コードペンダントの愛玩

柊わたる

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終幕 二人だけの箱庭

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「セオドア、おかえり」
 今日も、いつもと変わらない日常が続く。教会から帰れば、セオドアの服を着たロゼがぱたぱたと駆けてくる。走ってはいけないと注意されたことも忘れて、頬を緩めてセオドアに抱きついた。
「ただいま、ロゼ」
 セオドアは、ロゼの額に軽くキスを落とす。そして、手を握りながら部屋に向かう。家出未遂以降、二人の距離は更に近くなった。
「走るの禁止って、前言わなかった?」
「忘れた」
「ひどい怪我をしたら、どうする気?」
 ロゼは、指を絡めてセオドアと肩をくっ付ける。頬を緩めて、おねだりするようにセオドアを見上げだ。
「治してくれないのか?」
「疲れてる俺に、まだ魔法使わせる気だね」
「う……もう危ないことしない」
 セオドアは、目を伏せるロゼを見て小さく息を吐く。可愛らしいさと心配が混合している。
「本当は、全部治してあげたいけど……この箱庭には、必要ないからね」
 そう呟きながら、五年前を思い出す。二人が十五歳の春、死んだ目をしたロゼがセオドアを訪ねて来た。

 ──────俺の願い、叶えてくれるか?セオドア、俺を殺してくれ。もう、生きていたくない。
 ──────いいよ。それが望みなら。
 そして、セオドアは呆気なく小さな村の不遇な少年を殺した。頭を抑えながら苦しそうに漏れる呻き声が、聖なる教会に響く。
 ──────ここはどこ?俺は?分からない、なんでここにいるの?俺、帰りたい。でも、どこに帰ればいい?
 ロゼは、動かなくなったかと思えば、弱々しい声でそう言った。セオドアは、ロゼに手を差し伸べる。
 ──────君はロゼ。俺と一緒に家に帰ろう。君は俺たちの家にいて、ずっと俺の側で幸せに暮らすんだ。できるね?
 口を開けて、目に涙を浮かべるロゼは、こくんと頷いた。それが、二人の始まり。
 セオドアがロゼを治癒しないのは、脳まで魔法が届いて記憶が戻らないようにするためだ。記憶操作の魔法は、治癒魔法と相性が悪い。死んだ者には、もう用はないから仕方のないことだ。
 この幸せを壊さないために、セオドアはロゼを大切に愛している。そしてロゼは知らない、今がセオドアの手で作られた幸せなのだと。
「セオドア?」
 長い髪を揺らしたロゼが、セオドアの顔を覗く。セオドアは、ロゼの頭を撫でてただ「何でもない」と言った。
 奇跡の魔法使いは、死を望んだ少年の記憶を奪い無垢な少年を生み出した。自分の少年を助けたいという願いと共に、二人だけの幸せを叶えるこの箱庭で、今日も眠る。
「俺は、ロゼが幸せなら幸せだよ」
「……?俺も、セオドアが幸せなら、なんでもいい」
 全てを与えられた魔法使いと、全てを失った魔法使い。作り上げた脆い幸せの世界から、二人が抜け出すことはない。
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