桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)

第81話 見よ、勇者は行く

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「なぜわたしを助けるのですか? いまさっきまでわたしがあなた方にしていたことを、もうお忘れなのですか?」

 真田龍子さなだ りょうこはボロボロになったウツロと同時に、グラウコンの力で半分以上爆ぜた寄生生物・ティレシアスにも治癒のパワーを送っていた。

「困っていたら助けたくなるのが人情ってやつなんだよ、きっと」

 彼女の行動をティレシアスは解せない。

 しかし徐々に復元してくる自分の体に、何か感じるものがあった。

 これが「人間」というものなのか。

 この少女から送られてくるエネルギー反応、温度ではないが、温かい。

 エビデンスなど何もない。

 しかし確かに存在する。

 わからない、人間というものは。

「甘ちゃん野郎、ですか……」

 ティレシアスは自身の敗北を悟った。

 それは屈服といった類ではなく、存在としての高潔さ、言葉を借りるなら「人間力」に圧倒されてのことだった。

「ありがとう龍子、もう、大丈夫だよ」

 ウツロの状態もだいぶ回復してきた。

 まだまだロー・ギアと言ったレベルではあったが、最初に比べればかなりマシなレベルだ。

「立てる?」

「ああ」

 さっきまでとは裏腹に、凛とした表情のウツロ。

 それは夜を照らし出す太陽の光のように映った。

「ティレシアス、ディオティマの居場所を教えてほしい」

「――!?」

 一同は驚いた。

「待てってウツロ! その体でやつと戦うつもりか!?」

「君はまだボロボロだ! 無理しないでくれ!」

 万城目日和まきめ ひより姫神壱騎ひめがみ いっきが必死に止める。

 だがウツロは首を縦には振らなかった。

「ディオティマへの憎しみは当然ある。でも、ここで俺がやらなければ、なんというか……自分自身に負けてしまう気がするんだ……!」

 みんなは目を見張った。

 これまで以上に輝くその双眸。

 言葉どおり邪心からなどでは決してない。

 いま彼は純粋に、自分に向きあおうとしている。

 全員の決意は固まった。

「生きては帰れないかもしれないんだよ? それでも行く?」

 星川雅ほしかわ みやび が確認する。

「覚悟はできているさ。しかし俺は約束する、必ず無事で、みんなの前に戻ってくると……!」

 圧倒された。

 魔堕ちしていたときとはまるで真逆、これこそがウツロ、人間・ウツロなのだ。

「ったくよぉ、おまえにはかなわねぇぜ? いくらなんでも男になりすぎなんだよ」

 南柾樹みなみ まさきは笑顔だ。

 その目には光るものが。

 それは友の成長をうれしむ者の顔だ。

「ウツロ、俺も連れていってくれ」

「――っ」

「相手はディオティマにグラウコン、二対一じゃいくらなんでも分が悪ぃ。俺もさっきのけじめをつけてぇしな。だがなウツロ、おまえのケンカだけは何があっても邪魔したりなんかしねぇ。俺がグラウコンを引きつける、おまえはディオティマのクソッタレを討て――!」

 まっすぐなまなざし。

 それをはねのける理由などウツロにはなかった。

「ありがとう、柾樹……! おまえという友を持てたこと、俺は改めてうれしく思う……!」

 二人は拳を合わせた。

 それらは歓喜に震えている。

 一同には見えた。

 アクタと似嵐鏡月にがらし きょうげつが、光の差してくる雲の中でほほえんでいるのを。

「まったく、どいつもこいつも、とろけるような甘ちゃんですねぇ……」

 ティレシアスがうなだれる。

 もちろん光の力に当てられてのことだ。

「ディオティマはウツロさんのエナジーを、一種の発信機代わりしています。それの逆をすれば、あるいは――」

「――!?」

「精神力を研ぎ澄ますことで、反対にディオティマのオーラをたどることが、できるかもしれません」

 このように述べた。

「ティレシアス、ありがとう……!」

「はあ、これでわたしも晴れて、追っ手におびえる日々ですね。海の奥底に帰りたいですよ」

「ここにいればいいよ。ディオティマやその組織の情報も知りたいしね」

「ちゃっかりしてるなあ」

 真田龍子の笑顔に、ティレシアスはシュンとした。

「ウツロさん、柾樹さん、僕がイージスのパワーを送ってバリアを張ります。付け焼き刃かもしれませんが、それで一時的にでも敵の攻撃を緩和できるかと……!」

虎太郎こたろう……」

「虎太郎くん……」

 拳を握りしめる真田虎太郎さなだ こたろうに、二人は強い勇気をもらった。

「行くぜ、ウツロ――!」

「ああ、柾樹――!」

 彼らはそれぞれ毒虫の戦士と巨人の英雄に変身し、空高く跳躍した。

 飛行能力を使い、勢いをつけ南東へと飛んでいく。

「お二人とも、どうか、ご武運を――!」

 真田虎太郎をはじめ、みんながみんな、二人の勇者の無事を願った。

 激突のときまで、わずか20分を切っていた――
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