桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)

第14話 掟

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もりの言うとおり、クラシックな男ですね」

姫神ひめがみくん、まだ若いのにね」

 黒い部屋。

 総帥・刀隠影司とがくし えいじを筆頭に、元帥・浅倉喜代蔵あさくら きよぞう、右丞相・蛮頭寺善継ばんとうじ よしつぐ、そして征夷大将軍・鬼堂龍門きどう りゅうもんとその実弟・鬼堂沙門きどう しゃもんが控えている。

「ふむ、静香が来るということであれば、わたしも顔を出さないわけにはいくまいな」

「は、閣下。そちらの手はずも整えております。あとはディオティマらがどう動くかですな」

 刀隠影司の提案に浅倉喜代蔵が応じた。

「目下、羽柴はしばくんと鷹守たかもりくんが遊び相手をしているようだね」

「ふふ、泳がせておいては何をしでかすかわからない相手ですからな」

「さすがは元帥である。心得ておるな、鹿角ろっかくよ」

 ディオティマへの「意趣返し」の意図が示唆される。

「少なからずダメージを与えることに成功すれば、あとあとこちらにも有利に働くかと」

「狡猾だのう。そうやって、わたしの椅子も狙っているのかね?」

「め、めっそうもない! 何を申されますか! わたしくめはただ、総帥閣下のおんためならばと……」

「よいよい、わかっておる。ただの酔狂だ」

「はは……」

 腹の中を探られ、元帥も気が気ではない。

 次いで、鬼堂龍門が口を開いた。

「ときに閣下、万城目日和まきめ ひよりの処遇についてですが……」

「ふむ、君の好きにしなさい。組織の情報を必要以上に得ているというのは、確かなようであるしな。ただ、死体はしっかり回収しておきたまえ。百色ひゃくしきくんが実験に使いたいそうなのだ」

「はは、左丞相が。心得ました、では、このたびはこれにて」

 「用」を済ませた彼は、弟と連れ立って恭しく部屋をあとにした。

「ふん、いったい何を考えているんだか。閣下、あの兄弟、油断はなりませんぞ?」

「わかっているよ、鹿角。ちゃんと監視はしているから、そこは安心したまえ」

「は……」

 浅倉喜代蔵は警告したが、刀隠影司のほうはといえば、意に介しているようには見えない。

 最後に蛮頭寺善継が話しかけた。

「閣下、わたくしめも違うアプローチで、ウツロらに接触したく思う所存です」

「ほう、蛮頭寺くん、どういう風の吹き回しかね?」

「さくらかんのリーダー、特生対第二課朽木支部長である龍崎湊りゅうざき みなとという弁護士の父親は、わたしがかつて海に沈めた男でございまして。その奇縁もありますからな」

「ふむ、そういえば確かに。昔のことであるが、組織に肉薄しようとして君が始末した男・龍崎港一郎りゅうざき こういちろうの娘であったな」

「は。あのもみ消しには、当時警察庁の副長官であった鬼鷺きさぎ大警視や、現・検事総長であるさえずり大検事も関与しておりますゆえ」

「権力にものを言わせて、しかばねの築山ができているよね」

「はは、ご無体を、閣下。探るを入れるのが目的ではありますが、わたくしもウツロという少年のこと、いささか気になるゆえ」

「ウツロ、ウツロか。かまわん、君も好きなようになさい」

「はっ、ありがたき幸せにございます」

 彼はこのように言上したのであった。

「何かよからぬことを考えているんじゃないだろうな?」

「おまえに言われたくはないな」

「はっ、そうですか」

 元帥と右丞相は少し会話をしたあと、やはりそろって部屋からはけた。

 ひとり残された総帥、そこでかすかな機械音が鳴った。

「ウツロか。ひょっとしてこのわたしを滅ぼすのは、そのウツロかもしれぬな」

 スクリーンに魔王桜おまうざくらが映し出される。

 乱れ飛ぶ花びら、その光景を男はしばらくながめていた。

 ロッキングチェアが軋む。

「わが父・影聖えいえいを亡き者にすることで得たこの椅子。初代・龍影りゅうえい公がその父君・絶影ぜつえいを手にかけて以来、それが刀隠とがくしを継ぐ者の掟となった。さて、柾樹まさきよ、おまえはいったい、どうするのだろうねえ?」

 感情を持たない彼ではあったが、珍しく心地がよいという気持ちを覚えたように錯覚した。

「痛いとはどういうことだ? なぜ天は、わたしに痛覚を、人の心を与えなかったのか?」

 支配者は思索している。

 眼前に鎮座するもう一体の支配者を見つめながら。

「老獪なる帝王め、何がおかしい? またせせら笑っているな?」

 ときおり口を動かしながら、ロッキングチェアを揺らす。

「人間とは何か、か。おまえが教えてくれるというのか、ウツロ? わたしに、人間を」

 問答は終わらない。

 帝王とは孤独なのだ。

 しかし、そんな存在にも「理解者」は必要である。

「もしわたしがただの道化であるのならば、幕が下りれば用済みなのだろうか?」

 問いかけは帰ってくるはずもなく、ただ二体の支配者の「対話」だけが、いつまでも黒い部屋の中にこだました。
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