桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第19話 忍び寄る影

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「どう、ウツロ? この世には、わたしたちなんかじゃ想像すらつかない世界があるんだよ?」

 星川雅ほしかわ みやびは念を押すように言った。

 ウツロはすっかりだまってしまった。

 あまりにも次元の違う、雲の上の話だったからだ。

「これ以上は話さないし、知るべきじゃない。あなたたちにもし危害きがいおよんだら、いくらなんでも心苦こころぐるしいしね」

 真田龍子さなだ りょうこも息がまるのを感じ、言葉を失っていた。

 星川雅は再びコーヒーをすすったが、その手はかすかにふるえている。

 自分で話を切り出したものの、組織の、そして『閣下かっか』のおそろしさをよく知っている立場として、戦慄せんりつかくせなかったのだ。

万城目日和まきめ ひより……」

 唐突とうとつにウツロがそう、口走くちばしった。

 星川雅と真田龍子は、ギョッとして彼のほうを見た。

「彼女からコンタクトがあった」

 ウツロはうなだれていた顔を上げ、真剣しんけん眼差まなざしで言った。

「……なんで、それを早く言わないのよ……?」

 星川雅が驚いてきき返す。

「いまの話に、気圧けおされてね」

 万城目日和まきめ ひより――

 ウツロの父・似嵐鏡月にがらし きょうげつに殺害された政治家・万城目優作まきめ ゆうさくのひとりむすめ――

 似嵐鏡月の末期まつご述懐じゅっかいによれば、彼がひそかに保護ほごし、ウツロと同じく、暗殺のすべ指南しなんしたとあった。

「万城目日和……ついに、動いたってゆうの……?」

 星川雅はおそるおそるたずねた。

「これを見てくれ」

 ウツロは先だっての『手紙』を二人の前に差し出した。

 その文面に彼女らは総毛そうけだった。

「なるほど、この『手紙』に誘導される形で、あなたは体育倉庫までやって来たってわけだね?」

「ああ」

「いったい、何が目的なのかな……わたしたちを、かくらんしたいってこと……?」

「わからない、そこまでは……何か、彼女なりの意図があるのかもしれない……」

 星川雅とウツロは、こんなふうにマジマジと『手紙』の文面ぶんめんに目をわせながら、万城目日和の思惑おもわくについて談合だんごうした。

「わたしを……」

 真田龍子がやにわに口をはさんだ。

「わたしを、助けようとしてくれたんじゃないかな……?」

 二人はポカンとした。

「わたしが傷つけられるってことは、ウツロも傷つく……生意気なまいきな考え方かもしれないけど、それをけようとしたんじゃ……」

 真田龍子は続けたが、星川雅とウツロは納得がいかない様子だ。

「龍子、悪いけれど、それはないって。万城目日和は叔父様おじさまの手にかかって、父親を殺されてるんだよ? ウツロが叔父様の実の息子だったってことも、おそらく知っているはず。ウツロににくしみを向けることはあっても、助けるだなんて……」

「龍子、すまないけれど、俺も雅に同意する。想像にすぎないけれど、万城目日和が俺のために何かをするなんてことは、ありえないと思うんだ。俺を傷つけるということは、あってもね」

 二人から食ってかかるような態度を取られ、真田龍子は萎縮いしゅくした。

「……そう、だよね……ごめん、変なこと言っちゃって……」

 彼女がシュンとしたのを見て、ウツロはあわてた。

「ご、ごめん龍子、こっちこそ……そんなつもりは、なかったんだ……」

「龍子はおひとよしすぎるよ。きにつけ、しきにつけね」

「雅、そんな言い方はないだろう」

「なによ? 珍しくわたしに同意するだなんて、せっかくいい気分だったのにさ」

 ウツロと星川雅がきなくさい雰囲気ふんいきになったので、今度は真田龍子があわてた。

「ああもう、落ち着いて二人とも。でも、こわいよね……いつおそってくるかもわからないんでしょ? その、万城目日和が……?」

 彼女は不安な気持ちを正直に吐露とろした。

「そうだね。くれぐれも油断はならないってとこだね」

 星川雅は指をあごに当てて、物思ものおもいにふけった。

 万城目日和への対策たいさくをどうするか。

 それを考えていたのだ。

「あ、そうだった……」

「なに、ウツロ?」

「これが、俺の革靴かわぐつの中にれられていたんだ」

 ウツロはくだんの『なぞ物体ぶったい』を、ブレザーのポケットから取り出して、二人にかざして見せた。

「これは、『つめ』かな……形からして、爬虫類はちゅうるいのもののようだね……」

 星川雅はマジマジとそれを見つめながら、そうべた。

「おそらく、万城目日和もアルトラ使いだ。この『爪』は、そのことを示唆しさしていると思うんだ」

 万城目日和がアルトラ使い――

 ウツロの指摘してきに、星川雅と真田龍子は戦慄を禁じえなかった。

 三人は拳大こぶしだいの大きな、するどいその『爪』に不気味さを覚えつつ、しばらく視線を離すことができなかった。

(『第20話 保健室の狂気、再び』へ続く)
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