桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

文字の大きさ
68 / 244
第1作 桜の朽木に虫の這うこと

第67話 絶体絶命

しおりを挟む
「くく、ウツロ……これからわしは、いったい何をすると思う・・・・・・・?」

 山犬・似嵐鏡月にがらし きょうげつは、その大きな手をゆっくりとにぎりしめた。

「あああああっ!」

 体を圧迫あっぱくされ、真田龍子さなだ りょうこは苦しみに絶叫ぜっきょうした。

「ああっ、真田さんっ!」

「お師匠様ししょうさまっ、おやめくださいっ!」

 ウツロもアクタもさけんだ。

「ふふ、ウツロ。お前、この女にれただろ? 気づかないとでも思ったのか? こいつのことを考えていると体がムラムラする、そうだろう?」

「う……」

「こいつをいま、お前の目の前できにしてやったら、さぞ面白いだろうなあ?」

 こぶしの中でもだくるしむ少女の姿に、山犬は下卑げびた表情で舌をなめた。

「あっ……があああああっ!」

 似嵐鏡月はなおも、真田龍子を手の中でもてあそぶ。

 そのたびに彼女の顔は、痛みのあまり苦悶くもんにゆがんだ。

「あはは、楽しいなあ、お前で遊ぶのは。弟を苦しめる邪悪な姉め。その痛みを刻みこんでくれる。ゆっくり、たっぷりとな」

「あ……あ……」

 蹂躙じゅうりんぐ蹂躙によって、真田龍子はもう限界だった。

 大きな親指に頭をもたげ、いまにも事切こときれてしまいそうだ。

「や……やめ……もう……」

 ウツロとてもう限界だった。

 似嵐鏡月からの指摘、真田龍子を愛している――

 そうだ、そのとおりだ。

 認める、そうなんだ。

 俺は彼女を、真田さんを愛しているんだ……

 しくもではあるが、この陵辱劇りょうじょくげきによって、ウツロはやっとその事実を認識したのだ。

 だからこそ、その愛した相手・真田龍子が、このようなはずかしめをこれ以上与えられるのはえられない、とうてい――

 もう破れかぶれだ。

 このときウツロは理屈ではなく、彼としては珍しく、本能のおもむくままに行動した。

「うっ……うおおおおおっ……!」

「ああん?」

 まさしく体当たり――

 それをウツロは、自分を呪う「愛する存在」へ向け、おこなおうとした。

「寄るな、毒虫っ!」

「ぐおっ!?」

 しかし突進してきた彼を、山犬はその大きな足で、軽々かるがるげた。

 ウツロはくるくると回転しながら、地面を転がった。

「ウツロっ! なんてことを、お師匠様……!」

「ふん、『ゴミ』は黙ってろ。お前には何もできん」

 アクタの気づかいも、似嵐鏡月はためらわず、はねのけた。

「うっ……ぐっ……ううっ……うううううっ……」

 あまりのショックに、ウツロはすっかり打ちひしがれて、その場にうずくまってしまった。

 無力だ、あまりにも。

 俺には、何もできない。

 愛する人が、真田さんが目の前で、苦しみあえいでいるというのに。

 助けてもやれない、何もしてやれない。

 無力だ、俺は、俺は……

「あはは、楽しいなあ。ウツロ、お前をいじめるのは。自分は無力だ、そう考えているのだろう? そのとおりだな。愛する女のひとりもお前は守れんのだ。あまりにも無力、ああ、悲劇的だなあ」

「う……ぐ……ぐううううう……」

「ふん、苦しいか? 自分の矮小わいしょうさあまって? 頭がおかしくなりそうだろ? なってしまえ。そのままこの場で、壊れてしまえ!」

 形容しがたい暴虐ぼうぎゃく

 こんな仕打ちが果たして許されるのか?

 ウツロに地獄の苦しみを与えているのは誰あろう、血のつながった『実の父親』なのだ。
 
「……お師匠様……もう……おやめください……」

 アクタはひたすら制止を試みる。

 無理だとわかっていても――

 もはや、この狂った山犬を、自分たちを憎悪ぞうおする「父」を止められるのは、「俺」しか残っていないのだ。

「黙れと言っておろうが、『ゴミ』め。貴様もウツロと同じ、無力な存在よ。弟が発狂するところを、指でもくわえて見ているがいい。そのあとはひとおもいに、仲良く殺してやる」

「う……」

 苦しかった、アクタは苦しかった。

 つらい、死ぬほどつらい。

 だがそれはウツロだって、いや、ウツロのほうが、ずっとつらいはずだ。

 こんなに憎まれて、その存在を否定されて――

 俺しかいない、やれるのは俺しかいない。

 もう俺しか、ウツロを守れるのは、俺しか――

「う……う……」

「ウツロ、そのかっこう、最高の構図だぞ? 醜い毒虫、おぞましいその存在にふさわしい最期だ、実にな。アクタよ、お前も災難さいなんだな。バカな弟を持って・・・・・・・・……!」

 アクタの中で、何かが切れた。

 こんなやつに?

 こんなやつに俺らは?

 いや、俺なんかどうでもいい。

 ウツロが、俺の弟が、こんな侮辱を受けている……

 もう、後先あとさきなんかどうでもいい。

 俺は守る、ウツロを守る、弟を、守る――!

「ウツロ」

 アクタのつぶやきに、うずくまっていたウツロは、嗚咽おえつおさえながら、声のするほうに首をかたむけた。

「……お前は……何がなんでも……生きろ……!」

 ウツロははじめ、言っているその意味がわからなかった。

 だが、決然とした面持おももちで立ち上がるアクタに、その覚悟を背負った姿に、胸騒むなさわぎがわき起こった。

 おそろしい、何かとんでもなくおそろしいことが起ころうとしている、その前触まえぶれを感じたのだ。

 アクタは凛然りんぜんと立ち上がり、そびやかすその肩で、大見得おおみえを切った――

「……俺が相手だ、クソ親父・・・・……!」

(『第68話 兄として――』へ続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...