178 / 244
第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)
第16話 空が青い理由
しおりを挟む
自販機で飲み物を購入したウツロと姫神壱騎は、公園のベンチに並んで座り、少し落ち着くことにした。
二人ともブラックコーヒーの缶を開け、一口すすった。
ウツロは気をつかって、姫神壱騎が口を開くまで待つことにした。
「ウツロはさ、どうしてそんなに強いの?」
「……」
いつの間にか呼び捨てに変わったのは、それだけ信頼を置くようになってきた証左であった。
「強い、強いですか……姫神さんには、俺が強いように見えるんですか?」
「遠慮するなって、壱騎でいいよ」
「では壱騎さん、どうして俺を強いと?」
姫神壱騎はコーヒーの缶を見つめている。
「見そこなわいでほしいな、いっしょにいればわかるよ。君がどれだけの苦難・苦痛と向き合ってきたかを」
「ん……」
ウツロは懐古した、自分の人生を。
兄・アクタのこと、そして父・似嵐鏡月のこと。
向き合う、向き合うか。
確かにそうなのかもしれない。
俺は毒虫だ、矮小な存在だ。
強い?
そんな俺が、強いだって?
それが言えるのは、いや、そんなことを考えることができるのは、壱騎さんもやはり、知っているからなのだろう。
「壱騎さん」
「ん?」
「あなたとの立ち合いをとおして、いや、これまでのやり取りを通じて、わかったことがあります」
「それは?」
「あなたは剣術の技量だけではない、それを持つことの重さ、そして確かな覚悟をお持ちのお方だ」
「よしてよ、ほめたってなんにも出せないよ?」
「それを支えているのはほかでもない、姫神壱騎というひとりの人間、それに尽きるのではないかと思います」
「ウツロ……」
「宝は器だけでは成り立たず、中身だけでもしかりではないでしょうか。あなたは俺を強いとおっしゃった。苦難・苦痛に向き合っているとおっしゃった。そこまで見つめることができるあなたこそ、強さの意味を真に理解していらっしゃり、実際に強い存在なのだと思います」
「……」
ウツロの目には例により、くもりなど一切ない。
ともすればおかたい説教にも取られそうなことを平然と言ってのけ、しかも大真面目に語っている。
それは何よりも、目の前の傷ついた戦士のため。
真剣に向き合えばこその行動であった。
「ふっ」
姫神壱騎は顔を緩めた。
打ち負かされた気がする、しかし不快なものには感じない。
むしろ気が晴れてくる。
なんだろう、この感覚は?
視線を上げてみる。
「空ってさ」
「?」
「こんなに、青かったんだね」
「壱騎さん……」
涙が止まらない。
なんだこれは?
人間。
そうだ、きっとこれが、「人間」ということなのだろう。
「ストイックなんだね、ウツロ」
気恥ずかしくなって、姫神壱騎は袖で目もとをぬぐった。
信用が完全に信頼へと変わる。
「強さとはおのれの弱さを認め、それと必死に向き合うということ。父さんがよく言ってたよ」
「……」
「強くなれるのかなんてわからない。でも、それでも向き合いつづけることがすなわち、強さだってね」
似ている、俺の「人間論」と。
その本質が。
這いつづけることに意味がある、そうだった。
兄さん、父さん、空はこんなにも、青いですよ。
「そうやってほかのメンバーも懐柔したの?」
「そんな、懐柔だなんて……」
「やだな、冗談だよ。わかるでしょ? この毒虫野郎」
「ふっ」
笑いあう。
気持ちがいい、こんなのは久しぶりだ。
互いに救いあったことを、二人とも理解していた。
「ねえ、ウツロ」
「はい」
「空が青い理由、それがこれなんだね」
「詩人ですね、壱騎さん」
「バカにすんな、毒虫野郎」
再び破顔する。
パッパラパーか。
また救われたよ、アクタ。
「そろそろ行こうか。きっとみんな心配してるよ?」
「龍子に手を出したらただではおきませんからね?」
「う~ん、君次第かな?」
「ちゃらちゃらしているピンキー野郎には負けませんよ?」
「なにそれ、昭和のオヤジ?」
「言ってなさい」
こんなふうにして、彼らは公園を通り抜けていった。
青く光り輝いているのは、大空だけではなかった。
二人ともブラックコーヒーの缶を開け、一口すすった。
ウツロは気をつかって、姫神壱騎が口を開くまで待つことにした。
「ウツロはさ、どうしてそんなに強いの?」
「……」
いつの間にか呼び捨てに変わったのは、それだけ信頼を置くようになってきた証左であった。
「強い、強いですか……姫神さんには、俺が強いように見えるんですか?」
「遠慮するなって、壱騎でいいよ」
「では壱騎さん、どうして俺を強いと?」
姫神壱騎はコーヒーの缶を見つめている。
「見そこなわいでほしいな、いっしょにいればわかるよ。君がどれだけの苦難・苦痛と向き合ってきたかを」
「ん……」
ウツロは懐古した、自分の人生を。
兄・アクタのこと、そして父・似嵐鏡月のこと。
向き合う、向き合うか。
確かにそうなのかもしれない。
俺は毒虫だ、矮小な存在だ。
強い?
そんな俺が、強いだって?
それが言えるのは、いや、そんなことを考えることができるのは、壱騎さんもやはり、知っているからなのだろう。
「壱騎さん」
「ん?」
「あなたとの立ち合いをとおして、いや、これまでのやり取りを通じて、わかったことがあります」
「それは?」
「あなたは剣術の技量だけではない、それを持つことの重さ、そして確かな覚悟をお持ちのお方だ」
「よしてよ、ほめたってなんにも出せないよ?」
「それを支えているのはほかでもない、姫神壱騎というひとりの人間、それに尽きるのではないかと思います」
「ウツロ……」
「宝は器だけでは成り立たず、中身だけでもしかりではないでしょうか。あなたは俺を強いとおっしゃった。苦難・苦痛に向き合っているとおっしゃった。そこまで見つめることができるあなたこそ、強さの意味を真に理解していらっしゃり、実際に強い存在なのだと思います」
「……」
ウツロの目には例により、くもりなど一切ない。
ともすればおかたい説教にも取られそうなことを平然と言ってのけ、しかも大真面目に語っている。
それは何よりも、目の前の傷ついた戦士のため。
真剣に向き合えばこその行動であった。
「ふっ」
姫神壱騎は顔を緩めた。
打ち負かされた気がする、しかし不快なものには感じない。
むしろ気が晴れてくる。
なんだろう、この感覚は?
視線を上げてみる。
「空ってさ」
「?」
「こんなに、青かったんだね」
「壱騎さん……」
涙が止まらない。
なんだこれは?
人間。
そうだ、きっとこれが、「人間」ということなのだろう。
「ストイックなんだね、ウツロ」
気恥ずかしくなって、姫神壱騎は袖で目もとをぬぐった。
信用が完全に信頼へと変わる。
「強さとはおのれの弱さを認め、それと必死に向き合うということ。父さんがよく言ってたよ」
「……」
「強くなれるのかなんてわからない。でも、それでも向き合いつづけることがすなわち、強さだってね」
似ている、俺の「人間論」と。
その本質が。
這いつづけることに意味がある、そうだった。
兄さん、父さん、空はこんなにも、青いですよ。
「そうやってほかのメンバーも懐柔したの?」
「そんな、懐柔だなんて……」
「やだな、冗談だよ。わかるでしょ? この毒虫野郎」
「ふっ」
笑いあう。
気持ちがいい、こんなのは久しぶりだ。
互いに救いあったことを、二人とも理解していた。
「ねえ、ウツロ」
「はい」
「空が青い理由、それがこれなんだね」
「詩人ですね、壱騎さん」
「バカにすんな、毒虫野郎」
再び破顔する。
パッパラパーか。
また救われたよ、アクタ。
「そろそろ行こうか。きっとみんな心配してるよ?」
「龍子に手を出したらただではおきませんからね?」
「う~ん、君次第かな?」
「ちゃらちゃらしているピンキー野郎には負けませんよ?」
「なにそれ、昭和のオヤジ?」
「言ってなさい」
こんなふうにして、彼らは公園を通り抜けていった。
青く光り輝いているのは、大空だけではなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる