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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)
第29話 ジュブナイル
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「龍子、後生だ! これには深い理由が――」
「聞く耳持ちません」
「ああ、どうすればいいんだ……」
万城目日和とのやり取りを誤解されたウツロは、真田龍子のご機嫌を取るのに必死だった。
彼女は肩をいからせて、帰り道を闊歩している。
「お、ウツロ、龍子」
横断歩道の向こうから、南柾樹が声をかけてきた。
星川雅もいっしょだ。
「柾樹、雅」
ウツロが答える。
信号が変わると、二人はこちらへやってきた。
「公園にいたのか?」
「ああ、ちょっとリラックスしてたんだ」
「はあ」
ウツロがキョトンとする。
「鈍いやつで助かったね」
「何のことだ?」
「さあ」
星川雅はクスっと笑った。
「あ~あ、バカバカしい。こっちは最悪な気分だっていうのにさ~」
前方で真田龍子がぶつくさ言う。
「何? 何? 夫婦喧嘩ですか?」
南柾樹がニヤついている。
「珍しいじゃん、オシドリ夫婦なのに」
星川雅も茶々を入れる。
「う~、実はちょっと、誤解があって……」
「な~にが誤解だよ。このモンスター下半身が」
「ちょ、龍子」
「毒虫はトカゲとねんごろになってるのがお似合いですう」
「うう、あんまりだ……」
こんな調子で、まるで毒のフィールドを歩くかのごとく、ウツロのダメージは蓄積されていった。
「なんだウツロ、日和と浮気でもしたの?」
「おまえも隅に置けねえな」
星川雅と南柾樹に助け舟を出す気はないようだ。
「下半身がモンスターだったんだね」
「なぜそのように荒ぶるのか!?」
あいかわずブーストをかけてくる。
「二人とも、本当に誤解なんだって――」
「ウツロ~っ!」
最悪のタイミングで、背後から万城目日和が駆けつけてきた。
「荷物、持ってきたぜ~」
「わあっ! わあっ!」
柄にもなく、われらが主人公はテンパった。
「日和、ウツロとどこまで行ったの?」
星川雅がたずねると、万城目日和はガッツポーズをした。
「これで似嵐の家も安泰ですわね、ほほほ」
南柾樹はこれ見よがしに小芝居をしてみせる。
「龍子っ! 後生だ! 俺には君が必要なん――」
「後生だ後生だうるせえんだよ! てめえの憂さ晴らしに使われたのかと思うとはらわた煮えくり返るわボケえっ!」
「あ、う……」
心が折れそうだ。
確かに俺は悪かった。
だが、あの流れで……
日和が不憫だと思ったから……
それなのに、ああ、それなのに……
彼はこのように、いかにも男性的エゴとも言える思索世界へと堕ちていった。
「世間はホワイト社会だからね。どんな理由があろうともだよ?」
「かわいさあまって憎さ百倍ってやつだな」
星川雅と南柾樹は、落胆する親友をあわれんだ。
「あれ、みんな~」
「あ」
今度は向こうから姫神壱騎がやってきた。
「姫神さ~ん!」
真田龍子がそちらへと駆けていく。
「姫神さん、おつきあいされている方とか、いらっしゃるんですか?」
「え? いまはフリーだけど?」
「よかったあ! わたし、ウツロにふられたんです、ううっ」
「え、マジで? ウツロって、そういうやつだったの?」
「そうなんです! わたし、遊ばれてたんです、うわ~ん!」
「ちょ、龍子さん! ウツロ、君は何てことを!」
これではもはや漫画である。
「違うんです、壱騎さん! これには認識の不一致が――」
ウツロはいよいよあわてた。
「お願いです、姫神さん。わたしのズタズタにされた心を、慰めてくださいませんか?」
真田龍子は上目づかいに涙ぐんだ。
「ああ、龍子さん、かわいそうに。俺でいいんだったら、ゆっくり話を聴いてあげるよ?」
「ああ、壱騎さん! さすがは大人です! 腰を動かすしか能のない類人猿、いな類人毒虫とは器が違いますね、ううっ!」
姫神壱騎は何となく状況を理解してはいたものの、場を取り繕うためあえて彼女に同意しておいた。
「泣かないで、龍子さん。さ、いっしょに帰ろう?」
「ああ、壱騎さん。ありがとうございます……」
二人は手をつなぎながら遠のいていく。
真田龍子はもう片方の手で、うしろへ見えるように中指を立てた。
「雅よ、俺はいま、すごい茶番を見た」
「ええ、柾樹。仏もひっくり返せば魔物だということだね」
ウツロはハメられた。
しかし、それは自分が招いたことでもある。
彼は魂の抜けたような表情をしていた。
「ウツロ~っ! やったな! これでウィンウィン、そうだろ?」
「りょ」
「は?」
「龍子おおおおおっ!」
少年は咆哮した、衆目の場で。
「ちょ、ウツロ、落ち着け!」
三人があたふたする。
「龍子っ! 俺には君がいないとダメなんだ! 龍子っ、龍子おおおおおっ!」
ウツロは駆け抜けた。
それはまさに、人間の本質を体現するかのごとく。
「龍子おおおおおっ――!」
青春を支配する神は実に気まぐれだ。
こんなこともあるさ。
がんばれウツロ、負けるなウツロ。
不審者の出現を告げる情報が交番へ何件か入ったが、結局警察が動くことはなかった。
よかったね。
「聞く耳持ちません」
「ああ、どうすればいいんだ……」
万城目日和とのやり取りを誤解されたウツロは、真田龍子のご機嫌を取るのに必死だった。
彼女は肩をいからせて、帰り道を闊歩している。
「お、ウツロ、龍子」
横断歩道の向こうから、南柾樹が声をかけてきた。
星川雅もいっしょだ。
「柾樹、雅」
ウツロが答える。
信号が変わると、二人はこちらへやってきた。
「公園にいたのか?」
「ああ、ちょっとリラックスしてたんだ」
「はあ」
ウツロがキョトンとする。
「鈍いやつで助かったね」
「何のことだ?」
「さあ」
星川雅はクスっと笑った。
「あ~あ、バカバカしい。こっちは最悪な気分だっていうのにさ~」
前方で真田龍子がぶつくさ言う。
「何? 何? 夫婦喧嘩ですか?」
南柾樹がニヤついている。
「珍しいじゃん、オシドリ夫婦なのに」
星川雅も茶々を入れる。
「う~、実はちょっと、誤解があって……」
「な~にが誤解だよ。このモンスター下半身が」
「ちょ、龍子」
「毒虫はトカゲとねんごろになってるのがお似合いですう」
「うう、あんまりだ……」
こんな調子で、まるで毒のフィールドを歩くかのごとく、ウツロのダメージは蓄積されていった。
「なんだウツロ、日和と浮気でもしたの?」
「おまえも隅に置けねえな」
星川雅と南柾樹に助け舟を出す気はないようだ。
「下半身がモンスターだったんだね」
「なぜそのように荒ぶるのか!?」
あいかわずブーストをかけてくる。
「二人とも、本当に誤解なんだって――」
「ウツロ~っ!」
最悪のタイミングで、背後から万城目日和が駆けつけてきた。
「荷物、持ってきたぜ~」
「わあっ! わあっ!」
柄にもなく、われらが主人公はテンパった。
「日和、ウツロとどこまで行ったの?」
星川雅がたずねると、万城目日和はガッツポーズをした。
「これで似嵐の家も安泰ですわね、ほほほ」
南柾樹はこれ見よがしに小芝居をしてみせる。
「龍子っ! 後生だ! 俺には君が必要なん――」
「後生だ後生だうるせえんだよ! てめえの憂さ晴らしに使われたのかと思うとはらわた煮えくり返るわボケえっ!」
「あ、う……」
心が折れそうだ。
確かに俺は悪かった。
だが、あの流れで……
日和が不憫だと思ったから……
それなのに、ああ、それなのに……
彼はこのように、いかにも男性的エゴとも言える思索世界へと堕ちていった。
「世間はホワイト社会だからね。どんな理由があろうともだよ?」
「かわいさあまって憎さ百倍ってやつだな」
星川雅と南柾樹は、落胆する親友をあわれんだ。
「あれ、みんな~」
「あ」
今度は向こうから姫神壱騎がやってきた。
「姫神さ~ん!」
真田龍子がそちらへと駆けていく。
「姫神さん、おつきあいされている方とか、いらっしゃるんですか?」
「え? いまはフリーだけど?」
「よかったあ! わたし、ウツロにふられたんです、ううっ」
「え、マジで? ウツロって、そういうやつだったの?」
「そうなんです! わたし、遊ばれてたんです、うわ~ん!」
「ちょ、龍子さん! ウツロ、君は何てことを!」
これではもはや漫画である。
「違うんです、壱騎さん! これには認識の不一致が――」
ウツロはいよいよあわてた。
「お願いです、姫神さん。わたしのズタズタにされた心を、慰めてくださいませんか?」
真田龍子は上目づかいに涙ぐんだ。
「ああ、龍子さん、かわいそうに。俺でいいんだったら、ゆっくり話を聴いてあげるよ?」
「ああ、壱騎さん! さすがは大人です! 腰を動かすしか能のない類人猿、いな類人毒虫とは器が違いますね、ううっ!」
姫神壱騎は何となく状況を理解してはいたものの、場を取り繕うためあえて彼女に同意しておいた。
「泣かないで、龍子さん。さ、いっしょに帰ろう?」
「ああ、壱騎さん。ありがとうございます……」
二人は手をつなぎながら遠のいていく。
真田龍子はもう片方の手で、うしろへ見えるように中指を立てた。
「雅よ、俺はいま、すごい茶番を見た」
「ええ、柾樹。仏もひっくり返せば魔物だということだね」
ウツロはハメられた。
しかし、それは自分が招いたことでもある。
彼は魂の抜けたような表情をしていた。
「ウツロ~っ! やったな! これでウィンウィン、そうだろ?」
「りょ」
「は?」
「龍子おおおおおっ!」
少年は咆哮した、衆目の場で。
「ちょ、ウツロ、落ち着け!」
三人があたふたする。
「龍子っ! 俺には君がいないとダメなんだ! 龍子っ、龍子おおおおおっ!」
ウツロは駆け抜けた。
それはまさに、人間の本質を体現するかのごとく。
「龍子おおおおおっ――!」
青春を支配する神は実に気まぐれだ。
こんなこともあるさ。
がんばれウツロ、負けるなウツロ。
不審者の出現を告げる情報が交番へ何件か入ったが、結局警察が動くことはなかった。
よかったね。
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