コードペンダントの愛玩

柊わたる

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第三幕II 君の願いを

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 翌日、晴れた空の下でセオドアは昨日の少年を見つけた。
「え?」
 だがその少年は、動かなくなっていた。浅い呼吸をしていて、凍てつく空気を吸うたびに悶えている。その様子を見ても周りの大人たちは助けようよしない。寧ろ、一人の男は塵を見るようにその少年を蹴飛ばした。
「待って!ダメだよ!」
「セオドアくん」
 セオドアは、少年の前に立つ。大人たちは、気まずそうに目を逸らしている。
「なんでこんな酷いことするの?この子死んじゃうよ……!」
「その子はね、人を傷つける魔法しか使えない失敗作なの。だから、生きていたら危ないのよ」
 村人、しかも少年と同じ黒い髪の女がセオドアを諭した。恐らく母親だろう。それなのに、彼女は笑っていた。
 セオドアは、言葉が出なかった。この小さな村の中で、一人の子どもが虐げていたとは夢にも思っていなかった。
 みんなを幸せにしないといけないのに、一人の子の苦しみを知らなかったことに、セオドアは怒りを覚えた。
「だからって、こんなのダメだよ!昨日だって……」
「いい……お前、かえ、れ」
 長い前髪の下から、鋭い眼光の赤目がセオドアを捉えた。掠れた声で、セオドアを追い払おうとする。
 でも、と声を出す時には、その少年は村の男に担がれて届かなくなった。
「僕、君を助けたい……どうすればいいの?」

 そして、セオドアは十歳になった。明日、都市部にある大きな教会へ行くことになっている。奇跡の魔法使いとして、人々を幸福へ導く使命を一人で背負うことになる。
 ただ、一つ気がかりなことがあった。あれから、時々見かける少年を未だに助けられていない。どうにかしてあの子に幸せをあげないと、セオドアは本物の奇跡の魔法使いにはなれない気がした。あの子の願いが知りたい、そう思ったら、足が勝手に動き出した。
「いた!」
「げ……来んなよ」
 よく見かける場所である少年の家の裏。そこに、あの少年がいた。
「明日、村を出て行くから最後に会いたくて」
「俺は会いたくねぇ。嫌いだって言わなかったか?」
 相変わらず語気の強い少年だが、言葉は交わしてくれる。セオドアは、それが少し嬉しかった。
「君の名前とお願い、教えて。僕は、まだ君の願いを叶えてない」
 セオドアは、少年の隣に座る。少年は、反射的にセオドアから遠ざかる。
「名前なんて、知ってどうする」
「だって、何回も会ってるのに知らないままさようならなんて寂しいよ」
 眉を八の字にしたセオドアを見た少年は、気まずそうに赤目を覗かせた。そして、小さな声でぶっきらぼうに答えた。
「……ロゼ」
「ロゼ、ロゼ!いい名前だね」
「別に、普段呼ばれないから、こんなのある意味ないだろ」
 耳を赤くして、ロゼは俯く。
「ねぇ、ロゼの願いは何?どうしたら、ロゼは幸せ?」
「願いなんてねぇよ……もういいだろ、見つかる前に帰れ」
 セオドアは、頬を膨らませて不満げな顔をする。ロゼは、その様子を怪訝そうに見ている。
「やだ」
「我儘かよ。俺の親と兄貴にも、村のやつらからも愛されて育った結果か?最悪だな」
「そう、僕は最悪。あ、なら魔法みせてよ」
 すると、ロゼは目を見開いた。あからさまに引いている。
「は、なんでだよ。てか聞いてないのか?俺の魔法は人を傷つける」
「攻撃しなきゃ大丈夫。それに、僕怪我しても治るし」
「いいのかよそれ……はぁ、少しだけだぞ」
 ロゼは目を細めると、両手を胸の前で握った。黒い荊は、静かに地面から姿を現す。そこには、一輪の黒薔薇が咲いていた。
「綺麗!この花、頂戴」
「こんなん、喜んで欲しがるやついねぇよ」
 そう言いつつも、ロゼは黒薔薇を摘む。棘がないことを確認してから、セオドアに渡した。
「すぐ枯れるだろうけど、文句言うなよ」
「ありがとう、ロゼ!」
「俺の願い、できたら、教えてやる」
「本当!?待ってるね!」
 少しだけ、ロゼとの距離は縮まった気がした。その日の夜は、互いにとって珍しく穏やかな時間だった。
 翌日、セオドアは奇跡の魔法使いとして新たな人生を歩み始めた。
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