桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第56話 答えのない質問

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「ウツロ、俺の人生を、返せ」

 万城目日和まきめ ひよりはそう言った。

「……」

 答えのない質問、ウツロはそう思った。

 彼はゆっくりと体を下ろし、両ひざをコンクリートの床についた。

「へえ」

 万城目日和は興味深そうに、その光景を見下ろしている。

「その問いに答えること、俺にはできない」

「……」

 ウツロはうつむいたまま話しつづけた。

「しかるに万城目日和よ、おまえの好きなようにするがいい」

「それは、どういう意味だ?」

「俺を八つ裂きにして気が済むのなら、そうすればいいと言っている。ただ、みんなの命だけはどうか、助けてやってほしい」

 ウツロは顔を上げた。

 その凛としたまなざし、万城目日和は感じいたるところがあった。

 近寄って自分も姿勢を落とし、顔をのぞきこむ。

「ふうん、命ごいするんだ?」

「そう言われれば、そうなのかもしれない。俺はおまえの質問に答えられるほど、できた人間じゃないからな」

 目はそらさない。

 ウツロの覚悟、それが伝わっていく。

「はっ、人間、人間ねえ。ほんと、好きだよなあ、おまえ」

 万城目日和はくつくつと笑った。

「おまえのそういうとこ、吐き気がする。だがな、嫌いというわけでもねえ」

「……」

 万城目日和はグッと顔を寄せた。

「ウツロ、俺と戦え」

「――っ」

「勘違いすんなよ? 俺はおまえを、直々に叩きのめしてみてえだけなんだ。どっちが強いのか、それも気になるしな。さあ、どうする?」

 ウツロの気持ちは決まっていた。

「質問の答え、俺には出せないと確かにいま言った。だが万城目日和、もし、もしも、戦いの中で、それを見出せるというのなら……」

「はっ、それもおまえらしいよな。いいねえ、じゃあ、さっそくおっぱじめようじゃねえか。さ、立てよ」

 二人はいっしょに立ち上がる。

「よし、まずは、だ……」

「――っ」

 万城目日和は体を丸めて、自身を包みこむようなしぐさをした。

 髪がざわざわとうごめき、体つきが変化してくる。

 その度合いに比例して、あふれんばかりの闘気が膨れあがってくる。

「これは……」

 「彼女」は正体を現した。

 そこには獣のような蛮性をかもし出す「少女」が立っていた。

化生けしょうの術っていうんだぜ? ホルモンのバランスを操作することで、他人に化けられるんだよ。親父からは教わってなかっただろ? 女しかこの技は使えねえそうだ。皐月さつきねえが気まぐれにやり方を話したんだとよ」

「……」

 ウツロは生唾を飲んだ。

 野獣のような殺意とは裏腹に、この女、なんと美しい。

 そんなことを考えていた。

「へっ、俺に見とれてくれんのか? うれしいねえ。おまえをぶちのめして、そのあとはたっぷりと遊びてえところだな」

 ペロリと舌なめずりをする。

 ウツロは得体の知れない不気味さを覚えた。

「武器はどうする? 親父からもらった黒刀こくとうは? さすがに取りにいく暇はなかったか」

「見損なわないでもらおう」

「――っ」

 ウツロの影がもぞもぞと動き出す。

 そこからニョキニョキと一本の刀が顔を出した。

「へえ、お仲間の虫たちに運んでもらったのか。さすが、抜け目ないよな」

 万城目日和は腹をかかえた。

「さあ、おまえも武器を出したらどうだ?」

「ふん」

 空を切るように両腕を振る。

 するとその拳には、鋼鉄製の鋭い「爪」が装着されていた。

「古代インドの暗器、バグナク。虎の爪って意味だな。俺はこれが気に入ってるんだ」

 拳をグッと握ると、鋭い先端が飛び出した。

「さあ、行くぜ、ウツロっ――!」

「来い、万城目日和っ――!」

 こうして宿命的な戦いの幕は、ついに切って落とされた――
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