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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)
第42話 星川雅と武田暗学
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「さすがは龍影会の前・式部卿ですね、武田暗学先生?」
星川雅の言葉に、着流しの中年男は口角を緩ませた。
「先代閣下が謀反をたくらんだあの事件。それに加担した罪で、処刑こそまぬがれたものの、あなたは七卿から更迭、組織そのものからも除名された。いまでは一番弟子である坊松総輔氏が後釜となり、式部卿の任に就いている。みじめですね、先生?」
矢継早の侮辱を意に介さず、武田暗学はのんびりと歩き、星川雅とテーブルを差し向いに座った。
「何か言ったらどうですか?」
「雅ちゃん、しゃべりすぎだよ? どこに目や耳があるかなんて、わからないからね?」
「先生こそ、ここの情報を組織に流してるんじゃないんですか? 実際に、わたしたちの動きは閣下に筒抜けのようだし」
「おいおい、勘弁してよ。僕はもう組織とは何の関係もないって。現・閣下のお情けで生かしてもらってるだけなんだしさ。隠遁生活を送っているだけの、ただの死にぞこないだよ」
「あきれた。世界を焼き尽くすとまで言われる、おそろしいアルトラ使いさまが。閣下だって、いざというときの手駒として、取っておいてあるんじゃないですか?」
「ひどい言われようだな。それに、僕はそんなたいした人間じゃないよ。いくらなんでも、かいかぶりすぎだって」
「言ってなさいよ」
「そういう雅ちゃんはどうなの? ここの情報、全部お母さんに流してるんじゃないの? なんてったって皐月はいまじゃ、組織の大番頭、閣下の懐刀なんだからね。まったく、出世したもんだよなあ」
「ノーコメントでお願いします。お母さまの性格は、先生だってよくごぞんじでしょう?」
「つっこまないよ、あえてね。で、そうするの? ウツロくんが元帥の術中に落ちちゃったことも、報告するのかい?」
「しっかりつっこんでるし。まあ、そういうことになりますね。このことはすでに閣下の耳に入っているでしょうし、わたしからも情報が上がらなかったら、お母さまの立場があやうくなってしまいますから」
「人形だもんね、雅ちゃんは」
「――っ!」
タブー中のタブーにあえて触れた武田暗学。
星川雅の髪の毛が伸び、あっという間に中年男の頭部を絡めとった。
「どうしたの? そのまま絞め殺しちゃってもいいんだよ?」
「……」
髪の毛の一部からチリッと焦げる音がして、彼女はピタリと動きを止めた。
「ま、その前に君は、消し炭になるだろうけどね」
武田暗学は下劣な顔で笑っている。
「食えない方ですね……」
「よく言われるよ」
髪の毛をたぐり寄せ、もとの姿に戻ると、星川雅は深く席についた。
「なんだか騒々しくなってきたし、この調子なら、何か面白いこともあるかもしれないね」
中年男は無精ひげをじょりじょり言わせながら遠くを見つめた。
「面白い、ですか。とんだピエロですね、先生?」
「ピエロか、そうかもね。でもね、雅ちゃん」
「ピエロが王さまになるってことも、あるかもしれないよ?」
「……」
また笑いかけると、彼は片手で合図し、食堂をあとにした。
その場には再び星川雅ひとりが残された。
彼女の首筋から汗が垂れてくる。
くわしいことはわからないが、地獄の業火を操るアルトラだということだ。
お母さまがそう言っていた。
そんなことを思い出していたとき――
「……」
携帯電話が振動している。
予測どおり、母・皐月からだ。
星川雅はギリッと歯をかみしめた。
「ったく、どいつもこいつも……」
深呼吸をしてからディスプレイをタップする。
「はい、お母さま、わたしです」
彼女はしばらく、予想どおりの会話を続けていた。
(『第43話 動き出す魔の手』へ続く)
星川雅の言葉に、着流しの中年男は口角を緩ませた。
「先代閣下が謀反をたくらんだあの事件。それに加担した罪で、処刑こそまぬがれたものの、あなたは七卿から更迭、組織そのものからも除名された。いまでは一番弟子である坊松総輔氏が後釜となり、式部卿の任に就いている。みじめですね、先生?」
矢継早の侮辱を意に介さず、武田暗学はのんびりと歩き、星川雅とテーブルを差し向いに座った。
「何か言ったらどうですか?」
「雅ちゃん、しゃべりすぎだよ? どこに目や耳があるかなんて、わからないからね?」
「先生こそ、ここの情報を組織に流してるんじゃないんですか? 実際に、わたしたちの動きは閣下に筒抜けのようだし」
「おいおい、勘弁してよ。僕はもう組織とは何の関係もないって。現・閣下のお情けで生かしてもらってるだけなんだしさ。隠遁生活を送っているだけの、ただの死にぞこないだよ」
「あきれた。世界を焼き尽くすとまで言われる、おそろしいアルトラ使いさまが。閣下だって、いざというときの手駒として、取っておいてあるんじゃないですか?」
「ひどい言われようだな。それに、僕はそんなたいした人間じゃないよ。いくらなんでも、かいかぶりすぎだって」
「言ってなさいよ」
「そういう雅ちゃんはどうなの? ここの情報、全部お母さんに流してるんじゃないの? なんてったって皐月はいまじゃ、組織の大番頭、閣下の懐刀なんだからね。まったく、出世したもんだよなあ」
「ノーコメントでお願いします。お母さまの性格は、先生だってよくごぞんじでしょう?」
「つっこまないよ、あえてね。で、そうするの? ウツロくんが元帥の術中に落ちちゃったことも、報告するのかい?」
「しっかりつっこんでるし。まあ、そういうことになりますね。このことはすでに閣下の耳に入っているでしょうし、わたしからも情報が上がらなかったら、お母さまの立場があやうくなってしまいますから」
「人形だもんね、雅ちゃんは」
「――っ!」
タブー中のタブーにあえて触れた武田暗学。
星川雅の髪の毛が伸び、あっという間に中年男の頭部を絡めとった。
「どうしたの? そのまま絞め殺しちゃってもいいんだよ?」
「……」
髪の毛の一部からチリッと焦げる音がして、彼女はピタリと動きを止めた。
「ま、その前に君は、消し炭になるだろうけどね」
武田暗学は下劣な顔で笑っている。
「食えない方ですね……」
「よく言われるよ」
髪の毛をたぐり寄せ、もとの姿に戻ると、星川雅は深く席についた。
「なんだか騒々しくなってきたし、この調子なら、何か面白いこともあるかもしれないね」
中年男は無精ひげをじょりじょり言わせながら遠くを見つめた。
「面白い、ですか。とんだピエロですね、先生?」
「ピエロか、そうかもね。でもね、雅ちゃん」
「ピエロが王さまになるってことも、あるかもしれないよ?」
「……」
また笑いかけると、彼は片手で合図し、食堂をあとにした。
その場には再び星川雅ひとりが残された。
彼女の首筋から汗が垂れてくる。
くわしいことはわからないが、地獄の業火を操るアルトラだということだ。
お母さまがそう言っていた。
そんなことを思い出していたとき――
「……」
携帯電話が振動している。
予測どおり、母・皐月からだ。
星川雅はギリッと歯をかみしめた。
「ったく、どいつもこいつも……」
深呼吸をしてからディスプレイをタップする。
「はい、お母さま、わたしです」
彼女はしばらく、予想どおりの会話を続けていた。
(『第43話 動き出す魔の手』へ続く)
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