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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)
第11話 龍虎飯店
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実家へ帰省している真田姉弟をたずねて、ウツロは大衆食堂・龍虎飯店へと足を運んだ。
「あ……」
のれんをくぐって扉を開くと、一番奥の小上がり席、壁を背もたれにして、姫神壱騎がチャーハンを食べている。
「やあ」
彼はレンゲを止め、ウツロをほうに笑顔を送った。
びっくりしながらも中へと入って、そちらのほうに歩を進める。
「おお、ウツ……佐伯くん、よく来てくれたな」
「ウツ……悠亮さん、いらっしゃい」
真田龍子らの父・真田恭次と、真田虎太郎が厨房から声をかけた。
「おやっさん、虎太郎くん」
すると奥のほうから、母である真田静音も顔をのぞかせる。
「あら、ウツ……佐伯くん、いらっしゃい。龍子は出前に行ってるから、座ってちょっと待っててちょうだい?」
「あ、はい……」
一連の様子を横目に、姫神壱騎はニコニコとしている。
「モテモテだね、ウツ……佐伯くん?」
「あ、いや……」
少ないがほかの客も何人かいたから、一同はウツロの本名を呼んでしまわないように配慮した。
もっとも姫神壱騎だけは、わざと間違えそうになったフリをしたのだが。
「なんでえ、知り合いだったのかい?」
「ええ、ちょっとしたね」
ウツロは答えながら、姫神壱騎の向かいに座った。
「この春から黒帝大学へ入学して、教育学部にかよってるんだ」
「そうなんですね。どうしてまた、教育学を?」
「保育士になりたくてね。子ども、好きだから」
「はあ……」
あれほどの実力を持つ剣士が、保育士志望とはちょっと意外というか、そのギャップにウツロはポカンとした。
「実家のある岩手も人が少なくなってね。将来は地元へ戻って、家業の道場と二足のわらじって感じかな」
「それは、すごいですね」
雲をつかむような感じがする。
ひょうひょうとしてはいるが、父上を殺害されているからか、一挙手一投足にどこか、深い悲しみがかいま見られる。
ウツロはそんなふうに考えていた。
「しばらく前からうちで働いてくれてるんだよ。まさか龍子や虎太郎だけじゃなく、佐伯くんとも知り合いとはな」
真田恭次が中華鍋を振りながら語りかけた。
ウツロは「は~ん」という表情をする。
そして小声で話しかけた。
「探りを入れるためですか?」
「謝るよ、ごめんね。どうしても君たちのところへたどりつきたかったんだ。やっぱりっていうか、森に近づくためにね」
「……」
ウツロは内心悲痛だった。
そこまでして、父上の仇を……
目の前の少年の人生を想像し、彼は複雑な心境をいだいた。
俺とどこか似ている。
そんなふうに思索していると――
「あれ、ウツ……悠亮?」
「龍子、おかえり」
デリバリーを終えた真田龍子が、スニーカーをキュッキュッと鳴らしながら、店の裏口から入ってきた。
かっこうはいつもどおり、ジャージの上着にロングスパッツ姿である。
何の気なしにあいさつをしたウツロであったが、
「てめぇ、悠亮! 親をさしおいておかえりたぁどういうことだ!?」
「す、すみません……」
父・真田恭次から怒号をおみまいされた。
店内にいる数名の客たちは驚いて、一斉に彼らのほうへ目を向ける。
「なんだ? 龍子ちゃんの彼氏だったのかい?」
「やったな、恭ちゃん。亡くなったオヤジさんも安心するだろうぜぇ?」
「これでこの店も安泰だな、うんうん」
いずれも古くからの常連ばかりだったから、こんなふうにして店主をからかってみせた。
いっぽう妻の真田静音は、ガサツ丸出しの亭主に嫌気がさした。
「あんた、お客さんの前で! 龍子のフィアンセをどなるんじゃないよ!」
「そうなの? ねえ?」
いつの間にやらそうなっていたのかと真田龍子はギョッとし、照れくさくなってジャージのすそをいじった。
「うるせぇ! 大事な娘の股ぁ開かされて、親として看過できるかい!」
「つべこべ抜かすな! やっとこさ捕まえた優秀な種なんだよ!? 文句があるならてめぇが股でも開いてな!」
「なんだと、このあばずれが! パリコレだかチ〇ブラ違反だぞ!?」
「それを言うならポリコレにコンプラだろうが! この類人猿! てめぇなんざ間違って人間になったんだよ!」
「ほざくな、サル女房! そういうてめぇはそのエイプさまの種を宿したくせに!」
「言わせておけばぁ! 表へ出ろやぁっ!」
「望むところよおおおおおっ!」
真田夫婦は延々と、このように昭和臭漂うえげつない会話劇を繰り広げている。
さすがの常連客たちも、これには失笑を禁じえない。
「サルだってさ」
「ここは惑星だったのか?」
「虎太郎くん、あんな人間になっちゃダメだかんな?」
真田虎太郎は恥ずかしくなるいっぽう、にぎやかなやり取りにほっこりとした。
「楽しいね、ここ」
姫神壱騎はあいかわらずニコニコとしている。
これは本心からだった。
居場所があるのはよいことだ。
自分の故郷、そして家族や仲間たちのことを思い出し、ちょっぴり気持ちが楽になったような気がした。
「ウツロ、姫神さん、なんだかごめんね? ゆっくり食事したかったはずなのに……」
「いや、いいんだよ、龍子」
口ではそう言ったが、彼女が向かいの相手のほうに立ったことに、ウツロは少しムカッと来た。
「ラブラブだよね、二人とも」
「え、いや……」
かつがれた両者は顔を赤らめた。
「ウツロくんさ」
「はい?」
「龍子ちゃんが自転車に乗ってるとことか、想像してた?」
「は?」
「ピチピチのスパッツがサドルにこすれるところとか――」
「貴様っ! 俺の龍子を侮辱する気か!?」
もちろんわざとやったのであるが、挑発を受けてウツロは激高し、思わず叫んでしまった。
真田夫婦をくちびるをタラコにしている。
「俺の? いま、俺のって言った? ねぇっ!?」
「あ、いや……」
いくら娘の彼氏とはいえ、それはないでしょう。
そんな態度を二人はぶつけた。
「てめぇ、悠亮! 二度と立たねぇようにしてやる!」
「バカか貴様っ!? 龍子にしこめなくなるでしょっ!」
「百年立ったらまた来たよっ!」
「ジュウミンヤっ!」
ウツロへ襲いかかろうとする夫と、それを止めようとする妻。
まるで昭和の漫才であるが、姫神壱騎はプッと吹き出してしまった。
「なんかいいね、ここ。久しぶりに笑った気がするよ」
「姫神さん……」
涙をこらえる彼であったが、ウツロはそこに、この先輩剣士が置かれた状況を察し、胸がしめつけられた。
「森花炉之介、いったいどうやって探すおつもりですか?」
単刀直入にそうたずねた。
当然、姫神壱騎へ向き合う気持ちの表れである。
それにきづかない当事者ではなかった。
「ありがとう、ウツロ。どうやらやつはいま、ここ朽木市にやってきているらしい。こうなったら手当たり次第に――」
「その必要はありませんよ?」
「……」
一同は店の入口を見た。
そこには羽織袴姿の中年男が立っている。
杖を持ち、まなざしは動かず、瞳孔の形状はさびた鉄パイプの断面のように見えた。
「森っ、花炉之介えええええっ!」
色男の顔面はたちどころに崩れ、悪魔のおたけびのように咆哮した――
「あ……」
のれんをくぐって扉を開くと、一番奥の小上がり席、壁を背もたれにして、姫神壱騎がチャーハンを食べている。
「やあ」
彼はレンゲを止め、ウツロをほうに笑顔を送った。
びっくりしながらも中へと入って、そちらのほうに歩を進める。
「おお、ウツ……佐伯くん、よく来てくれたな」
「ウツ……悠亮さん、いらっしゃい」
真田龍子らの父・真田恭次と、真田虎太郎が厨房から声をかけた。
「おやっさん、虎太郎くん」
すると奥のほうから、母である真田静音も顔をのぞかせる。
「あら、ウツ……佐伯くん、いらっしゃい。龍子は出前に行ってるから、座ってちょっと待っててちょうだい?」
「あ、はい……」
一連の様子を横目に、姫神壱騎はニコニコとしている。
「モテモテだね、ウツ……佐伯くん?」
「あ、いや……」
少ないがほかの客も何人かいたから、一同はウツロの本名を呼んでしまわないように配慮した。
もっとも姫神壱騎だけは、わざと間違えそうになったフリをしたのだが。
「なんでえ、知り合いだったのかい?」
「ええ、ちょっとしたね」
ウツロは答えながら、姫神壱騎の向かいに座った。
「この春から黒帝大学へ入学して、教育学部にかよってるんだ」
「そうなんですね。どうしてまた、教育学を?」
「保育士になりたくてね。子ども、好きだから」
「はあ……」
あれほどの実力を持つ剣士が、保育士志望とはちょっと意外というか、そのギャップにウツロはポカンとした。
「実家のある岩手も人が少なくなってね。将来は地元へ戻って、家業の道場と二足のわらじって感じかな」
「それは、すごいですね」
雲をつかむような感じがする。
ひょうひょうとしてはいるが、父上を殺害されているからか、一挙手一投足にどこか、深い悲しみがかいま見られる。
ウツロはそんなふうに考えていた。
「しばらく前からうちで働いてくれてるんだよ。まさか龍子や虎太郎だけじゃなく、佐伯くんとも知り合いとはな」
真田恭次が中華鍋を振りながら語りかけた。
ウツロは「は~ん」という表情をする。
そして小声で話しかけた。
「探りを入れるためですか?」
「謝るよ、ごめんね。どうしても君たちのところへたどりつきたかったんだ。やっぱりっていうか、森に近づくためにね」
「……」
ウツロは内心悲痛だった。
そこまでして、父上の仇を……
目の前の少年の人生を想像し、彼は複雑な心境をいだいた。
俺とどこか似ている。
そんなふうに思索していると――
「あれ、ウツ……悠亮?」
「龍子、おかえり」
デリバリーを終えた真田龍子が、スニーカーをキュッキュッと鳴らしながら、店の裏口から入ってきた。
かっこうはいつもどおり、ジャージの上着にロングスパッツ姿である。
何の気なしにあいさつをしたウツロであったが、
「てめぇ、悠亮! 親をさしおいておかえりたぁどういうことだ!?」
「す、すみません……」
父・真田恭次から怒号をおみまいされた。
店内にいる数名の客たちは驚いて、一斉に彼らのほうへ目を向ける。
「なんだ? 龍子ちゃんの彼氏だったのかい?」
「やったな、恭ちゃん。亡くなったオヤジさんも安心するだろうぜぇ?」
「これでこの店も安泰だな、うんうん」
いずれも古くからの常連ばかりだったから、こんなふうにして店主をからかってみせた。
いっぽう妻の真田静音は、ガサツ丸出しの亭主に嫌気がさした。
「あんた、お客さんの前で! 龍子のフィアンセをどなるんじゃないよ!」
「そうなの? ねえ?」
いつの間にやらそうなっていたのかと真田龍子はギョッとし、照れくさくなってジャージのすそをいじった。
「うるせぇ! 大事な娘の股ぁ開かされて、親として看過できるかい!」
「つべこべ抜かすな! やっとこさ捕まえた優秀な種なんだよ!? 文句があるならてめぇが股でも開いてな!」
「なんだと、このあばずれが! パリコレだかチ〇ブラ違反だぞ!?」
「それを言うならポリコレにコンプラだろうが! この類人猿! てめぇなんざ間違って人間になったんだよ!」
「ほざくな、サル女房! そういうてめぇはそのエイプさまの種を宿したくせに!」
「言わせておけばぁ! 表へ出ろやぁっ!」
「望むところよおおおおおっ!」
真田夫婦は延々と、このように昭和臭漂うえげつない会話劇を繰り広げている。
さすがの常連客たちも、これには失笑を禁じえない。
「サルだってさ」
「ここは惑星だったのか?」
「虎太郎くん、あんな人間になっちゃダメだかんな?」
真田虎太郎は恥ずかしくなるいっぽう、にぎやかなやり取りにほっこりとした。
「楽しいね、ここ」
姫神壱騎はあいかわらずニコニコとしている。
これは本心からだった。
居場所があるのはよいことだ。
自分の故郷、そして家族や仲間たちのことを思い出し、ちょっぴり気持ちが楽になったような気がした。
「ウツロ、姫神さん、なんだかごめんね? ゆっくり食事したかったはずなのに……」
「いや、いいんだよ、龍子」
口ではそう言ったが、彼女が向かいの相手のほうに立ったことに、ウツロは少しムカッと来た。
「ラブラブだよね、二人とも」
「え、いや……」
かつがれた両者は顔を赤らめた。
「ウツロくんさ」
「はい?」
「龍子ちゃんが自転車に乗ってるとことか、想像してた?」
「は?」
「ピチピチのスパッツがサドルにこすれるところとか――」
「貴様っ! 俺の龍子を侮辱する気か!?」
もちろんわざとやったのであるが、挑発を受けてウツロは激高し、思わず叫んでしまった。
真田夫婦をくちびるをタラコにしている。
「俺の? いま、俺のって言った? ねぇっ!?」
「あ、いや……」
いくら娘の彼氏とはいえ、それはないでしょう。
そんな態度を二人はぶつけた。
「てめぇ、悠亮! 二度と立たねぇようにしてやる!」
「バカか貴様っ!? 龍子にしこめなくなるでしょっ!」
「百年立ったらまた来たよっ!」
「ジュウミンヤっ!」
ウツロへ襲いかかろうとする夫と、それを止めようとする妻。
まるで昭和の漫才であるが、姫神壱騎はプッと吹き出してしまった。
「なんかいいね、ここ。久しぶりに笑った気がするよ」
「姫神さん……」
涙をこらえる彼であったが、ウツロはそこに、この先輩剣士が置かれた状況を察し、胸がしめつけられた。
「森花炉之介、いったいどうやって探すおつもりですか?」
単刀直入にそうたずねた。
当然、姫神壱騎へ向き合う気持ちの表れである。
それにきづかない当事者ではなかった。
「ありがとう、ウツロ。どうやらやつはいま、ここ朽木市にやってきているらしい。こうなったら手当たり次第に――」
「その必要はありませんよ?」
「……」
一同は店の入口を見た。
そこには羽織袴姿の中年男が立っている。
杖を持ち、まなざしは動かず、瞳孔の形状はさびた鉄パイプの断面のように見えた。
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