少女ニュートン

朽木桜斎(くちき おうさい)

文字の大きさ
10 / 10

09 少女ニュートン、師匠を得る

しおりを挟む
 翌日よくじつの朝、万鳥羽東小学校まんとばひがししょうがっこうの教室にて。

「『征吾せいご』と名づけました!」

 達筆たっぴつで名前の書かれた半紙はんしを目の前に突き出し、われらが主人公・葛崎美咲穂かつらざき みさほは、このようにして大胆だいたんに、弟の命名を発表したのだった。

 修善寺可南しゅぜんじ かな比留間真昼ひるま まひる天川星彦あまかわ ほしひこの三人は、目を丸くしておどろいている。

「ふぇふぇーっ! パパの名前、『征志郎せいしろう』から一字もらったんだよーっ!」

 とにかくめでたいことだ。

 三人はこぞって、弟の誕生を「姉」へ祝福した。

「ところでこの字はミサホちゃんが書いたのですか?」

 真昼は半紙の文字をまじまじと見つめながら、そんなふうに口走くちばしった。

「パパでえす!」

 ズシャオラアッ!

 一同いちどうは盛大にずっこけた。

「ふぇふぇーっ! これがとらきつねだわよー!」

「それはちょっと、意味が違うのでは……」

 星彦は冷汗ひやあせらしながら言った。

「ホシヒコくん! 細かいことは言いっこなしだよー! 薄毛になっちゃうよー、ウスゲーションだよー!」

「薄毛、うーん……」

 テンション・マックスの少女に、星彦はますます困った顔をした。

「そうだ! 今日、学校が終わったら、みんなで征吾を見にいきましょう! とってもかわいいんだよー!」

 美咲穂はこのように提案した。

「いいね! ミサホちゃんの弟くん、ぼくたちも見てみたいよ!」

「ふひひ、ぜひ案内をお願いします」

 星彦と真昼はがぜん乗り気だ。

「でもそういうのって、特別な手続てつづきとか必要なんじゃないのー? それに、家族以外はダメかもしれないよー?」

 可南はちょっと心配そうだ。

「ふえっ! カナちゃん、それなら大丈夫だよー! ママと征吾がいる病院には、パパのお弟子でしさんや、嵐静館柔道らんせいかんじゅうどうの関係者が、たくさんいるんだー。何も問題はないんだわよー」

「ふしゅしゅ……」

「社会はコネクションが最強なんだわよー」

「ふしゅる、やみだわー……」

 小学生にして大人の世界をわがものとしている美咲穂に、可南は少し背筋せすじが寒くなった。

 このようにして美咲穂を筆頭とする科学っ子ご一行いっこうは、放課後、万鳥羽市立総合病院まんとばしりつそうごうびょういんへと向かったのである。

   *

「ママの病室はえーと……あっ、みんな! ここだわよー!」

 四人が病室に入ると、右奥みぎおくのベッドでは、美咲穂の母・美咲子みさこが、生まれたばかりのわが子を、ちょうどあやしているところだった。

 病室は個室で、この病院ではいちばんいいタイプのものだった。

 ここにもやはりコネクションの力が働いているのだったが、そこまではさすがに小学生にはさとられなかった。

「ママー、遊びにきたよー!」

「ぬう、キャリバンめ! ついに帝国ていこくの奥の院・黒極こくぎょくへと侵入しんにゅうしおったか!」

「ふえー、ママったら! また宇宙戦隊キャリバンが乗り移ってるのー!?」

 美咲穂はゲラゲラと笑っている。

 いっぽう残る三名は、この異様な事態にたじたじになっていた。

「ママー、紹介するよー。小学校でできた友達のカナちゃん、マヒルちゃんと、ホシヒコくんだよー」

 かいしていない美咲穂を、三人は逆に不気味がった。

「キャリバン・ブラックがおらんではないか。ふん、おおかた最強幹部マグマ・イプシロンの手にかかり、敗北したのであろう? 残る四人で何ができるというのかな? 五人そろわねば打つことのかなわない、キャリバン・エクスプロージョンを使うことはかなわんぞ? バカどもめ! 宇宙戦隊キャリバン、破れたりいいいいいっ!」

 この狂態きょうたいに三名はゾッとしたが、美咲穂はあいかわらず笑っている。

 この母にしてこの子あり――

 一同はそう思った。

「ママっ! つべこべ抜かさず、征吾を見せなさい!」

「お? お、おう……」

 美咲子はしゅんとして、『憑依ひょうい』がなおった。

「わあー、かわいいよー」

「ふしゅる、おサルさんみたいだわー」

「ふひ、生物学的な事実とはいえ、実際に見ると興味深いですね」

 星彦、可南、真昼の三人は、美咲子の横で眠っている赤ちゃんに夢中になった。

「ミサちゃんったら、こんなに素敵なお友達ができたのねえ。みなさん、ミサちゃんと仲良くしてあげてねー」

 憑依から目覚めた美咲子は、こんなふうにあいさつをした。

「ふひひ、おかあさま、ミサホちゃんはたいへんなリーダーシップをお持ちです。さすがは嵐静館柔道らんせいかんじゅうどう万鳥羽支部長まんとばしぶちょうのご息女そくじょでいらっしゃると思います」

 真昼がそう切り出したので、美咲子は驚いた。

「まあ、マヒルちゃんは、パパのことを知っているのー?」

「ママ、マヒルちゃんは空手道からてどう極龍会きょくりゅうかいのお子さんなんだわよー」

「まあ、それなら正午しょうごさんの娘さんなのね。極龍の本部会館に行ったとき、正午さんが地中海でほふったホオジロザメの『歯』がかざってあるのを見たわー。あれは見事なものだったわねー」

 きなくさい雰囲気ふんいきに、可南と星彦はひるんだ。

総帥室そうすいしつには、じいさまがロシアで倒したアムールどら剥製はくせいも飾ってあります。ご機会にぜひ」

「ふぇふぇー、マヒルちゃん! そんなのワシントン条約がだまっちゃいないわよー」

「ミサホちゃん、極龍の前では法規など存在しないも同然であって――」

 このようなヤバい会話を三人でしているものだから、可南と星彦はいよいよ冷汗が垂れ流れてきた。

「失礼します」

 うしろからした女性の声に、全員が病室の入口いりぐちを向いた。

「あっ、蘭田らんだ先生!」

 蘭田理砂らんだ りさだった。

 彼女は例によりシックだが上品なかっこうで、手にはお見舞いの果物くだものなどをたずさえている。

「おかあさま、その後、お具合はいかがですか?」

「まあ、先生。そんなことお気になさらなくてもよろしいのに、わざわざ来てくださったんですね。さあどうぞ、こちらへ」

 うやうやしくあいさつする美咲子。

 その前に立っている美咲穂以外の少年少女たちのことが、理砂にはすぐ目に入った。

「みなさんは、ミサホちゃんのお友達ですか?」

「そうなんです先生。同じクラスの、ホシヒコくんに、カナちゃんに、マヒルちゃんです。みんな科学が好きなんですよ」

「まあ、それはそれは」

「みんなで科学クラブを作ろうと思ったんですけど、クラブを作れるのは四年生になってからということで、困ってたんだよねー」

 こんなふうに美咲穂は何気なにげなく、自分たちの置かれている現状を告白したのだった。

「ふむ、なるほど……」

 理砂は一拍いっぱく置いてから語りはじめた。

「それについてなんですが、ミサホちゃん。あなたのおとうさまに申し出たのです。わたしにぜひ、あなたの、いえ、あなたたちの家庭教師をやらせてもらえないかとね」

 一同は目を丸くした。

「そんな、先生、よろしいんですか? 先生にもご都合がございますでしょうに……」

 美咲子は申し訳なさそうに聞き返した。

「いえ、ご心配にはおよびません。これはあくまで、わたしの意志によるものですから。それに、その子たちはなかなか『センス』があると感じますしね」

 美咲穂たちはいっそう目を丸くして喜んだ。

「や、やったー!」

 このようにして、少女ニュートンをはじめとする科学の申し子たちは、『師匠ししょう』を得たのである。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

その付喪神、鑑定します!

陽炎氷柱
児童書・童話
『彼女の”みる目”に間違いはない』 七瀬雪乃は、骨董品が大好きな女の子。でも、生まれたときから”物”に宿る付喪神の存在を見ることができたせいで、小学校ではいじめられていた。付喪神は大好きだけど、普通の友達も欲しい雪乃は遠い私立中学校に入ることに。 今度こそ普通に生活をしようと決めたのに、入学目前でトラブルに巻き込まれて”力”を使ってしまった。しかもよりによって助けた男の子たちが御曹司で学校の有名人! 普通の生活を送りたい雪乃はこれ以上関わりたくなかったのに、彼らに学校で呼び出されてしまう。 「俺たちが信頼できるのは君しかいない」って、私の”力”で大切な物を探すの!?

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

転生妃は後宮学園でのんびりしたい~冷徹皇帝の胃袋掴んだら、なぜか溺愛ルート始まりました!?~

☆ほしい
児童書・童話
平凡な女子高生だった私・茉莉(まり)は、交通事故に遭い、目覚めると中華風異世界・彩雲国の後宮に住む“嫌われ者の妃”・麗霞(れいか)に転生していた! 麗霞は毒婦だと噂され、冷徹非情で有名な若き皇帝・暁からは見向きもされない最悪の状況。面倒な権力争いを避け、前世の知識を活かして、後宮の学園で美味しいお菓子でも作りのんびり過ごしたい…そう思っていたのに、気まぐれに献上した「プリン」が、甘いものに興味がないはずの皇帝の胃袋を掴んでしまった! 「…面白い。明日もこれを作れ」 それをきっかけに、なぜか暁がわからの好感度が急上昇! 嫉妬する他の妃たちからの嫌がらせも、持ち前の雑草魂と現代知識で次々解決! 平穏なスローライフを目指す、転生妃の爽快成り上がり後宮ファンタジー!

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

処理中です...