桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第41話 這い寄る気配

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 浅倉喜代蔵あさくら きよぞうの仕掛けた罠・火牛計かぎゅうけいさいなまれながらも、ウツロは別の情報である万城目日和まきめ ひよりのことについて打ち明けた。

「万城目日和の気配が?」

「ああ、俺の下駄箱から感じた殺気と、まったく同じものだったよ」

 コーヒーを飲む手を止めた星川雅ほしかわ みやびに、ウツロは事実を伝えた。

「万城目日和、またかよ。いったいどんなやつで、どこにひそんでるんだか……」

 南柾樹みなみ まさきも片付けの手を止めて考え込んでいる。

「なんていうか」

 真田龍子さなだ りょうこにはふと思い立つことがあった。

「どんどん近づいてきてる気がしない? 万城目日和が」

 彼女はさりげなくそう言ったが、果たしてそれは的を射ていることだった。

 一同は背筋が寒くなって、また深く考えはじめた。

「龍子の言うとおりだわ……ひょっとしたら、わたしたちが思うよりもずっと近くにいるのかもしれない。たとえば学校の関係者とか、あるいは……」

「考えたくはねえが、俺らがよく知っている誰かって可能性もあるよな」

「うん、俺もその可能性について考えていたんだ。俺たちの身近にいる誰かが、もしかしたら万城目日和なのかもしれない」

 星川雅、南柾樹、そしてウツロの考えていることは一致していた。

 万城目日和は意外なほど自分たちの近くにいるのではないか。

 それが彼らを不安に駆らせた。

「誰かに化けてるってこと?」

「もちろんその可能性もあると思う。でもたとえば、万城目日和がはじめからその人物として、俺たちに近づいていたということも否定できない」

「それ、って……」

「父さんの言ったことが本当なら、万城目日和も暗殺のいろはは心得ているはず。その中に、最初からこの世に存在しない人物となって、標的に近づくというやり方があるんだ。対象に好意的に接して、完全に懐柔かいじゅうしたところでとどめを刺すというやり方がね」

「なんて、こと……それじゃあ……」

 真田龍子の疑問に、ウツロはおそるべき見解を示した。

 万城目日和はウツロたちへ近づくため、架空の人物をよそおっている可能性がある。

 そもそもの話、万城目日和の本当のプロファイル自体、誰も知るよしがない。

 真田龍子の脳裏に一抹いちまつの不安がよぎった。

「龍子、考えたくない気持ちはよくわかる。でもウツロの指摘することは、決して否定できない。いつもなにげなく接している誰かが、実は万城目日和なのかもしれない。絶対に油断はできないよ?」

「そんな……」

 ひょっとしたら自分のよく知っている誰かが、自分を狙っているのかもしれない。

 星川雅の言及げんきゅうは、真田龍子をますます不安にさせた。

「やれやれだな、そんなことを心配するのはよ。ウツロ、それを踏まえてこれからは、絶対に警戒をおこたっちゃならねえ、そうだな?」

「ああ、柾樹の言うとおりだ。今後、外に出るときはペアを作って、絶対にひとりきりでは行動しないようにしたほうがいい。それでいいかな、みんな?」

 南柾樹の指摘を受け、ウツロは合理的な提案を示した。

「適格な判断だね、さすがはわれらのリーダーくんだよ?」

「からかわないでくれ、雅」

「あら、これでもほめてるんだよ? さっそくリーダーシップを発揮してるじゃん?」

「うーん、リーダーか……本当にいいのかな……」

 ほくそ笑む星川雅に、ウツロは照れくさくなった。

「大将がうじうじしてるのはなしだぜ、ウツロ? どーんとかまえてりゃあいいんだよ」

「いよっ、リーダー! ひゅーひゅー!」

「龍子まで、もう……」

 南柾樹と真田龍子にもからかわれ、ウツロはますます気恥ずかしくなった。

 やがて片付けも終わり、一同は食堂から退出した。

 星川雅だけは考えをまとめたいからと、ひとりその場へ残った。

   *

 しばらく時間がってから、何者かが食堂のドアを開いた。

 武田暗学たけだ あんがくだ。

「お邪魔するよ」

「……」

 彼はくたびれた着流しをひらひらさせながら、星川雅とはテーブルの差し向かいに腰かけた。

「ウツロくん、鹿角元帥ろっかくげんすい火牛計かぎゅうけいにはまっちゃったみたいだね。雅ちゃんも気づいてたんでしょ?」

 出し抜けにそう語り出した。

「さすがは龍影会りゅうえいかいぜん式部卿しきぶきょうですね、武田暗学先生?」

 無精ひげの口角こうかくがかすかに上がった――

(『第42話 星川雅ほしかわ みやび武田暗学たけだ あんがく』へ続く)
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