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第2話 崩れる日常
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「おはよう。」
「どうしたのそんな浮かない顔して。」
奈津から話しかけられたのは、ちょうど、夢の声の女性について電車を待ちながら考え事をしていたところだった。
今朝は、朝起きるのもおっくうで祖母に無理やり起こされてしまった。
祖母からは、
「水見の巫女のお勤めをおろそかにするようでは困わよ。朝は強い子だったのにどうしたのかしら。」
と小言を言われてしまった。
祖母に小言を言われたことはほとんど無い。聞き分けのいい子だったということもあるだろうが、いつもおおらかでほほえみを絶やさない祖母は、たいていのことは笑って流してくれた。
美琴の日課は朝の5時には起き、自宅内の社を清め、朝の供物をお供えすることから始まる。
中学に上がるぐらいには毎日の日課をこなすようになっていた。
もう身に沁みついていたはずなのに今日は全く寝床から起き上がることができなかった。眠いというより、
消耗が激しいといった方が正解だ。
昨日の夢の中で語りかけてくる女性の声が耳元から離れない。体も夢の中の水流で押されているように重かった。
「昨日の夢のせいかな。」
一人つぶやきながらお勤めに集中することにした。
印を結び、祝詞を唱えていく。
「水が正中線を通って、下半身から頭上に抜け蒼天に達し、降ってきた雨が大地を通じてまた下半身から入っていくような巡る感覚を持ちなさい。」
物心ついたころから、遊びの延長としてこの感覚を身に着けるように訓練されてきた。
強要された記憶は一度もない。
師匠である祖母は、師匠というより、子雛を懐で抱いて温める親鳥のように、いつも優しく諭すように見守ってくれている。
「こっちゃんは、素直な子だから、身をまかせんしゃい。」
普通は、この感覚をつかむまでに長い時間がかかるらしい。
しかし、美琴は祖母の言葉道理に、この感覚を直ぐにつかむことが出来た。
そしてその全てとつながるような感覚が大好きだ。
だから、祖母の教える祝詞や水気の操り方が面白くて仕方なかった。
祖母は教え込むというより、孫に、言葉遊びや、不思議な遊びを教えるように教えてくれた。
今日も、水気を満たし、流れに乗り身をまかせると解放された気分で気持ち良かった。
まるで、朝露の残る草原を一陣の風となって駆け抜けているような気分だった。
「ほんに、この子は水気に愛されておるね。今日は心配したが、大丈夫そうだね。」
そういう祖母の笑顔をまっすぐ見ることができなかった。
「夢のことを話すべきだろうか。」
「いや良い、変な心配かけたくないし、水気が引き寄せてるなら何らかのお告げが来るでしょ。」
美琴は心の中でかぶりを振ってわいた考えを否定した。
相談ならお告げがあってからでも問題ない。
しかし、包み込むような優しい祖母にうそをついているようで心にしこりが出来たことは事実だった。
「ほらまた考え事してる。」
「どうしたの、美琴らしくないぞ。いつもあっけらかんとしてるのに。」
「ごめんごめん、昨日あんまり眠れなくてさ。」
奈津に添う言い訳をすると、自分自身でも柄にもないと思った。
美琴は、元来些細なことを気にするたちではない。
家のことも周りはみんな普通の神社だと思っている。
しかし、実際は水鏡という、魂その物が隠り世と常世とを行き来する命の吹き溜まりの様な場所を祭り、清める事を生業としている。
その為、日々、日常では考えられないような怪異が持ち込まれ相談されてきた。
もっとも、美琴は巫女見習いとして祖母の手助けをして一緒に水見式などを行ったりするだけで、具体的にどういう相談が持ち込まれているのかなどは知らない。
というより今までは興味がなかったといった方が良かった。
だから、家のことも少し変わった神社ぐらいにしか今までは思っていなかった。
自分の身に怪異が降りかかるまでは。
しかし今の時点では知る由もない。
美琴は、親友の言葉通りにとりついた考えを振りほどくことにした。
「何でもないって、それより早く行こう。」
「ねえ、放課後どうする。美琴もお勤めまでに帰ればいいんでしょ。」
「じゃあ、カラオケ行こっか。」
他愛もない、いつもの日常。
無理やりそう思うようにした。
今まで自分の生い立ちや環境にあまり疑念を感じたことが無かった。
しかし、一度流れ出した水がとまらないように、美琴の心にも何かが確実に流れ込んできていた。
それを無理やり平静を装うことで、なかったことにしようとしていた。
起こった感情を無理やりに押し込め、親友とのたわいもない会話に置き換えようとした瞬間、心の底で水音が響いた気がした。
思わずはっとなり立ち止まってしまった。
「どうしたの美琴、あんたやっぱり今日変だよ。」
「だ、大丈夫、ちょっと忘れ物した気がしただけ。
何でもない。」
親友に苦しい言い訳をすると呼吸を整え、全てを振り払おうとした。
「今は、学校の事だけかんがえよ。」
かぶりを振り、親友を追いかける美琴のその足元で、水たまりのように水が跳ねて見えたのはその時だった
「どうしたのそんな浮かない顔して。」
奈津から話しかけられたのは、ちょうど、夢の声の女性について電車を待ちながら考え事をしていたところだった。
今朝は、朝起きるのもおっくうで祖母に無理やり起こされてしまった。
祖母からは、
「水見の巫女のお勤めをおろそかにするようでは困わよ。朝は強い子だったのにどうしたのかしら。」
と小言を言われてしまった。
祖母に小言を言われたことはほとんど無い。聞き分けのいい子だったということもあるだろうが、いつもおおらかでほほえみを絶やさない祖母は、たいていのことは笑って流してくれた。
美琴の日課は朝の5時には起き、自宅内の社を清め、朝の供物をお供えすることから始まる。
中学に上がるぐらいには毎日の日課をこなすようになっていた。
もう身に沁みついていたはずなのに今日は全く寝床から起き上がることができなかった。眠いというより、
消耗が激しいといった方が正解だ。
昨日の夢の中で語りかけてくる女性の声が耳元から離れない。体も夢の中の水流で押されているように重かった。
「昨日の夢のせいかな。」
一人つぶやきながらお勤めに集中することにした。
印を結び、祝詞を唱えていく。
「水が正中線を通って、下半身から頭上に抜け蒼天に達し、降ってきた雨が大地を通じてまた下半身から入っていくような巡る感覚を持ちなさい。」
物心ついたころから、遊びの延長としてこの感覚を身に着けるように訓練されてきた。
強要された記憶は一度もない。
師匠である祖母は、師匠というより、子雛を懐で抱いて温める親鳥のように、いつも優しく諭すように見守ってくれている。
「こっちゃんは、素直な子だから、身をまかせんしゃい。」
普通は、この感覚をつかむまでに長い時間がかかるらしい。
しかし、美琴は祖母の言葉道理に、この感覚を直ぐにつかむことが出来た。
そしてその全てとつながるような感覚が大好きだ。
だから、祖母の教える祝詞や水気の操り方が面白くて仕方なかった。
祖母は教え込むというより、孫に、言葉遊びや、不思議な遊びを教えるように教えてくれた。
今日も、水気を満たし、流れに乗り身をまかせると解放された気分で気持ち良かった。
まるで、朝露の残る草原を一陣の風となって駆け抜けているような気分だった。
「ほんに、この子は水気に愛されておるね。今日は心配したが、大丈夫そうだね。」
そういう祖母の笑顔をまっすぐ見ることができなかった。
「夢のことを話すべきだろうか。」
「いや良い、変な心配かけたくないし、水気が引き寄せてるなら何らかのお告げが来るでしょ。」
美琴は心の中でかぶりを振ってわいた考えを否定した。
相談ならお告げがあってからでも問題ない。
しかし、包み込むような優しい祖母にうそをついているようで心にしこりが出来たことは事実だった。
「ほらまた考え事してる。」
「どうしたの、美琴らしくないぞ。いつもあっけらかんとしてるのに。」
「ごめんごめん、昨日あんまり眠れなくてさ。」
奈津に添う言い訳をすると、自分自身でも柄にもないと思った。
美琴は、元来些細なことを気にするたちではない。
家のことも周りはみんな普通の神社だと思っている。
しかし、実際は水鏡という、魂その物が隠り世と常世とを行き来する命の吹き溜まりの様な場所を祭り、清める事を生業としている。
その為、日々、日常では考えられないような怪異が持ち込まれ相談されてきた。
もっとも、美琴は巫女見習いとして祖母の手助けをして一緒に水見式などを行ったりするだけで、具体的にどういう相談が持ち込まれているのかなどは知らない。
というより今までは興味がなかったといった方が良かった。
だから、家のことも少し変わった神社ぐらいにしか今までは思っていなかった。
自分の身に怪異が降りかかるまでは。
しかし今の時点では知る由もない。
美琴は、親友の言葉通りにとりついた考えを振りほどくことにした。
「何でもないって、それより早く行こう。」
「ねえ、放課後どうする。美琴もお勤めまでに帰ればいいんでしょ。」
「じゃあ、カラオケ行こっか。」
他愛もない、いつもの日常。
無理やりそう思うようにした。
今まで自分の生い立ちや環境にあまり疑念を感じたことが無かった。
しかし、一度流れ出した水がとまらないように、美琴の心にも何かが確実に流れ込んできていた。
それを無理やり平静を装うことで、なかったことにしようとしていた。
起こった感情を無理やりに押し込め、親友とのたわいもない会話に置き換えようとした瞬間、心の底で水音が響いた気がした。
思わずはっとなり立ち止まってしまった。
「どうしたの美琴、あんたやっぱり今日変だよ。」
「だ、大丈夫、ちょっと忘れ物した気がしただけ。
何でもない。」
親友に苦しい言い訳をすると呼吸を整え、全てを振り払おうとした。
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