願った。そして、セオドアはここに連れ帰り支配の魔法をかけた。
ここから出られなくなる。自分はセオドアのものだと自覚する。その日から、ロゼの世界はセオドアだけになった。
ロゼは、自由を求めていない。だから、セオドアの言葉に傷付いた。
「そんな魔法、かけてないよ」
セオドアは全ての爪を削り終えると、塵を集めて捨てた。優しく微笑みながら、俯くロゼの頬を撫でる。
「なん、で。嘘、ついたのか?俺のこと本当は要らないのに、セオドアは優しいから、置いてくれたのか……?」
ぽろぽろと涙を流すロゼは、まるで幼い子どものようだった。
「俺だけ、ずっと、死ぬまで一緒だって、思ってたんだ」
「ロゼ、俺だって」
「っやだ、聞きたくない。言わないで、やだよ。セオドアに……要らないって言われたら、ここじゃないって、ぅ、俺、俺……」
嗚咽混じりに弱々しく叫ぶロゼの呼吸は乱れている。浅い呼吸が続き、徐々に喉から嫌な音がしてきて、額には汗が滲んできた。
「っ、せ……お、っ」
過呼吸になりながら、苦しそうに泣きじゃくるロゼをセオドアはそっと抱きしめる。背中をさすって、大丈夫だと繰り返した。
こんな時でさえも、セオドアは癒しの魔法すらかけない。
「ロゼ、ゆっくり息を吸って。そう、良い子だね」
「はぁ……はぁ……」
何度も息を吸っては吐いて、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。しかし、ロゼは泣き止むとそのまま意識を失ってしまった。
急に感情を爆発させて、心身共に疲弊してしまったのだ。
セオドアは、ロゼをベッドにそっと寝かせる。毛布をかけて、柔らかい髪を撫でてキスと落とす。
「おやすみ」
目が腫れているロゼの寝顔を見つめてから、セオドアは部屋を出た。
真っ暗な世界から、一変して目の前は白い光で満たされていた。ロゼは、夢を見ている。初めてセオドアと会った、五年前の記憶。
「俺と一緒に家に帰ろう。君は俺たちの家にいて、ずっと俺の側で幸せに暮らすんだ。できるね?」
キラキラとした教会の中で、まだ幼いセオドアが手を伸ばす。同じくまだ幼いロゼは、首を縦に振った。二人は、十五歳の時にこの古家で暮らし始めた。
「俺は、ここにいていいの?」
「ここにいて。俺とずっと一緒にいるんだ。いい?俺の言うことを聞いて良い子にするんだよ。これはロゼを支配する魔法だけど、辛くなったらいつでも言って」
古びた部屋の中で、二人は毛布にくるまってひそひそ話をする。
「魔法……?分かった」
「良い子だね」
セオドアは、ロゼの痣だらけになった細い身体を抱き寄せて、眠りにつく。ロゼは、誰かと眠ることの幸せを知った。
「包丁、危ないから触らないでね」
「分かった。これは?」
「木のお皿、それは安全だよ」
セオドアが家にいる間、二人は離れずにいつも一緒にいた。料理も洗濯も、着替えもお風呂もできるだけ二人で一緒にやった。とは言いつつも、ほとんどはセオドアが率先して行動していた。
「セオドア、俺は魔法使えないのか?」
ある日、ロゼはそんな事を聞いた。
「そうだね。魔法を使うぞって、意識を集中させてみて」
「うん……んー」
ロゼは目を強く閉じて唸った。すると、地面から黒い荊が生える。だが、それはロゼに向かって伸びていった。
「ロゼ、目を開けて。危ないよ」
言葉が届いていないのか、ロゼは集中し続ける。意識が現実に戻ったのは、目の前で鈍い音がした時だった。
「セオドア?セオドア、血が出てる」
荊からロゼを庇ったセオドアは、肩に怪我を負った。ロゼは、青を真っ青にしながらセオドアの名前を呼ぶ。
「大丈夫、すぐ治るよ」
セオドアは、手を肩にかざした。みるみると、傷は塞がっていく。
「泣かないで、怖かったね。でも安心して、少しずつできるようになるから」
ぽろぽろと涙を流すロゼを撫でる。でも、ロゼはその時の記憶をこうして夢の中で稀に思い出す。
「……っ」
勢いよく目を開くと、そこには暗がりが果てなく広がっている。ロゼは、そっと身体を起こした。
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