桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

文字の大きさ
219 / 244
第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)

第57話 元帥号令

しおりを挟む
「アクタとの誓いに賭けてウツロ、俺がおまえの目を覚まさしてやんよ!」

「ふん、いいだろう。かかってこい、柾樹まさき

 こうして魔道へと堕ちたウツロと、リーダーを失ったチーム・ウツロとの戦いは幕を開けた。

「待ちな、みなみ

「?」

 氷潟夕真ひがた ゆうま刀子朱利かたなご しゅりが前へ出る。

「ここは俺たちに任せな」

「氷潟、刀子。悪いがおまえらの出る幕じゃあねえ」

 南柾樹みなみ まさきの言い分はもっとものように聞こえたが――

「はん、わかんないの? ウツロとあんたたちが争うのは見てられない。だからこうして、わたしたちが名乗り出てるんじゃない。それくらい察してよね?」

「刀子……」

 思わぬ気づかいに、南柾樹の頭はだいぶ冷静になった。

「勘違いしないでよね? これは組織のことを第一に考えての判断なんだから」

「ふふっ、朱利。あなた、だいぶ丸くなったよね?」

 星川雅ほしかわ みやびがうしろでほくそ笑む。

「はあ? 何をわけのわからないことを。勘違いするなって言ったばかりじゃん?」

「はいはい。でもわたし、そういうの、嫌いじゃないよ?」

「ああ、ムカつく……いい、雅? これは貸しだからね?」

「わかってるって」

 二人のやり取りに、ほんの少しではあったが、場の雰囲気はなごんだ。

「なんでもいいから、早くかかってきたらどうだ?」

 ウツロ・ボーグがあきれてせかす。

「ウツロ、悪いがまたのさせてもらうぜ?」

「そういえばあんた、一回わたしたち相手に負けてたよね?」

 氷潟夕真と刀子朱利が挑発した。

 勝負を有利に運ぶための手段としてだったが、肝心のウツロは意に介してはいない。

「そういえばそうだったな。以前は手を焼いたおまえたちの能力、しかしいまの俺にも果たして通じるかな?」

 逆に挑発で返して見せた。

「やってみなきゃわかんねえぜ、ウツロ? 行くぜ――!」

「こてんぱんにしてあげるよ、ウツロ――!」

 こうしてまずは第1戦、ウツロ・ボーグと氷潟夕真&刀子朱利のバトルはそのゴングが鳴らされた。

   *

「ふふふ、いよいよはじまりましたねえ」

「ぎひ……」

 地下の研究施設。

 ウサギのぬいぐるみの目が映しだすスクリーンの光景を、ディオティマはニマニマとしながら見つめていた。

「下手なスポーツ観戦などよりもよほど、ふふ、刺激的ですねえ。仲間同士で命を賭けて争い、戦う。人間は何も進歩などしてはいない。人間と闘争は、ふふっ、切り離すことなど不可避なのです」

「はい、ディオティマさま……」

 バニーハートは隠しているつもりだが、明らかに気持ちがふさいでいた。

「安心なさい、バニーハート。ミスター鷹守たかもりは無事のはずです。おそらく頃合いを見計らって、またここへやってくるでしょう。ラウンド・スリー、そのときこそ、あなたの悲願は果たされるのですよ?」

「ぎひ……それも、そうですね」

 確かにそのとおりだ。

 彼は少しだが気持ちが楽になってきた。

 鷹守幽たかもり ゆう、早く来い。

 おまえを倒すのは、この僕だ……!

 こんなふうに、みずからのモチベーションを高めていたのである。

   *

「……」

 冷たい治療ポッドの中で、鷹守幽は目を覚ました。

「調子はどうだい、幽くん?」

 かたわらで見守っていた羽柴雛多はしば ひなたが語りかける。

 鷹守幽は口角をつり上げ、その答えとした。

「いいねえ、それでこそ幽くんだよ。思う存分暴れてこいって、先生からの許可も出てるんだ」

「ふふっ、くすくす」

 二人は不気味に笑いあった。

「いっぱい、遊ぶ……」

 太陽と月がひとつになって、沈黙する地下施設の防御壁をえぐった。

   *

「まったく、どいつもこいつも勝手に動きおって」

「それは閣下にも言っているのか、あ?」

 あるじのいない「黒い部屋」で、秘密結社・龍影会りゅうえいかいの元帥・浅倉喜代蔵あさくら きよぞうと右丞相・蛮頭寺善継ばんとうじ よしつぐがにらみ合いをしている。

「お二方、落ち着きなさい。いまは組織にとって危機的な状況なのですぞ?」

 電動車椅子を軋らせ、大検事・囀公三さえずり こうぞうが苦言を呈した。

「危機、危機ですか。天下の龍影会に、危機がおとずれるとは……ディオティマめ、いまいましい死にぞこないめが……」

 大警視・鬼鷺美影きさぎ みかげは眼光を鋭くしている。

「肝心要の閣下は眼中にないようですが、念には念をです。七卿しちきょうよ、およそ推測されるすべての逃走経路をつぶし、ディオティマの動きを完全に封じるのです」

 闇の中で七人ぶんの双眸が爛々と光っていた。

鹿角元帥ろっかくげんすい、よろしくお願いいたしますよ?」

「は、美影さま。龍影会立法第98条第二項に照らし、元帥号令を発動いたします」

 龍影会立法第98条「元帥号令」

 総帥の不在時、あるいは総帥自体に有事が発生したとき、緊急事態として元帥は強権を発動することができる。

 その条項を使用したのだ。

「おのおのがた、参りますぞ」

「応っ!」

 こうして巨大組織もついに動き出した。

 それぞれの思惑が交差する中、それぞれの戦いもまた、開幕となっていたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...