桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)

第17話 対峙

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 ウツロと姫神壱騎ひめがみ いっき龍虎飯店りゅうこはんてんへ戻り、真田姉弟さなだきょうだいと合流して、4人連れ立ってさくらかんへの帰路に着いた。

 いっぽうそのころ、街はずれではあいかわらず、バニーハートと鷹守幽たかもり ゆうが激闘を繰り広げていた。

「ぎっ、ひゃあああああっ!」

「――っ!」

 上段から繰り出されたアイアン・クロウ、しかしそれは攻撃対象の寸前で止まっていた。

「ぎひっ、ぎひ……!?」

 鷹守幽がバニーハートの「影」を踏んでいる。

「なるほど、影を操るアルトラ、実に汎用性が高いようですね」

「ふふっ、これで彼はアルトラも含め、動かすことができませんよ?」

 感心するディオティマに、羽柴雛多はしば ひなたは余裕の表情を送った。

「う~ん? ふふふ……」

 魔女が不気味にほほえむ。

 鷹守幽はバニーハートのほほに、ナイフをピタピタと当てて挑発している。

「ぎひ、なめる、なあああああ……!」

 ウサギの目がギラっと赤く光った。

「――!?」

 目のくらんだ黒衣の暗殺者は、反射的に能力を解除してしまう。

「――っ!」

 子どもの体躯とは思えない強力な蹴りが、下段から下腹部に炸裂した。

「……っ!」

 モロに入れられ、さすがの鷹守幽もしりぞいて姿勢を崩す。

「死ねえええええっ!」

 両サイドからバニーハートの爪が襲ってくる。

「――っ!」

「ぎひっ!」

 大ナタがまたひとりでに動き、その攻撃を受け止めた。

 ディオティマは指をあごに当てる。

「ふむ、おそらくは、影を媒介として、物質を動かすこともできるのでしょう。とても興味深いですねえ。彼もぜひ、わたしの研究材料としていただきたいところです」

「そうはならないですねえ。なぜなら幽くんは、追いつめられるほど燃えるタイプですから」

 今度は羽柴雛多がニタリとほほ笑んだ。

「ここまで追いつめられたのは初めて、図星ではありませんか?」

「だからいいんじゃありませんか」

 魔女の意趣返しも意に介してはいない。

「ぎひ、たかもり、ゆう……!」

「……」

 両者かまえ、間合いを詰める。

「ぎひゃあっ!」

「――!」

 相打ち。

 バニーハートのアイアンクロウと鷹守幽のジャックナイフがぶつかり、二人ともその状態から動かない。

 いや、動けないのだ。

 伯仲する実力、拮抗する力。

 どちらかが少しでも気を抜いたタイミングがすなわち、勝負の決するとき。

 汗が垂れてくる。

 皮一枚でつながっているその状況が、永遠に続くかのように見えた。

「そこまで!」

 羽柴雛多が「喝」を入れる。

 ディオティマは興ざめした様子だ。

「おやおや、負けを認めるのが悔しいのですか? ミスター羽柴」

「そうではありませんよ、ディオティマさん。人の気配がします」

「は……」

 あたりを探ると、確かにこちらへと近づいてくる気配が複数感じられる。

 3人、いや、4人か。

 そしてこの強いオーラは、アルトラ使いのもの。

 ははあ……

「どうやらあなたのお目当ての人物たちのようですよ?」

 ディオティマはニヤリと笑った。

「ふ、なるほどですねえ。バニーハート、彼の言うとおりになさい」

「ぎひ……」

 察したバニーハートは、主人の命令にしたがった。

 鷹守幽も応じて武器を下げる。

「命拾い、した、な」

 ウサギ少年は大きな爪で、首をかっ切るしぐさをする。

 相対する黒衣の暗殺者も、ニコっと笑って親指を下へとかざす。

「ふん、覚えて、いろ……おまえは、必ず、僕が、八つ裂きに、する……」

 互いに顔を突きあわせて、邪悪な笑みを見せつけあった。

「じゃ、ディオティマさん、またお会いしましょう」

 鷹守幽が黒いマントを開く。

 羽柴雛多は手をかざしながら、その中へ吸いこまれるように入っていった。

 手品よろしく布きれが二人を包みこみ、シュルシュルっと回転しながらいずこかへと消え失せてしまった。

「食えない男ですね、ミスター羽柴」

 ディオティマは腰に手を当てて、キセルのタバコをふかす。

「ぎひ、たかもり、ゆう……」

 バニーハートは興奮さめやらず、体を震わせている。

「あなたをここまで追いこんだのは、彼が初めてですねえ。ふふっ、ラウンド2が楽しみでしょう?」

「ぎひひ、次こそは、僕が、勝ちます」

「その意気ですよ、バニーハート」

 二人はケタケタと笑いあった。

「そして、ふふっ……」

 魔女の視線の先には4つの影があった。

 ウツロ、姫神壱騎、真田龍子さなだ りょうこ、そして真田虎太郎さなだ こたろうだ。

 街はずれにさしかかったところで崩壊のあとを発見し、気配をたどってここまでやってきたのだ。

 ウツロが口を開く。

「いったいこれはどういうことでしょう? テオドラキア・スタッカー教授、いえ、古代ギリシャの巫女で、いわく魔女のディオティマさん?」

「う~ん?」

 ディオティマは首をひねりながら、目の前の少年の顔をまじまじと見つめた。

「俺の顔に、何かついていますか?」

 彼は怪訝な表情を浮かべる。

「いえいえ失礼、そっくりだと思ったものですから、お父さまと、ミスター鏡月と」

「……」

 魔女は改めて、右手を前方へとひるがえす。

「はじめましてウツロ・ボーイ。おっしゃるとおり、わたしがそのディオティマです」

 因縁の「再会」は、時を越えていままさに行われたのだ。
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