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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)
第40話 火牛計
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その日の夕食後。
食堂に残った真田龍子、南柾樹、星川雅は、さっそく今日ウツロの身に起こったことについて、本人から話を聞いていた。
「浅倉喜代蔵、通称・鹿角元帥……組織のナンバー2が、まさか直々にウツロの前に姿を現すとはね……」
星川雅は指をあごに当てながら言った。
その声はかすかに震えている。
「しかもお前、殺されかけたんだろ? その『試験』ってのに合格してなきゃ危なかったじゃねえか」
南柾樹もウツロを心配して声をかけた。
「でも、さすがはウツロだよね。わたしだったらそんな難しい問題、絶対に解けないって」
真田龍子はウツロを落ち着かせようと配慮している。
「おそろしい、人だったよ……正体はわからないけれど、彼もアルトラ使いであることをほのめかしていたし。まあ、組織のナンバー2なんて人が、アルトラ使いじゃないほうがおかしいと言ったほうがいいのか……」
ウツロは改めて先だっての出来事を思い出し、体をこわばらせた。
「総帥がウツロに興味を持ってるだなんてね。それはつまり、わたしたちのことなんて、組織には筒抜けってわけだ」
星川雅のセリフに、一同はゾッとした。
いったいどこで、何者が見ているのか。
あるいはそれも、アルトラの能力でなのか。
そんなことが頭の中を駆けめぐった。
「まあとにかく、ウツロが無事でなによりだぜ。不幸中の幸いっていうか、いいほうに捉えたほうがいいんじゃねえか?」
南柾樹は場を収めようと取り繕った。
「そうだよ、柾樹の言うとおりだよ。おびえてたって何も解決しないし、とりあえずはウツロに何もなかったことを喜ぶべきじゃない? ね、雅?」
真田龍子も南柾樹の流れに乗りながら、星川雅にもそれを促した。
「まあ、そうだね……柾樹や龍子の言っていることが正解だと思う。ここで変にびくついてたら、それころ組織の思うつぼだろうし。ウツロ、当事者を前にしてなんだけれど、あなたはどう思う?」
星川雅もやはり同意し、話をウツロに戻した。
「うん、みんなの言うとおりだ。そしてありがとう、俺のことを気づかってくれて」
ウツロは軽く一礼した。
「いいって、ウツロ。お前が何かわりぃことをしたってわけじゃねえんだから。リーダー格なんだから、堂々とふるまってりゃいいんだぜ?」
「リーダー格、って……?」
南柾樹の言葉に、ウツロはキョトンとした。
「ウツロ、あなたはわたしたちよりあとからここにきた。だけれど、あなたのその冷静な判断力、確かな決断力、そして戦闘能力などのバランスから総合的に考察すると、湊さんを別とすれば、あなたこそここのリーダーにふさわしい器だとわれわれは思うわけ。まあ、くやしいけれどね?」
星川雅は手を組んでそう告げた。
「そんな、みんなをさしおいて、俺がリーダーだなんて……」
ウツロは困り果てた。
あとからのこのこ加わった身である自分がリーダーだなんて……
「謙遜すんなって。こういうのは、信頼できるやつに任せるのが一番だからな」
「そういうこと。あなたの性格から鑑みて、ポストにのぼせあがることなんてないだろうしね」
南柾樹と星川雅は念を押すように代わるがわる言った。
「そんな、いいのかな……」
「いよっ、リーダー! ひゅーひゅー!」
「龍子、それは昭和くさいぞ」
「なんだってえ、この毒虫リーダー!」
「なんだよ、それ……」
ウツロと真田龍子のやり取りを、残る二人はほほえましく思った。
「頼りにしてるぜ、リーダー?」
「ふん、わたしはいまいましいけれどね」
南柾樹と星川雅は、改めてウツロにリーダーシップを表明した。
「うーん……」
場の雰囲気にウツロは困惑した。
俺がリーダー、リーダーか……
そんな器じゃないと思うけれど……
実際にというか、俺は伝えていない。
あの男、浅倉喜代蔵から聞いた秘密を。
龍影会。
日本を影で支配しているという組織の名前。
みんなに危険がおよぶかもしれないことは当然として、もうひとつはなぜ彼がそれをわざわざ教えたのかということだ。
何かまだ、俺を試す意味があるのかもしれない。
秘密を漏らすか、黙っているかを。
いずれにしても得体が知れない、あの男のすることは。
とりあえずいまの段階では後者を選択しておこう、大事を取って。
もちろん、それが愚策ではないという証明なんてない。
だが、何か引っかかるんだ。
もしかしたら、俺をこうやって混乱させるのが目的なのか?
それが浅倉喜代蔵の策略ではないのか?
もうひとつのこと、ここさくら館にトロイの木馬がひそんでいるというのも含めてだ。
これも当然、黙っていたほうがいい。
言ってしまえば身内の中でかく乱が起こることは目に見えている。
スパイはいるのか、いないのか……
ああ、頭がこんがらがる……
俺がリーダーだって?
いや、ふさわしくなんてない、俺なんかには。
なぜなら俺はいま、浅倉喜代蔵の術中に完全にはまってしまっているかもしれないからだ。
なんなんだ?
この胸騒ぎは?
これから万城目日和の気配がしたことも伝えなければならないというのに……
それどころじゃなくってしまいそうだ。
うう、気が遠くなりそうだ。
頭がグルグルする……
こんなふうにウツロは、ほかの三人がキャッキャッと笑いあっている中、精神を蝕んでくる何かと、ひとり孤独に戦っていた。
その正体こそ浅倉喜代蔵がしかけた罠、『火牛計』の本質だとも知らずに――
(『第41話 這い寄る気配』へ続く)
食堂に残った真田龍子、南柾樹、星川雅は、さっそく今日ウツロの身に起こったことについて、本人から話を聞いていた。
「浅倉喜代蔵、通称・鹿角元帥……組織のナンバー2が、まさか直々にウツロの前に姿を現すとはね……」
星川雅は指をあごに当てながら言った。
その声はかすかに震えている。
「しかもお前、殺されかけたんだろ? その『試験』ってのに合格してなきゃ危なかったじゃねえか」
南柾樹もウツロを心配して声をかけた。
「でも、さすがはウツロだよね。わたしだったらそんな難しい問題、絶対に解けないって」
真田龍子はウツロを落ち着かせようと配慮している。
「おそろしい、人だったよ……正体はわからないけれど、彼もアルトラ使いであることをほのめかしていたし。まあ、組織のナンバー2なんて人が、アルトラ使いじゃないほうがおかしいと言ったほうがいいのか……」
ウツロは改めて先だっての出来事を思い出し、体をこわばらせた。
「総帥がウツロに興味を持ってるだなんてね。それはつまり、わたしたちのことなんて、組織には筒抜けってわけだ」
星川雅のセリフに、一同はゾッとした。
いったいどこで、何者が見ているのか。
あるいはそれも、アルトラの能力でなのか。
そんなことが頭の中を駆けめぐった。
「まあとにかく、ウツロが無事でなによりだぜ。不幸中の幸いっていうか、いいほうに捉えたほうがいいんじゃねえか?」
南柾樹は場を収めようと取り繕った。
「そうだよ、柾樹の言うとおりだよ。おびえてたって何も解決しないし、とりあえずはウツロに何もなかったことを喜ぶべきじゃない? ね、雅?」
真田龍子も南柾樹の流れに乗りながら、星川雅にもそれを促した。
「まあ、そうだね……柾樹や龍子の言っていることが正解だと思う。ここで変にびくついてたら、それころ組織の思うつぼだろうし。ウツロ、当事者を前にしてなんだけれど、あなたはどう思う?」
星川雅もやはり同意し、話をウツロに戻した。
「うん、みんなの言うとおりだ。そしてありがとう、俺のことを気づかってくれて」
ウツロは軽く一礼した。
「いいって、ウツロ。お前が何かわりぃことをしたってわけじゃねえんだから。リーダー格なんだから、堂々とふるまってりゃいいんだぜ?」
「リーダー格、って……?」
南柾樹の言葉に、ウツロはキョトンとした。
「ウツロ、あなたはわたしたちよりあとからここにきた。だけれど、あなたのその冷静な判断力、確かな決断力、そして戦闘能力などのバランスから総合的に考察すると、湊さんを別とすれば、あなたこそここのリーダーにふさわしい器だとわれわれは思うわけ。まあ、くやしいけれどね?」
星川雅は手を組んでそう告げた。
「そんな、みんなをさしおいて、俺がリーダーだなんて……」
ウツロは困り果てた。
あとからのこのこ加わった身である自分がリーダーだなんて……
「謙遜すんなって。こういうのは、信頼できるやつに任せるのが一番だからな」
「そういうこと。あなたの性格から鑑みて、ポストにのぼせあがることなんてないだろうしね」
南柾樹と星川雅は念を押すように代わるがわる言った。
「そんな、いいのかな……」
「いよっ、リーダー! ひゅーひゅー!」
「龍子、それは昭和くさいぞ」
「なんだってえ、この毒虫リーダー!」
「なんだよ、それ……」
ウツロと真田龍子のやり取りを、残る二人はほほえましく思った。
「頼りにしてるぜ、リーダー?」
「ふん、わたしはいまいましいけれどね」
南柾樹と星川雅は、改めてウツロにリーダーシップを表明した。
「うーん……」
場の雰囲気にウツロは困惑した。
俺がリーダー、リーダーか……
そんな器じゃないと思うけれど……
実際にというか、俺は伝えていない。
あの男、浅倉喜代蔵から聞いた秘密を。
龍影会。
日本を影で支配しているという組織の名前。
みんなに危険がおよぶかもしれないことは当然として、もうひとつはなぜ彼がそれをわざわざ教えたのかということだ。
何かまだ、俺を試す意味があるのかもしれない。
秘密を漏らすか、黙っているかを。
いずれにしても得体が知れない、あの男のすることは。
とりあえずいまの段階では後者を選択しておこう、大事を取って。
もちろん、それが愚策ではないという証明なんてない。
だが、何か引っかかるんだ。
もしかしたら、俺をこうやって混乱させるのが目的なのか?
それが浅倉喜代蔵の策略ではないのか?
もうひとつのこと、ここさくら館にトロイの木馬がひそんでいるというのも含めてだ。
これも当然、黙っていたほうがいい。
言ってしまえば身内の中でかく乱が起こることは目に見えている。
スパイはいるのか、いないのか……
ああ、頭がこんがらがる……
俺がリーダーだって?
いや、ふさわしくなんてない、俺なんかには。
なぜなら俺はいま、浅倉喜代蔵の術中に完全にはまってしまっているかもしれないからだ。
なんなんだ?
この胸騒ぎは?
これから万城目日和の気配がしたことも伝えなければならないというのに……
それどころじゃなくってしまいそうだ。
うう、気が遠くなりそうだ。
頭がグルグルする……
こんなふうにウツロは、ほかの三人がキャッキャッと笑いあっている中、精神を蝕んでくる何かと、ひとり孤独に戦っていた。
その正体こそ浅倉喜代蔵がしかけた罠、『火牛計』の本質だとも知らずに――
(『第41話 這い寄る気配』へ続く)
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