桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)

第82話 逆襲の海

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「やれやれ、なんてザマだディオティマ? 羽柴雛多はしば ひなたとかいうルーキーにそこまでボロボロにされた挙句、龍影会りゅうえいかいからは見逃される屈辱をむざむざ味わうとは」

「試合に負けても勝負に勝てば良いのです」

「言っていろ、負けは負けだ。俺なら恥をしのんで自害しているところだ」

「武人というものはまったく、生真面目が過ぎますね。そんなことでは生き残れません。人間には狡猾さが必要なのであって――」

「わかったわかった。口を動かす暇があるのなら少しは休んでろ」

「ふん」

 ディオティマと合流したグラウコンは、このように皮肉の応酬に余念がなかった。

 潜水艇は東へと向かっている。

 まだ日本の領海内ではあるが、当然アメリカを介して国内の関係各所へは根回しをしてあった。

 船舶や漁船のソナーにキャッチされては面倒なので、小型のクジラに擬態可能なステルス機能を発動させている。

 念のために少しずつ、海の奥深くへと潜行を続けてはいるが。

「あの美影みかげが、よもやわたしを逃がすとは思いませんでしたが」

「何よりもお家や組織のことを最優先で考えるやつだ。誰よりも状況をよく把握している。七卿しちきょうをもあざむくことで、龍影会に対しても、われらに対しても便宜を図ったというわけか」

「おそろしく知恵の回ることです。血筋などというものが、そんなに大事なのですかね」

「日本人の考えそうなことだ。それがときに、身を滅ぼすこともあるようだが」

「人というものは必ずしも、一枚岩にはなれないのですよ」

「大きくなればなるほどにな」

 グラウコンがくつろぐ中、ディオティマは簡易的な治療で応急処置を試みている。

 焼けただれた肌もバイオテクノロジーによって、だいぶマシには見えるようになってきた。

「バニーハートは? 本当に始末されたと思うか?」

「さあ、どうだか。ひそかに生かされ、いまごろわれらの秘密を聞き出されているかもしれませんね」

「口を割ることはないにしても、頭の中を読めるアルトラ使いがいたっておかしくはないな」

「ティレシアスも懐柔されたようですし、どの道同じことでしょう」

「適当だな。情報がダダ漏れになるかもしれんのだぞ?」

「よいのではないですか。知られたところでわれらを止められるとでも?」

「まあ、そうだな」

 魔女と魔人はニヤニヤと笑いあった。

「アガトンがさびしがっているだろう。早いとこ帰ってやらないとな」

「あしあたり西海岸へ上陸し、シリコンバレーにあるサブのラボへ――」

「待て、ディオティマ――」

「――?」

 グラウコンは姿勢を正し、神経を研ぎ澄ます。

「何者かが、こちらへ近づいてくる……しかも、すごい速さでだ。魚類や機械の類ではない……このすさまじいパワーは、生身の人間……しかも、二体いる」

「龍影会がやはり追っ手を放ったということでしょうか?」

「いや、違う。このオーラには覚えがある。ついさっきまで、感じていたものだ」

「では、まさか……」

「くくっ、さっそく来てくれたか、柾樹まさき……!」

「な、南柾樹みなみ まさきですって? すると、もうひとりは……」

 潜水艇が大きな音を立てて振動する。

 浸水を告げるアラートが鳴り響いた。

―― 緊急浮上します 緊急浮上します ――

 耐圧式のガラス窓に何かが貼りついている。

 透きとおった、ダンゴムシに似た大きな生物。

「これは、オオグソクムシ……すると、まさか……」

 海面のすぐ上では「二体の戦士」が腕を組んで待っていた。

「ほらほら、浮いてきたぜ?」

「虫に敗北するテクノロジーなど涙目だな」

 南柾樹、そしてウツロ。

 浮上してくるガラクタ・・・・を、二人はしてやったりと見下ろしている。

「うっ、ウツロおおおおお――っ!」

 魔女の咆哮が、制御を失った機械のむくろの中にこだました。
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