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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)
第57話 元帥号令
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「アクタとの誓いに賭けてウツロ、俺がおまえの目を覚まさしてやんよ!」
「ふん、いいだろう。かかってこい、柾樹」
こうして魔道へと堕ちたウツロと、リーダーを失ったチーム・ウツロとの戦いは幕を開けた。
「待ちな、南」
「?」
氷潟夕真と刀子朱利が前へ出る。
「ここは俺たちに任せな」
「氷潟、刀子。悪いがおまえらの出る幕じゃあねえ」
南柾樹の言い分はもっとものように聞こえたが――
「はん、わかんないの? ウツロとあんたたちが争うのは見てられない。だからこうして、わたしたちが名乗り出てるんじゃない。それくらい察してよね?」
「刀子……」
思わぬ気づかいに、南柾樹の頭はだいぶ冷静になった。
「勘違いしないでよね? これは組織のことを第一に考えての判断なんだから」
「ふふっ、朱利。あなた、だいぶ丸くなったよね?」
星川雅がうしろでほくそ笑む。
「はあ? 何をわけのわからないことを。勘違いするなって言ったばかりじゃん?」
「はいはい。でもわたし、そういうの、嫌いじゃないよ?」
「ああ、ムカつく……いい、雅? これは貸しだからね?」
「わかってるって」
二人のやり取りに、ほんの少しではあったが、場の雰囲気はなごんだ。
「なんでもいいから、早くかかってきたらどうだ?」
ウツロ・ボーグがあきれてせかす。
「ウツロ、悪いがまたのさせてもらうぜ?」
「そういえばあんた、一回わたしたち相手に負けてたよね?」
氷潟夕真と刀子朱利が挑発した。
勝負を有利に運ぶための手段としてだったが、肝心のウツロは意に介してはいない。
「そういえばそうだったな。以前は手を焼いたおまえたちの能力、しかしいまの俺にも果たして通じるかな?」
逆に挑発で返して見せた。
「やってみなきゃわかんねえぜ、ウツロ? 行くぜ――!」
「こてんぱんにしてあげるよ、ウツロ――!」
こうしてまずは第1戦、ウツロ・ボーグと氷潟夕真&刀子朱利のバトルはそのゴングが鳴らされた。
*
「ふふふ、いよいよはじまりましたねえ」
「ぎひ……」
地下の研究施設。
ウサギのぬいぐるみの目が映しだすスクリーンの光景を、ディオティマはニマニマとしながら見つめていた。
「下手なスポーツ観戦などよりもよほど、ふふ、刺激的ですねえ。仲間同士で命を賭けて争い、戦う。人間は何も進歩などしてはいない。人間と闘争は、ふふっ、切り離すことなど不可避なのです」
「はい、ディオティマさま……」
バニーハートは隠しているつもりだが、明らかに気持ちがふさいでいた。
「安心なさい、バニーハート。ミスター鷹守は無事のはずです。おそらく頃合いを見計らって、またここへやってくるでしょう。ラウンド・スリー、そのときこそ、あなたの悲願は果たされるのですよ?」
「ぎひ……それも、そうですね」
確かにそのとおりだ。
彼は少しだが気持ちが楽になってきた。
鷹守幽、早く来い。
おまえを倒すのは、この僕だ……!
こんなふうに、みずからのモチベーションを高めていたのである。
*
「……」
冷たい治療ポッドの中で、鷹守幽は目を覚ました。
「調子はどうだい、幽くん?」
かたわらで見守っていた羽柴雛多が語りかける。
鷹守幽は口角をつり上げ、その答えとした。
「いいねえ、それでこそ幽くんだよ。思う存分暴れてこいって、先生からの許可も出てるんだ」
「ふふっ、くすくす」
二人は不気味に笑いあった。
「いっぱい、遊ぶ……」
太陽と月がひとつになって、沈黙する地下施設の防御壁をえぐった。
*
「まったく、どいつもこいつも勝手に動きおって」
「それは閣下にも言っているのか、あ?」
あるじのいない「黒い部屋」で、秘密結社・龍影会の元帥・浅倉喜代蔵と右丞相・蛮頭寺善継がにらみ合いをしている。
「お二方、落ち着きなさい。いまは組織にとって危機的な状況なのですぞ?」
電動車椅子を軋らせ、大検事・囀公三が苦言を呈した。
「危機、危機ですか。天下の龍影会に、危機がおとずれるとは……ディオティマめ、いまいましい死にぞこないめが……」
大警視・鬼鷺美影は眼光を鋭くしている。
「肝心要の閣下は眼中にないようですが、念には念をです。七卿よ、およそ推測されるすべての逃走経路をつぶし、ディオティマの動きを完全に封じるのです」
闇の中で七人ぶんの双眸が爛々と光っていた。
「鹿角元帥、よろしくお願いいたしますよ?」
「は、美影さま。龍影会立法第98条第二項に照らし、元帥号令を発動いたします」
龍影会立法第98条「元帥号令」
総帥の不在時、あるいは総帥自体に有事が発生したとき、緊急事態として元帥は強権を発動することができる。
その条項を使用したのだ。
「おのおのがた、参りますぞ」
「応っ!」
こうして巨大組織もついに動き出した。
それぞれの思惑が交差する中、それぞれの戦いもまた、開幕となっていたのである。
「ふん、いいだろう。かかってこい、柾樹」
こうして魔道へと堕ちたウツロと、リーダーを失ったチーム・ウツロとの戦いは幕を開けた。
「待ちな、南」
「?」
氷潟夕真と刀子朱利が前へ出る。
「ここは俺たちに任せな」
「氷潟、刀子。悪いがおまえらの出る幕じゃあねえ」
南柾樹の言い分はもっとものように聞こえたが――
「はん、わかんないの? ウツロとあんたたちが争うのは見てられない。だからこうして、わたしたちが名乗り出てるんじゃない。それくらい察してよね?」
「刀子……」
思わぬ気づかいに、南柾樹の頭はだいぶ冷静になった。
「勘違いしないでよね? これは組織のことを第一に考えての判断なんだから」
「ふふっ、朱利。あなた、だいぶ丸くなったよね?」
星川雅がうしろでほくそ笑む。
「はあ? 何をわけのわからないことを。勘違いするなって言ったばかりじゃん?」
「はいはい。でもわたし、そういうの、嫌いじゃないよ?」
「ああ、ムカつく……いい、雅? これは貸しだからね?」
「わかってるって」
二人のやり取りに、ほんの少しではあったが、場の雰囲気はなごんだ。
「なんでもいいから、早くかかってきたらどうだ?」
ウツロ・ボーグがあきれてせかす。
「ウツロ、悪いがまたのさせてもらうぜ?」
「そういえばあんた、一回わたしたち相手に負けてたよね?」
氷潟夕真と刀子朱利が挑発した。
勝負を有利に運ぶための手段としてだったが、肝心のウツロは意に介してはいない。
「そういえばそうだったな。以前は手を焼いたおまえたちの能力、しかしいまの俺にも果たして通じるかな?」
逆に挑発で返して見せた。
「やってみなきゃわかんねえぜ、ウツロ? 行くぜ――!」
「こてんぱんにしてあげるよ、ウツロ――!」
こうしてまずは第1戦、ウツロ・ボーグと氷潟夕真&刀子朱利のバトルはそのゴングが鳴らされた。
*
「ふふふ、いよいよはじまりましたねえ」
「ぎひ……」
地下の研究施設。
ウサギのぬいぐるみの目が映しだすスクリーンの光景を、ディオティマはニマニマとしながら見つめていた。
「下手なスポーツ観戦などよりもよほど、ふふ、刺激的ですねえ。仲間同士で命を賭けて争い、戦う。人間は何も進歩などしてはいない。人間と闘争は、ふふっ、切り離すことなど不可避なのです」
「はい、ディオティマさま……」
バニーハートは隠しているつもりだが、明らかに気持ちがふさいでいた。
「安心なさい、バニーハート。ミスター鷹守は無事のはずです。おそらく頃合いを見計らって、またここへやってくるでしょう。ラウンド・スリー、そのときこそ、あなたの悲願は果たされるのですよ?」
「ぎひ……それも、そうですね」
確かにそのとおりだ。
彼は少しだが気持ちが楽になってきた。
鷹守幽、早く来い。
おまえを倒すのは、この僕だ……!
こんなふうに、みずからのモチベーションを高めていたのである。
*
「……」
冷たい治療ポッドの中で、鷹守幽は目を覚ました。
「調子はどうだい、幽くん?」
かたわらで見守っていた羽柴雛多が語りかける。
鷹守幽は口角をつり上げ、その答えとした。
「いいねえ、それでこそ幽くんだよ。思う存分暴れてこいって、先生からの許可も出てるんだ」
「ふふっ、くすくす」
二人は不気味に笑いあった。
「いっぱい、遊ぶ……」
太陽と月がひとつになって、沈黙する地下施設の防御壁をえぐった。
*
「まったく、どいつもこいつも勝手に動きおって」
「それは閣下にも言っているのか、あ?」
あるじのいない「黒い部屋」で、秘密結社・龍影会の元帥・浅倉喜代蔵と右丞相・蛮頭寺善継がにらみ合いをしている。
「お二方、落ち着きなさい。いまは組織にとって危機的な状況なのですぞ?」
電動車椅子を軋らせ、大検事・囀公三が苦言を呈した。
「危機、危機ですか。天下の龍影会に、危機がおとずれるとは……ディオティマめ、いまいましい死にぞこないめが……」
大警視・鬼鷺美影は眼光を鋭くしている。
「肝心要の閣下は眼中にないようですが、念には念をです。七卿よ、およそ推測されるすべての逃走経路をつぶし、ディオティマの動きを完全に封じるのです」
闇の中で七人ぶんの双眸が爛々と光っていた。
「鹿角元帥、よろしくお願いいたしますよ?」
「は、美影さま。龍影会立法第98条第二項に照らし、元帥号令を発動いたします」
龍影会立法第98条「元帥号令」
総帥の不在時、あるいは総帥自体に有事が発生したとき、緊急事態として元帥は強権を発動することができる。
その条項を使用したのだ。
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