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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)
第1話 真田龍子、走る
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「わあーっ、遅れるーっ!」
繁華街を北上して走る少女の影がひとつ。
真田龍子だ。
黒帝高校の制服――黒いブレザーとスカートを着込んで、黒髪のポニーテールはせわしなく揺れている。
歩道ですれ違う歩行者の間をぬって進んでいるから、ショルダーバッグが何度もぶつかりそうになる。
カモシカを思わせる彼女の脚力に耐えきれず、ストッキングはところどころ伝線していた。
革靴に打ちのめされる歩道のタイルは、悲鳴のような破裂音を上げつづけている。
その姿は絵に描いたような青春まっただなかだ。
*
東京都西部に位置する朽木市の中心・朔良区。
季節はすっかり秋になってきたから、車道をはさんだ公園に並ぶ桜の木は、いかにも肌寒そうだ。
学校の始業ベルにはまだ早いが、彼女が急ぐのには理由があった。
ウツロが――いまは佐伯悠亮と名乗っているが――音楽室のピアノで、朝の『定例演奏会』を開いているからだ。
あの事件――彼の父である似嵐鏡月と、二卵性双生児の兄・アクタの壮絶な死によって幕を閉じた悲劇から、早いもので半年が経った。
あのあと彼は異能力『アルトラ』を有する者を管理・監督する組織・特定生活対策室の本部へ送られ、調査という名目で人権など度外視した扱いを受けた。
だがウツロ本人は「俺にはお似合いだよ」と、気丈にふるまっている。
真田龍子はそんな彼の健気さがつらく、しかしいとおしくもあった。
二人は互いに愛する存在を得て、少しずつ、だが確実に強くなっていた。
*
真田龍子が校門の前に立ったとき、『演奏会』はすでに始まっていた。
正面三階の音楽室から、ピアノの調べが聞こえてくる。
断片的なフレーズをかき集め、脳内で補正をかける。
ラモーのクラブサン第二組曲――ウツロのお気に入りの曲だ。
いま、真ん中のあたりだから、急がないと終わってしまう。
彼女はせかせかしたが、登校中の学生たちに行く手を阻まれ、なかなか前に進めない。
そのとき低空飛行のヘリコプターが、屋上からぬっと顔を出した。
プロペラの作る風が校庭に吹きつける。
ひるんだ女子たちはスカートを押さえているが、男子たちはその光景に鼻の下を伸ばしている。
いかにも若さゆえの仕様だ。
真田龍子は「このすきに」と思い、また強く大地を蹴った。
(『第2話 音楽室のウツロ』へ続く)
繁華街を北上して走る少女の影がひとつ。
真田龍子だ。
黒帝高校の制服――黒いブレザーとスカートを着込んで、黒髪のポニーテールはせわしなく揺れている。
歩道ですれ違う歩行者の間をぬって進んでいるから、ショルダーバッグが何度もぶつかりそうになる。
カモシカを思わせる彼女の脚力に耐えきれず、ストッキングはところどころ伝線していた。
革靴に打ちのめされる歩道のタイルは、悲鳴のような破裂音を上げつづけている。
その姿は絵に描いたような青春まっただなかだ。
*
東京都西部に位置する朽木市の中心・朔良区。
季節はすっかり秋になってきたから、車道をはさんだ公園に並ぶ桜の木は、いかにも肌寒そうだ。
学校の始業ベルにはまだ早いが、彼女が急ぐのには理由があった。
ウツロが――いまは佐伯悠亮と名乗っているが――音楽室のピアノで、朝の『定例演奏会』を開いているからだ。
あの事件――彼の父である似嵐鏡月と、二卵性双生児の兄・アクタの壮絶な死によって幕を閉じた悲劇から、早いもので半年が経った。
あのあと彼は異能力『アルトラ』を有する者を管理・監督する組織・特定生活対策室の本部へ送られ、調査という名目で人権など度外視した扱いを受けた。
だがウツロ本人は「俺にはお似合いだよ」と、気丈にふるまっている。
真田龍子はそんな彼の健気さがつらく、しかしいとおしくもあった。
二人は互いに愛する存在を得て、少しずつ、だが確実に強くなっていた。
*
真田龍子が校門の前に立ったとき、『演奏会』はすでに始まっていた。
正面三階の音楽室から、ピアノの調べが聞こえてくる。
断片的なフレーズをかき集め、脳内で補正をかける。
ラモーのクラブサン第二組曲――ウツロのお気に入りの曲だ。
いま、真ん中のあたりだから、急がないと終わってしまう。
彼女はせかせかしたが、登校中の学生たちに行く手を阻まれ、なかなか前に進めない。
そのとき低空飛行のヘリコプターが、屋上からぬっと顔を出した。
プロペラの作る風が校庭に吹きつける。
ひるんだ女子たちはスカートを押さえているが、男子たちはその光景に鼻の下を伸ばしている。
いかにも若さゆえの仕様だ。
真田龍子は「このすきに」と思い、また強く大地を蹴った。
(『第2話 音楽室のウツロ』へ続く)
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