桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)

第60話 愛の力

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「ウツロ、わたしが相手だ――!」

 真田龍子さなだ りょうこ、一番うしろにいた彼女が、のどが裂けるほどの勢いで叫んだ。

 そのままつかつかと、前のほうへやってくる。

「龍子、どうだい? 俺はこんなに強くなっ――」

 ぱしん!

「……」

 ウツロ・ボーグのほほを、平手が打った。

 そのまなじりは、すっかりと腫れあがっている。

「また魔堕ちしちゃって、戻ってきなさいよ!」

 涙もしとどに訴えかける。

「で?」

「……」

「また俺の心の中へ入って、前と同じようにするつもりかい?」

「ウツロ……」

「そうはさせない。いや、おそらくやっても無駄だよ?」

「ウツロ、戻ってきてよ……」

 必死の説得も、いまのウツロにはまるで耳に入ってはいないのだ。

「なあ龍子、人間なんてクソくだらない存在なんだ。こちらが助けてやったって、次の瞬間には唾を吐きかけてくる。そんな連中さ。人間のクズって言葉があるだろ? そうじゃない。人間はクズが正解なんだ。父さんの言うとおりだった。人間という存在は、間違っているんだ」

 一同は息が詰まる思いだった。

 あれほど人間という存在を愛していた彼が、いまはまるで逆になってしまっている。

 道具は使う者次第。

 当のウツロがよく使う言葉が思い出された。

「だからね、人間は駆逐しなければならない。わかってくれるよね、龍子?」

「う、ううっ……」

 ウツロ・ボーグにしがみついたまま、真田龍子は崩れ落ちてしまった。

 絶望。

 それ以上でも以下でもない。

 いったいどうすれば、彼の目を覚ますことができるというのか?

「ふん、窮鼠猫をかむ、か――」

 上空から回転蹴りが放たれる。

日和ひより――っ!」

 万城目日和まきめ ひより、彼女だ。

「はっ――!」

 ウツロの攻撃をかわしつつ、万城目日和は真田龍子をすくい取り、うしろへ間合いを取った。

「日和……」

「龍子、あきらめんな。必ずウツロを助け出す方法はあるはずだ」

「でも、どうすれば……」

「わかんねえ、わかんねえが、いまは戦うしかねえ。みやび、すまねえが龍子も頼む」

「日和、あなた……」

 刀子朱利かたなご しゅりに肩を貸す星川雅ほしかわ みやびに、万城目日和は真田龍子も預けた。

「次はおまえか、日和」

 ウツロ・ボーグは悠々とした態度だ。

「ウツロ、俺はおまえに助けられた。だから今度は、俺がおまえを助ける番だ……!」

 凛然としてかまえを取る。

「どいつもこいつも、わからないやつらだな」

「へっ、わからず屋はどっちか、いま教えてやるよ!」

「そうか。では、かかってくるがいい」

 前方へ進むとき、万城目日和はささやいた。

「龍子、ウツロは俺がさし違えてでももとに戻してやる。だからおまえは、あいつと幸せになってくれや」

「……」

 その意味を、みんなは即座に理解した。

 日和は、死ぬ気だ……

 どうする?

 止めるか?

 しかしこの状況、果たしてそれが正しい行為なのか?

 そんなふうに混乱している間にも、彼女は愛する者へと近づいていく。

 どうする?

 どうする……!?

「待つんだ、日和さん」

「――!?」

 姫神壱騎ひめがみ いっき、彼が前へと出た。

「何もひとりで戦うことはない、ここは俺も、ぜひ加勢させてほしいんだ」

「壱騎さん……」

 この行動には万城目日和も驚いた。

 ウツロ・ボーグと対峙する彼女の横に、姫神壱騎も並び立つ。

「ウツロ、日和さんと同様、俺も君に助けられた存在だ。ここで黙っていられるほど、俺は人間ができてはいない」

 このように宣言した。

「おやおや、壱騎さんまで。お好きですよね、存在だの、人間だの」

 ウツロはあきれた表情だ。

「ま、ご自由にどうぞ。どうせ地獄へ落ちるのなら、ひとりよりも二人のほうがさみしくはないでしょう」

 いっこうに意に介してはいない。

 いっぽうで姫神壱騎は、万城目日和に耳打ちをする。

「日和さん、もしこの場を無事に切り抜けられたときは、俺としない?」

 意外なことを口にしたが、彼女は良い意味で肩の力が抜けた。

「いいっすねえ、壱騎さん。何なら地獄ででもいいっすよ?」

 このように合わせてみせる。

 しかしそれは、心から思ったことだった。

「ふふっ、素敵だね。俺たち、けっこうウマが合うかもよ?」

「俺も龍子じゃねえけど、年上って興味あるっす」

「来世でいっしょになる?」

「いや、どうせならいまのほうが」

 顔をほころばせ、くすくすと笑いあう。

「おい、何をくだらないことを話しているんだ? さっさとかかってこい」

 ウツロ・ボーグはいらだった。

「じゃあ行くぜ、ウツロ?」

「愛の力で、俺たちは勝つ!」

 げんなりする彼を前に、二人は能力を解放する。

「アルトラ、リザード――!」

「アルトラ、ドラゴン・ライド――!」

 悲劇的な戦闘の第2回戦は、こうしてその幕を上げたのであった。
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