22 / 38
4,水仙の君
4-2
しおりを挟む
午前の部の終了宣言がされた後、俺達は昼食のために第一保健室に向かったのだが、祐子さんを始めとする風紀委員の先輩達に取り囲まれての移動になった。
今日もマリネルはお弁当を作ってきたらしく、今日の所は要らぬ騒動を起こさないために、第一保健室でお弁当を食べることになったのだ。途中でブラッゲが教室に弁当を取りに行ってくれた。
「じゃあ、味気ないかも知れないけど、ここにシートを敷いて、ご飯にしましょうか」
ブラッゲに遅れて第一保健室に現れたテリエさんが嬉しそうに言った。
私もご飯持って来ちゃった、とはしゃぐテリエさんの手には、ピンク色で小さな象が描かれた模様の布に包まれた弁当箱らしき物が握られていた。ピンクですか。手作りですか。何かとNGを連発したかった俺だが、エスター達が何も言わないところを見ると、NGを出しているのは俺だけのようだ。ここでは俺自身がNGなのか?
「あ、それと、表にフェリスレイ姫がいらっしゃったみたいですが・・・」
テリエさんの言葉にエスターが俺を見た。お前の担当だとその目が語っている。
俺はやれやれとドアに向かった。
この第一保健室周辺には、救急以外の一般生徒の立ち入りが禁止されているらしく、廊下に顔を出しても、人影は見あたらなかった。
もとい、不審な人影がコソコソとトイレに隠れていくのが見えた。
ただし、ログミールだけは、その場に突っ立っている。
そのログミールの襟を掴み、トイレに引っ張り込もうとする手が見えるが、ログミールはその場に根を生やしたようにびくとも動かない。
俺が手招きすると、ログミールがやってきた。しかも襟を掴んだ手の主、すなわちペイゼルを難なく引きずって歩いてくる。
あ、こら、ログミール、そちらには・・・・
引きずられながら、文句をいうペイゼルと、その後ろにはおろおろとしながら付いてくるトライとムラウラである。
「ご飯」
「だそうです」
俺が短く言うと、ログミールがペイゼルを振り向いた。
ペイゼルは立ち上がり、スカートの裾を軽く叩くと、明後日の方向を向いたまま、わかりましてよと答えた。
俺達は、食事を始めた。
今日はおにぎりがメインであった。
流石に二人も姫様がいるので、マリネルとテリエさんは少々離れた場所に座っている。
マリネルにしてみれば、ブラッゲもエスターと同じように、気兼ねをしてしまう相手の様であった。ブラッゲは史上最年少で騎士の位に就いた天才騎士なのだそうだ。
もともと女性恐怖症の気があり、それに加えて、姫様と騎士様という事実に、腰が引け、借りてきた猫状態のマリネルであるが、エスターに今までと同じ態度を示す努力をしないのならば、残念だが私のチームにはいられないことになると冷たく宣言されたため、それでも必死で同じ態度をとろうとはしていた。
しかし、実のところ、俺とエスター、それにログミールを除く全員が全員ともに腰が引けているというか、動きがぎこちない。ブラッゲまでも、俺の事をちらちらと盗み見している状況である。
「しかし、驚きました、何の手品ですか?友弥様が、あの水仙の君とかセンスのかけらもない命名をされてしまったお方だとは、思ってもいませんでした」
おにぎりを片手に、ログミールがこちらを向いた。
マリネルが顔を上げた。何のことか聞きたいが、口がきけないと言う様子である。
「この前外出した時、ちょっとしたハプニングがあったろ?あの時に、近くにいたらしい」
「え・・・じ、じゃあ」
マリネルが呟いた。ちらちらとエスターに視線を向ける。
「え・・・・・え、エスターの好みの男の子でもある・・・の?友弥は」
マリネルの突然の爆弾発言に、ペイゼルとエスターが同時に吹き出した。とても良いタイミングで、借りてきた猫が牙を剥いた一場面であるが、二人の被害を正面にいた俺が一手に引き受けていたので手放しに楽しめない俺である。
「そ、そんなこと言って・・・た・・・よね?」
「そ、そ、そんなこと」
ペイゼルが慌てる。そしてエスターを睨み付けた。
「あなた、まさか貴方はまた邪魔をしようと考えているのでは有りますまいね」
「落ち着け、ペイゼル」
エスターは俺に手拭きを差し出しながら、努めて冷静な口調でペイゼルを宥めた。
「そうです、落ち着いてください、そもそも、貴方様は最初から自分でそのレースから降りているのですから、邪魔も何も有りません」
ログミールの言葉がペイゼルを貫いた。
がっくりと手をついたペイゼル。
「あら?どういう事なの?」
テリエさんが聞いてきた。
「例えば、テリエ様、貴方が【低脳、猿、原住民、バナナをやるから向こうへ行け】と言われて、その女に好印象を持ちますか?」
「それは、流石に・・・・・・」
テリエさんが絶句したが、俺はペイゼルの言葉はあまり気にならない。というか、気に入っているとすら言えるかも知れない。ペイゼルは、面白い奴だと思うのだが・・・
俺はYシャツが米粒と紅茶にまみれているに気が付いた。
仕方なくYシャツを脱ぐと、ノースリーブのTシャツにまでは染みていないようでほっとした。
「な、な、何をしている!」
それまで落ち着き払っていたエスターが叫んだ。
「ちょ、ちょっと、矢田貝君!」
テリエさんも驚愕の表情で固まる。その場にいた者達が全員驚愕の顔を向けてきた。
「?洗わないと、落ちなくなる」
俺は立ち上がり、保健室に設けられているシンクに行くと、湯沸かし器の湯温を調整してYシャツを洗おうとした。
「ここで洗い物したらまずいですか?」
「そ、そ、そうじゃなくて、矢田貝君、貴方、下着姿」
「?これTシャツですが」
俺の言葉に、保健室内の全員が明らかに安堵したのが分かる。
「そ、そうなの、びっくりしたわ」
とテリエさん。
「?」
何に安堵しているのか分からない俺の顔を見てエスターが咳払いをした。
「そうだな、今の光景を、お前に分かるように言うとだ、いきなりお前の目の前で女がブラウスを脱いでそれを洗い出したとする。お前は驚かないか?」
「え?そういうことなの?」
「そうだ、そして慌てたお前は、これは水着ですと聞かされる」
「それは、驚くね」
嬉しいかも知れないけどとは思ったが、真っ赤になり後ろを向いた女性陣にその様な事は到底言い出せない雰囲気である。
テリエさんがハンガーを貸してくれたので、窓際にあったタオルなどを干す収納式の棒に引っかけた。
「着替えは持っているのよね?」
「そういえば、Yシャツの替えなんか持ってきていないな・・・・」
テリエさんの素朴な質問に、俺はここに至って、気が付く。
「・・・・き・・・昨日、僕持ってきたよ?」
おずおずとマリネルが言った。
「入ってなかったと思う」
俺は預けておいた荷物をベッドの脇から取り出して、中を確認した。やっぱりない。
そう言えばこの着流しどうしよう。寮で洗ってから何気なく置いておけばいいか。
「・・・じ、じゃあやっぱり、え、エスターの着流しと、友弥のYシャツを入れ間違えたのかな、急いでいたから・・・・」
「私の着流し?無かったが?」
エスターが立ち上がり、自分の荷物を確認しに来た。
「と、友弥の中に入っていなかった?」
マリネルの言葉に、隣で荷物を確認していたエスターと、互いの顔を見合ってしまった。
俺は恐る恐る、着流しを取り出し、エスターに差し出した。
それを受け取ったエスターが自分のボストンバッグに収めるついでに、俺のYシャツを取り出した。
「・・・・・ない?」
不安げなマリネルの声。
「「あった」」
「そう、よかった」
俺はYシャツに袖を通した。
エスターが視線を逸らしている。
あれ?この香りって・・・・
Yシャツからエスターの香りがした。
そう言えば昨夜、エスターって大きめのYシャツ着ていたような・・・・・・
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「とりあえず、飯を食うか」
「賛成だ」
俺達は気まずい雰囲気の中、食事を再開した。
初日の午後は、軽くあちこちを覗いた程度で終わってしまった。
風紀委員の人達に囲まれながら、俺達は部活巡りを行ったのであるが、ログミールが文字通り俺達にぴったりと張り付いていた。なんでも俺達の会話や行く先の情報を収集して、後続のペイゼル達に伝達しているという事だった。
ログミール曰く
「ペイゼル様の言葉をそのままゲロするのならば、むっつりスケベと一緒にさせては友弥様の身が危ういのだそうです」
誰がむっつりだとエスターが珍しくも大衆の面前で切れそうになっていた。
途中何回か、後を付けてくるペイゼル達が先回りしていたのが不思議に思ったが、お気になさらずにと言いながら、ログミールはホッチキスの様なものをかちかちと鳴らしていた。
エスターによるとそれは既に使われなくなって久しい短距離通信の機械だそうだ。モールス信号の様なものと俺は理解した。
表層心理通信でリンクを掛けておけば良いのではと言った俺だが、帰ってきた言葉によると、大がかりになる上に、中途半端な表層心理通信はインターラプトされる可能性があるということであった。
俺達は十八時になった時点で寮へ戻った。
寮に帰ったら、アミアミ姉ちゃんの膝が待っているのかと覚悟を決めていたのだが、今晩は泊まりがけになってしまいそうだと連絡が有った。かなりの数の学生達が校舎内に留まっているおかげで、それの監督管理に借り出されたそうである。
受話器を置いた俺にエスターの視線が突き刺さっていた。
だから、貴方の偶像を破壊したのは俺が原因じゃないってば・・・・・・
ともあれ、俺達は食事も終わり、各自の部屋で寛いでいるのだが、男女混合の部屋では流石にまずいであろうと言われて、それぞれの座敷は引き戸で仕切られてしまった。
自宅の自室よりかは広いはずなのだが、今までが広かったので俺は閉塞感を感じていた。
それぞれの座敷を区切る事になった引き戸は四枚組の板製である。
俺はエスター側の板戸を叩いた。
「おーい、エスター、ちょいと相談が有るんだが、開けて良いか?」
「ま、まて、少しだけ待て」
慌てたエスターの声。流石にナニをするにはまだ早い時間だよなと首を傾げていると、入って良いぞと声が掛かった。
引き戸を開けると、卓袱台の上にパルクを置き、背筋を伸ばしてこちらに向かって座っているエスターがいた。
なぜか涙目になっている。
「どうした?」
用が有るはずの俺が聞いてしまった。
「わ、私は誠実であろうと思うのだ・・・・・」
「違うのか?」
俺はエスターの対面に腰を下ろすと聞いた。
「け、消したぞ、全て消した、綺麗さっぱりと、全て消した。これで誠実だとは言わないが、しかし、全て消した」
エスターはパルクをこちら側に向けた。リンクレディー状態で有ったので、俺がリンクを確立すると、例のファイルが全て消去されていた。
「・・・・・頑張ったな」
「う、うむ、なんてことはない、以前から捨てようと思っていたからな・・・・・・」
そうは言うが、今まで迷い迷っていたがいきなり俺が声を掛けたから、勢いで消しただろとは言えなかった。
「ものは相談なんだが」
俺はあえてその話題を避ける事にした。
「この板戸さ、寝る時と着替えの時以外は、少なくとも半分は開けておかないか?息苦しくてかなわない」
「ああ、私は構わないが」
「じゃあ、南側を開けておくぞ、部屋の北側に寄れば、俺の部屋からこちらは覗けないから、安心していいよ」
「いや、それは私の台詞だ、私は覗いたりはしない」
俺はブラッゲにも同じ提案をしたのだが、こちらはきっぱりと断られた。男子の部屋が常時見えるなどと言う状況にあることは望ましくないと硬派なブラッゲであった。
ブラッゲ側は諦めて、寝転がりながらパンフレットを開き、明日の予定をチェックしていると、ペイゼルの声が聞こえた。
「す、すみません、友弥様、エスターに用事があるのですが」
障子を開けると、携帯電話を手にしたペイゼルがそわそわしながら立っていた。
俺がどうぞと言って脇に避けると、ペイゼルはまるで出来の悪いロボットのように、かくかくと歩いていった。
「ん?どうした?」
エスターの声が聞こえる。俺はチェックを再開した。
「貴方に電話です」
「私に?なぜお前が?」
「良いから、さっさとお出になりなさい」
「私だ・・・・・・は、失礼いたしました、少々お待ち下さい。ペイゼル、すまないが、友弥と話しでもしていてくれ」
エスターが大股で俺の部屋を横切っていった。
「友弥、ペイゼルの相手を頼む」
「ああ、良いけど?」
振り向くと、エスターの座敷との境界に立ちつくしたペイゼルがそこにいた。
「あ、そうだペイゼル、お前達、明日の予定どうなってる?どうせならみんなで一緒に回らないか?」
「え?よ、よろしいのですか?」
俺は顔を上げた。
「マリネルー、明日ペイゼル達も一緒で大丈夫かー?」
俺は板戸越しにマリネルに声を掛ける。
少々間が開き、おどおどとした声でマリネルが大丈夫と答えて来たので、俺はペイゼルに座布団を勧めた。
「お、お邪魔いたします」
借りてきた猫の様に、座布団の上に正座をするペイゼル。金髪縦ロールの如何にもお金持ちで我が儘そうなペイゼルが日本間の座布団に正座する姿は、なかなかミスマッチで俺的には良いなと思った。
「んで、どこに行く予定だったんだ?」
俺はペイゼルが答えた行き先をチェックしていった。二、三こちらの予定とは異なる物が有るが、時間が掛かりそうなものではなかったので、いけると判断した。
ペイゼルと巡回ルートを考えていると、エスターが戻ってきた。
「礼を言う」
戻ってきたエスターがペイゼルに携帯電話を返した。
「かまいませんことよ、だけどなぜ貴方に?」
「ヤボ用だ、それと友弥、着替えろ学校に行くぞ」
「あ?ああ、わかった」
「ちょっとお待ちなさい、母上が貴方にヤボ用などと・・・・・・・・」
慌ててエスターの後を追いかけたペイゼルの言葉が途中で途切れた。
着替えようとTシャツを脱いだ俺を見てペイゼルが固まったのだ。
エスターの手が板戸の影から伸び、固まったペイゼルの襟首を掴んだ。
そのままペイゼルを引きずり込むと、板戸が締められた。
「○×○×○×○×○×」
言葉にならないペイゼルのうめき声が聞こえた。
今日もマリネルはお弁当を作ってきたらしく、今日の所は要らぬ騒動を起こさないために、第一保健室でお弁当を食べることになったのだ。途中でブラッゲが教室に弁当を取りに行ってくれた。
「じゃあ、味気ないかも知れないけど、ここにシートを敷いて、ご飯にしましょうか」
ブラッゲに遅れて第一保健室に現れたテリエさんが嬉しそうに言った。
私もご飯持って来ちゃった、とはしゃぐテリエさんの手には、ピンク色で小さな象が描かれた模様の布に包まれた弁当箱らしき物が握られていた。ピンクですか。手作りですか。何かとNGを連発したかった俺だが、エスター達が何も言わないところを見ると、NGを出しているのは俺だけのようだ。ここでは俺自身がNGなのか?
「あ、それと、表にフェリスレイ姫がいらっしゃったみたいですが・・・」
テリエさんの言葉にエスターが俺を見た。お前の担当だとその目が語っている。
俺はやれやれとドアに向かった。
この第一保健室周辺には、救急以外の一般生徒の立ち入りが禁止されているらしく、廊下に顔を出しても、人影は見あたらなかった。
もとい、不審な人影がコソコソとトイレに隠れていくのが見えた。
ただし、ログミールだけは、その場に突っ立っている。
そのログミールの襟を掴み、トイレに引っ張り込もうとする手が見えるが、ログミールはその場に根を生やしたようにびくとも動かない。
俺が手招きすると、ログミールがやってきた。しかも襟を掴んだ手の主、すなわちペイゼルを難なく引きずって歩いてくる。
あ、こら、ログミール、そちらには・・・・
引きずられながら、文句をいうペイゼルと、その後ろにはおろおろとしながら付いてくるトライとムラウラである。
「ご飯」
「だそうです」
俺が短く言うと、ログミールがペイゼルを振り向いた。
ペイゼルは立ち上がり、スカートの裾を軽く叩くと、明後日の方向を向いたまま、わかりましてよと答えた。
俺達は、食事を始めた。
今日はおにぎりがメインであった。
流石に二人も姫様がいるので、マリネルとテリエさんは少々離れた場所に座っている。
マリネルにしてみれば、ブラッゲもエスターと同じように、気兼ねをしてしまう相手の様であった。ブラッゲは史上最年少で騎士の位に就いた天才騎士なのだそうだ。
もともと女性恐怖症の気があり、それに加えて、姫様と騎士様という事実に、腰が引け、借りてきた猫状態のマリネルであるが、エスターに今までと同じ態度を示す努力をしないのならば、残念だが私のチームにはいられないことになると冷たく宣言されたため、それでも必死で同じ態度をとろうとはしていた。
しかし、実のところ、俺とエスター、それにログミールを除く全員が全員ともに腰が引けているというか、動きがぎこちない。ブラッゲまでも、俺の事をちらちらと盗み見している状況である。
「しかし、驚きました、何の手品ですか?友弥様が、あの水仙の君とかセンスのかけらもない命名をされてしまったお方だとは、思ってもいませんでした」
おにぎりを片手に、ログミールがこちらを向いた。
マリネルが顔を上げた。何のことか聞きたいが、口がきけないと言う様子である。
「この前外出した時、ちょっとしたハプニングがあったろ?あの時に、近くにいたらしい」
「え・・・じ、じゃあ」
マリネルが呟いた。ちらちらとエスターに視線を向ける。
「え・・・・・え、エスターの好みの男の子でもある・・・の?友弥は」
マリネルの突然の爆弾発言に、ペイゼルとエスターが同時に吹き出した。とても良いタイミングで、借りてきた猫が牙を剥いた一場面であるが、二人の被害を正面にいた俺が一手に引き受けていたので手放しに楽しめない俺である。
「そ、そんなこと言って・・・た・・・よね?」
「そ、そ、そんなこと」
ペイゼルが慌てる。そしてエスターを睨み付けた。
「あなた、まさか貴方はまた邪魔をしようと考えているのでは有りますまいね」
「落ち着け、ペイゼル」
エスターは俺に手拭きを差し出しながら、努めて冷静な口調でペイゼルを宥めた。
「そうです、落ち着いてください、そもそも、貴方様は最初から自分でそのレースから降りているのですから、邪魔も何も有りません」
ログミールの言葉がペイゼルを貫いた。
がっくりと手をついたペイゼル。
「あら?どういう事なの?」
テリエさんが聞いてきた。
「例えば、テリエ様、貴方が【低脳、猿、原住民、バナナをやるから向こうへ行け】と言われて、その女に好印象を持ちますか?」
「それは、流石に・・・・・・」
テリエさんが絶句したが、俺はペイゼルの言葉はあまり気にならない。というか、気に入っているとすら言えるかも知れない。ペイゼルは、面白い奴だと思うのだが・・・
俺はYシャツが米粒と紅茶にまみれているに気が付いた。
仕方なくYシャツを脱ぐと、ノースリーブのTシャツにまでは染みていないようでほっとした。
「な、な、何をしている!」
それまで落ち着き払っていたエスターが叫んだ。
「ちょ、ちょっと、矢田貝君!」
テリエさんも驚愕の表情で固まる。その場にいた者達が全員驚愕の顔を向けてきた。
「?洗わないと、落ちなくなる」
俺は立ち上がり、保健室に設けられているシンクに行くと、湯沸かし器の湯温を調整してYシャツを洗おうとした。
「ここで洗い物したらまずいですか?」
「そ、そ、そうじゃなくて、矢田貝君、貴方、下着姿」
「?これTシャツですが」
俺の言葉に、保健室内の全員が明らかに安堵したのが分かる。
「そ、そうなの、びっくりしたわ」
とテリエさん。
「?」
何に安堵しているのか分からない俺の顔を見てエスターが咳払いをした。
「そうだな、今の光景を、お前に分かるように言うとだ、いきなりお前の目の前で女がブラウスを脱いでそれを洗い出したとする。お前は驚かないか?」
「え?そういうことなの?」
「そうだ、そして慌てたお前は、これは水着ですと聞かされる」
「それは、驚くね」
嬉しいかも知れないけどとは思ったが、真っ赤になり後ろを向いた女性陣にその様な事は到底言い出せない雰囲気である。
テリエさんがハンガーを貸してくれたので、窓際にあったタオルなどを干す収納式の棒に引っかけた。
「着替えは持っているのよね?」
「そういえば、Yシャツの替えなんか持ってきていないな・・・・」
テリエさんの素朴な質問に、俺はここに至って、気が付く。
「・・・・き・・・昨日、僕持ってきたよ?」
おずおずとマリネルが言った。
「入ってなかったと思う」
俺は預けておいた荷物をベッドの脇から取り出して、中を確認した。やっぱりない。
そう言えばこの着流しどうしよう。寮で洗ってから何気なく置いておけばいいか。
「・・・じ、じゃあやっぱり、え、エスターの着流しと、友弥のYシャツを入れ間違えたのかな、急いでいたから・・・・」
「私の着流し?無かったが?」
エスターが立ち上がり、自分の荷物を確認しに来た。
「と、友弥の中に入っていなかった?」
マリネルの言葉に、隣で荷物を確認していたエスターと、互いの顔を見合ってしまった。
俺は恐る恐る、着流しを取り出し、エスターに差し出した。
それを受け取ったエスターが自分のボストンバッグに収めるついでに、俺のYシャツを取り出した。
「・・・・・ない?」
不安げなマリネルの声。
「「あった」」
「そう、よかった」
俺はYシャツに袖を通した。
エスターが視線を逸らしている。
あれ?この香りって・・・・
Yシャツからエスターの香りがした。
そう言えば昨夜、エスターって大きめのYシャツ着ていたような・・・・・・
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「とりあえず、飯を食うか」
「賛成だ」
俺達は気まずい雰囲気の中、食事を再開した。
初日の午後は、軽くあちこちを覗いた程度で終わってしまった。
風紀委員の人達に囲まれながら、俺達は部活巡りを行ったのであるが、ログミールが文字通り俺達にぴったりと張り付いていた。なんでも俺達の会話や行く先の情報を収集して、後続のペイゼル達に伝達しているという事だった。
ログミール曰く
「ペイゼル様の言葉をそのままゲロするのならば、むっつりスケベと一緒にさせては友弥様の身が危ういのだそうです」
誰がむっつりだとエスターが珍しくも大衆の面前で切れそうになっていた。
途中何回か、後を付けてくるペイゼル達が先回りしていたのが不思議に思ったが、お気になさらずにと言いながら、ログミールはホッチキスの様なものをかちかちと鳴らしていた。
エスターによるとそれは既に使われなくなって久しい短距離通信の機械だそうだ。モールス信号の様なものと俺は理解した。
表層心理通信でリンクを掛けておけば良いのではと言った俺だが、帰ってきた言葉によると、大がかりになる上に、中途半端な表層心理通信はインターラプトされる可能性があるということであった。
俺達は十八時になった時点で寮へ戻った。
寮に帰ったら、アミアミ姉ちゃんの膝が待っているのかと覚悟を決めていたのだが、今晩は泊まりがけになってしまいそうだと連絡が有った。かなりの数の学生達が校舎内に留まっているおかげで、それの監督管理に借り出されたそうである。
受話器を置いた俺にエスターの視線が突き刺さっていた。
だから、貴方の偶像を破壊したのは俺が原因じゃないってば・・・・・・
ともあれ、俺達は食事も終わり、各自の部屋で寛いでいるのだが、男女混合の部屋では流石にまずいであろうと言われて、それぞれの座敷は引き戸で仕切られてしまった。
自宅の自室よりかは広いはずなのだが、今までが広かったので俺は閉塞感を感じていた。
それぞれの座敷を区切る事になった引き戸は四枚組の板製である。
俺はエスター側の板戸を叩いた。
「おーい、エスター、ちょいと相談が有るんだが、開けて良いか?」
「ま、まて、少しだけ待て」
慌てたエスターの声。流石にナニをするにはまだ早い時間だよなと首を傾げていると、入って良いぞと声が掛かった。
引き戸を開けると、卓袱台の上にパルクを置き、背筋を伸ばしてこちらに向かって座っているエスターがいた。
なぜか涙目になっている。
「どうした?」
用が有るはずの俺が聞いてしまった。
「わ、私は誠実であろうと思うのだ・・・・・」
「違うのか?」
俺はエスターの対面に腰を下ろすと聞いた。
「け、消したぞ、全て消した、綺麗さっぱりと、全て消した。これで誠実だとは言わないが、しかし、全て消した」
エスターはパルクをこちら側に向けた。リンクレディー状態で有ったので、俺がリンクを確立すると、例のファイルが全て消去されていた。
「・・・・・頑張ったな」
「う、うむ、なんてことはない、以前から捨てようと思っていたからな・・・・・・」
そうは言うが、今まで迷い迷っていたがいきなり俺が声を掛けたから、勢いで消しただろとは言えなかった。
「ものは相談なんだが」
俺はあえてその話題を避ける事にした。
「この板戸さ、寝る時と着替えの時以外は、少なくとも半分は開けておかないか?息苦しくてかなわない」
「ああ、私は構わないが」
「じゃあ、南側を開けておくぞ、部屋の北側に寄れば、俺の部屋からこちらは覗けないから、安心していいよ」
「いや、それは私の台詞だ、私は覗いたりはしない」
俺はブラッゲにも同じ提案をしたのだが、こちらはきっぱりと断られた。男子の部屋が常時見えるなどと言う状況にあることは望ましくないと硬派なブラッゲであった。
ブラッゲ側は諦めて、寝転がりながらパンフレットを開き、明日の予定をチェックしていると、ペイゼルの声が聞こえた。
「す、すみません、友弥様、エスターに用事があるのですが」
障子を開けると、携帯電話を手にしたペイゼルがそわそわしながら立っていた。
俺がどうぞと言って脇に避けると、ペイゼルはまるで出来の悪いロボットのように、かくかくと歩いていった。
「ん?どうした?」
エスターの声が聞こえる。俺はチェックを再開した。
「貴方に電話です」
「私に?なぜお前が?」
「良いから、さっさとお出になりなさい」
「私だ・・・・・・は、失礼いたしました、少々お待ち下さい。ペイゼル、すまないが、友弥と話しでもしていてくれ」
エスターが大股で俺の部屋を横切っていった。
「友弥、ペイゼルの相手を頼む」
「ああ、良いけど?」
振り向くと、エスターの座敷との境界に立ちつくしたペイゼルがそこにいた。
「あ、そうだペイゼル、お前達、明日の予定どうなってる?どうせならみんなで一緒に回らないか?」
「え?よ、よろしいのですか?」
俺は顔を上げた。
「マリネルー、明日ペイゼル達も一緒で大丈夫かー?」
俺は板戸越しにマリネルに声を掛ける。
少々間が開き、おどおどとした声でマリネルが大丈夫と答えて来たので、俺はペイゼルに座布団を勧めた。
「お、お邪魔いたします」
借りてきた猫の様に、座布団の上に正座をするペイゼル。金髪縦ロールの如何にもお金持ちで我が儘そうなペイゼルが日本間の座布団に正座する姿は、なかなかミスマッチで俺的には良いなと思った。
「んで、どこに行く予定だったんだ?」
俺はペイゼルが答えた行き先をチェックしていった。二、三こちらの予定とは異なる物が有るが、時間が掛かりそうなものではなかったので、いけると判断した。
ペイゼルと巡回ルートを考えていると、エスターが戻ってきた。
「礼を言う」
戻ってきたエスターがペイゼルに携帯電話を返した。
「かまいませんことよ、だけどなぜ貴方に?」
「ヤボ用だ、それと友弥、着替えろ学校に行くぞ」
「あ?ああ、わかった」
「ちょっとお待ちなさい、母上が貴方にヤボ用などと・・・・・・・・」
慌ててエスターの後を追いかけたペイゼルの言葉が途中で途切れた。
着替えようとTシャツを脱いだ俺を見てペイゼルが固まったのだ。
エスターの手が板戸の影から伸び、固まったペイゼルの襟首を掴んだ。
そのままペイゼルを引きずり込むと、板戸が締められた。
「○×○×○×○×○×」
言葉にならないペイゼルのうめき声が聞こえた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる