16 / 244
第1作 桜の朽木に虫の這うこと
第15話 光の中で
しおりを挟む
真田龍子はウツロに飛びつき、両腕で力強く抱きしめた。
「あっ……?」
ウツロはびっくりしたが、彼女はさらに強く体を圧迫してくる。
「ちょ……」
その体がほのかに光り出した。
「え……?」
温かい、やさしい光。
何が起こっているのか、ウツロはわからなかった。
わからないが、これは?
楽になってくる。
傷ついた体も、心さえも。
うまく表現できないけれど、心身から膿が消えていくような……
体の痛みがやわらいでくる。
心に巣食う毒虫の群れが消えていく。
安らぐ、こうしていると。
この少女のおかげなんだろう。
その慈しみは、それがそのままこの子の存在であるような……
「ん……」
「どう、ウツロくん?」
「……何だか、とても楽になったよ」
「よかっ、た……」
「姉さん!」
ウツロを抱いたまま、真田龍子はベッドに崩れ落ちかけ、あわてた弟にすかさず支えられた。
「真田さんっ! 大丈夫!?」
「ええ、全然平気だから……」
「全然平気そうじゃないよ! 誰か、人を――」
「いいんだ、ウツロくん。『この力』を使うとね、けっこう疲れちゃうんだ。いつものことだから、安心して」
「……まさか、俺にずっと『それ』を?」
「えへへ」
「なんで、そんなこと……自分を犠牲にして……他人を癒やすなんて」
「だって、見てらんないでしょ? 目の前に傷ついた人がいるのに」
ウツロは自分を呪った。
他でもない、自分の身勝手な思いこみについてだ。
俺は、苦しいのは、自分だけだとでも思っていたのか?
この子を見ろ。
真田龍子という、この高潔な少女を。
彼女の力について、何なのかはわからない。
だがそれは少なくとも、わが身を犠牲にして、他人を癒やすというもののようだ。
彼女はそれを使った。
俺のために、こんな俺を救うために……
お師匠様も、アクタも、この真田龍子も、自分を賭して俺を助けてくれた。
それなのに俺はなんだ?
自分だけ苦しいとのたまい、他者に施しなどせず、なんて自分勝手なんだ。
それは結局、自分のことしか考えていないということだ。
恥ずかしい、俺は自分が恥ずかしい……
「ウツロくん」
自分を卑下した彼が顔を上げると、真田龍子がほほえんでいる。
その表情は、神仏が持つと聞いた慈悲の心、まさにそれが表われていた。
「また、余計なこと考えてるでしょ?」
彼女はウツロの額をやさしく打った。
そのしぐさに、いやおうなくアクタが重なる。
みんな、こんな風に俺を、心配してくれていたんだな……
「あ、俺は……」
「バカのほうがいいこともあるんだよ?」
「……そう、かもね」
「パッパラパーになっちゃえばいいのに」
「え? パッパラパーか、はは……」
まさにアクタ、いや、上辺のことだけではなく、その本質的な部分が、アクタと似通っているのだろう。
人間。
これが、人間なのかもしれない……
「ウツロさん、よかったです」
「虎太郎くん、ごめんね。お姉さんにつらい思いをさせてしまって」
「いえいえ、何にもです。姉さんは『ドラゴン』だからタフなのです」
「こら、虎太郎! 人を怪物みたいに!」
「食欲だけなら、怪物かもしれません」
「こらっ! わたしの恥部をさらすな!」
「ははは」
「ははは、じゃなーい!」
真田姉弟は仲良くじゃれ合っている。
ウツロはますます気持ちが安らいだ。
先ほどの不思議な力なしで。
何だかアクタとのやり取りを思い出す。
人間か。
やっぱりこれが、人間ってことなのかもな……
「そろそろ……」
「え?」
「入ってきたらどう?」
ウツロの遠い呼びかけに、何事かと驚いた真田龍子が後ろを振り向くと、半開きのドアの隙間から、星川雅と南柾樹がそっと顔を出した。
いかにも気まずそうな表情を浮かべている。
「二人とも、そういうのはよくないよ」
「いや、いいんだ、真田さん」
星川雅と南柾樹は、そそくさとこちらへやってくる。
「わり、立ち聞きするつもりはなかったんだけどよ」
「つもりはないけどしてしまったのなら、それはしたということじゃないかな?」
悪びれる彼を、ウツロはじろっとにらんだ。
「あんだと? こっちが下手に出てるってのにその態度は――」
「まーさーきっ」
「お、わりい」
毒づく南柾樹を制しながら、星川雅はつかつかと、ウツロの方へ歩み寄ってくる。
「ウツロくん、病み上がりなのを重々承知の上で、大事な話があるんだけど」
「毒食らわば皿まで。なんでもどうぞ」
ウツロの開き直った態度が星川雅の癇に障ったが、彼女はそこには触れず、話を切り出した。
「あなた、魔王桜に『会った』でしょ?」
意外な単語が飛び出したことに、ウツロは驚いた。
「魔王桜……どうして、それを?」
「あは、思ったとおり。あなた、嘘がつけない性格だね」
ウツロはムッとしたが、情報の収集を優先させるため、反論はしなかった。
「ああ、ごめんごめん。それはとりあえず置いといて、会ったわけだね? 魔王桜に」
「確かに……でも、なぜそのことを?」
「あなたがうわごとで繰り返していたからね。『魔王桜』と」
「なるほど。けれどあれが魔王桜だったとして、それがどんな問題になるのかな?」
「やっぱり賢いよね、君。魔王桜に出会った過程を教えてくれない? そしたらこちらも、知っている情報はすべて出すからさ」
「……いいよ」
ウツロは隠れ里強襲から、魔王桜遭遇への流れを、簡潔に説明した。
「なるほど……ここからは少し長くなるんだけれど、退屈しないで聴いてね」
星川雅は一拍、間を置いてから話しはじめた。
(『第16話 鳥のさえずり』へ続く)
「あっ……?」
ウツロはびっくりしたが、彼女はさらに強く体を圧迫してくる。
「ちょ……」
その体がほのかに光り出した。
「え……?」
温かい、やさしい光。
何が起こっているのか、ウツロはわからなかった。
わからないが、これは?
楽になってくる。
傷ついた体も、心さえも。
うまく表現できないけれど、心身から膿が消えていくような……
体の痛みがやわらいでくる。
心に巣食う毒虫の群れが消えていく。
安らぐ、こうしていると。
この少女のおかげなんだろう。
その慈しみは、それがそのままこの子の存在であるような……
「ん……」
「どう、ウツロくん?」
「……何だか、とても楽になったよ」
「よかっ、た……」
「姉さん!」
ウツロを抱いたまま、真田龍子はベッドに崩れ落ちかけ、あわてた弟にすかさず支えられた。
「真田さんっ! 大丈夫!?」
「ええ、全然平気だから……」
「全然平気そうじゃないよ! 誰か、人を――」
「いいんだ、ウツロくん。『この力』を使うとね、けっこう疲れちゃうんだ。いつものことだから、安心して」
「……まさか、俺にずっと『それ』を?」
「えへへ」
「なんで、そんなこと……自分を犠牲にして……他人を癒やすなんて」
「だって、見てらんないでしょ? 目の前に傷ついた人がいるのに」
ウツロは自分を呪った。
他でもない、自分の身勝手な思いこみについてだ。
俺は、苦しいのは、自分だけだとでも思っていたのか?
この子を見ろ。
真田龍子という、この高潔な少女を。
彼女の力について、何なのかはわからない。
だがそれは少なくとも、わが身を犠牲にして、他人を癒やすというもののようだ。
彼女はそれを使った。
俺のために、こんな俺を救うために……
お師匠様も、アクタも、この真田龍子も、自分を賭して俺を助けてくれた。
それなのに俺はなんだ?
自分だけ苦しいとのたまい、他者に施しなどせず、なんて自分勝手なんだ。
それは結局、自分のことしか考えていないということだ。
恥ずかしい、俺は自分が恥ずかしい……
「ウツロくん」
自分を卑下した彼が顔を上げると、真田龍子がほほえんでいる。
その表情は、神仏が持つと聞いた慈悲の心、まさにそれが表われていた。
「また、余計なこと考えてるでしょ?」
彼女はウツロの額をやさしく打った。
そのしぐさに、いやおうなくアクタが重なる。
みんな、こんな風に俺を、心配してくれていたんだな……
「あ、俺は……」
「バカのほうがいいこともあるんだよ?」
「……そう、かもね」
「パッパラパーになっちゃえばいいのに」
「え? パッパラパーか、はは……」
まさにアクタ、いや、上辺のことだけではなく、その本質的な部分が、アクタと似通っているのだろう。
人間。
これが、人間なのかもしれない……
「ウツロさん、よかったです」
「虎太郎くん、ごめんね。お姉さんにつらい思いをさせてしまって」
「いえいえ、何にもです。姉さんは『ドラゴン』だからタフなのです」
「こら、虎太郎! 人を怪物みたいに!」
「食欲だけなら、怪物かもしれません」
「こらっ! わたしの恥部をさらすな!」
「ははは」
「ははは、じゃなーい!」
真田姉弟は仲良くじゃれ合っている。
ウツロはますます気持ちが安らいだ。
先ほどの不思議な力なしで。
何だかアクタとのやり取りを思い出す。
人間か。
やっぱりこれが、人間ってことなのかもな……
「そろそろ……」
「え?」
「入ってきたらどう?」
ウツロの遠い呼びかけに、何事かと驚いた真田龍子が後ろを振り向くと、半開きのドアの隙間から、星川雅と南柾樹がそっと顔を出した。
いかにも気まずそうな表情を浮かべている。
「二人とも、そういうのはよくないよ」
「いや、いいんだ、真田さん」
星川雅と南柾樹は、そそくさとこちらへやってくる。
「わり、立ち聞きするつもりはなかったんだけどよ」
「つもりはないけどしてしまったのなら、それはしたということじゃないかな?」
悪びれる彼を、ウツロはじろっとにらんだ。
「あんだと? こっちが下手に出てるってのにその態度は――」
「まーさーきっ」
「お、わりい」
毒づく南柾樹を制しながら、星川雅はつかつかと、ウツロの方へ歩み寄ってくる。
「ウツロくん、病み上がりなのを重々承知の上で、大事な話があるんだけど」
「毒食らわば皿まで。なんでもどうぞ」
ウツロの開き直った態度が星川雅の癇に障ったが、彼女はそこには触れず、話を切り出した。
「あなた、魔王桜に『会った』でしょ?」
意外な単語が飛び出したことに、ウツロは驚いた。
「魔王桜……どうして、それを?」
「あは、思ったとおり。あなた、嘘がつけない性格だね」
ウツロはムッとしたが、情報の収集を優先させるため、反論はしなかった。
「ああ、ごめんごめん。それはとりあえず置いといて、会ったわけだね? 魔王桜に」
「確かに……でも、なぜそのことを?」
「あなたがうわごとで繰り返していたからね。『魔王桜』と」
「なるほど。けれどあれが魔王桜だったとして、それがどんな問題になるのかな?」
「やっぱり賢いよね、君。魔王桜に出会った過程を教えてくれない? そしたらこちらも、知っている情報はすべて出すからさ」
「……いいよ」
ウツロは隠れ里強襲から、魔王桜遭遇への流れを、簡潔に説明した。
「なるほど……ここからは少し長くなるんだけれど、退屈しないで聴いてね」
星川雅は一拍、間を置いてから話しはじめた。
(『第16話 鳥のさえずり』へ続く)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる