オーバー・ターン!

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3,異星人で異性人

3-3

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 食事が終わると俺は暇になった。
 祐子さんは俺とエスターの知覚操作の準備のためにテリエさんに呼ばれて出て行った。その祐子さんには部屋から出ないように言われていたので、ベッドに横になり昼寝でもするしかない。テレビも携帯電話もあるにはあるが、元々テレビは見ないし、携帯も使わない質なので、やることがないのだ。
 こんな時は大抵、マリネルかエスターが学科の講師になり、ともすれば全く理解出来ない俺の勉強を見てくれていたのだ。
 そのマリネルもエスターもいない。
 俺がうとうととしていたら、部屋のドアがノックされた。
 起き上がり、寝ぼけ眼でドアを開けるとエスターが立っていた。
 「○×□△」
 俺の顔を見るなり、エスターが何かを言ったが、当然理解できない。
 「えーと、とりあえず入って、お茶でも出すから」
 理解は出来ないが、何となくせっぱ詰まったようなエスターの様子に俺は、理解出来ないのを承知でそう言いながら、体をずらした。
 「○×□△」
 分からない言葉を口にして、エスターが部屋の中に入ってきた。
 備え付けの急須の中にパックの緑茶を放り込み、ポッドからお湯を注ぐ。
 しばらく蒸らしてから、二つの湯飲み茶碗にお茶を注いだ。部屋の中で、座る場所を探していたエスターは椅子に腰掛けた。
 椅子は一脚しかなく、俺がベッドに座っているため、座る場所は椅子しか無いのだから、当たり前の選択とも言えた。
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
 俺達は無言でお茶をすすった。
 エスターは居心地が悪いのか、視線が泳ぎ、どことなく落ち着かない様子である。
 お茶の温度が下がり、飲みやすい温度になった頃エスターが何かを口にした。
 「○×□△」
 「だから分からないって、分からないのを承知で来たんだろ?」
 「お・・・」
 エスターがさらに何かを言おうとした。
 「お?」
 「おえんあしい!」
 エスターは手元のお茶を一気に飲み干すと、テーブルに叩き付けるように置き、大股で部屋を出て行ってしまった。
 一人取り残された俺は、暫くの間、あっけに取られていた。おえんあしい?なんだ?
 俺は悩んだ。
 こういう場合はどうするんだっけ?
 人型言語基礎論理を思い出す。
 確かあの授業って、人間型の生物が声帯もしくはそれに類する器官を使用して発生させる音波に対するリアクションについての基礎論理だったよな?
 ・・・・・・・・
 ・・・・・・・・
 ・・・・・・・・
 ・・・・・・・・分からん・・・・
 役に立たないぞ、人型言語基礎論理。って授業も確かまだそんなに踏み込んだことをやっていなかったので仕方がないと言えば仕方がないか。
 俺は人型言語基礎論理が結構重要な授業であることに改めて気が付いた。
 ファーストコンタクト失敗で争いが起こると教科書の一ページ目に記載されていたのは、決して大げさな表現じゃない。
 仕草も異なる文化文明だとすれば、コミュニケーションは難しいよな、こちらが当たり前だと思っている仕草一つで相手が怒り出す可能性があるのか、などと考えていると、またドアがノックされた。
 俺が開けるのを待たずに祐子さんが顔を覗かせた。
 用意が出来たと俺を呼びに来たのである。
 備え付けられた時計を見ると、実に一時間近く悩んでいた事になる。
 俺が部屋を出ると、既にエスターが祐子さんの横にいたが、その顔は無表情で俺の顔を見ても何の感情も見て取れなかった。
 俺達は第一保健室に通された。
 ソファーに腰掛けてテリエさんに視線を向ける。
 「○×□△」
 「お待たせいたしました、これから、知覚操作の再設定をさせていただきます」
 テリエさんの言葉を祐子さんが訳してくれる。
 再設定の内容は、言語と仕草の一部の変換など必要最低限の処理のみで、実質的に知覚操作解除と同じ内容になっていると説明してくれた。
 つまり、以降は性別の知覚変換は行われないそうである。
 エスターは無言で頷く。
 俺達は昨晩と同じように、ソファーに深く腰掛けて、目を閉じた。
 「○×□△」
 「それでは、まいります」
 テリエさんの宣言の後、目蓋の裏側に、昨晩以上の光が見えた。
 「「私の言葉が分かりますか?」」
 テリエさんの言葉と祐子さんの言葉が、同時に聞こえた。
 ゆっくりと眼を開ける。
 「大丈夫だ、祐子の言葉が理解出来る」
 エスターが報告した。
 「・・・・・・・・」
 「矢田貝君は私の言葉が分かりますか?」
 テリエさんが俺に聞いてきた。
 「あ・・・・・・」
 俺は閃いた。
 エスターが俺を振り向き、祐子さんとテリエさんも俺を見つめる。
 「分かった【ごめんなさい】だ、さっき部屋に来たエスターの言葉、【ごめんなさい】で合ってる?」
 俺の言葉を聞いたエスターの無表情が崩れていった。
 まず、きりっと引き結んだ唇がひくひくと動き、目が少し見開かれた後、すぼまるにつれて柳眉が上がっていった。ついでに目の下から頬へと朱に染まり、それは耳元までに及んでいった。
 「き・・・貴様と・・・・言う奴は・・・・」
 手が握りしめられ、肩が震えるエスターは顔を俯かせて、地の底から響いて来るような声を絞り出した。
 勢いよく立ち上がるエスター。
 「テリエ!私は部屋に戻る、後のことは追って沙汰せよ」
 言い放つと、テリエさんの返事を待たずに部屋を出て行った。慌ててテリエさんが後を追いかける。
 あれ?なんかエスター怒ってない?
 「あの、俺なんかやっちゃいました?」
 俺はあきれ顔の祐子さんに聞いた。
 「はい、やっちゃいました」
 「?」
 「例えば、矢田貝君が男の見栄で女の子の前で強がったけど、その強がりは独善的な事でしか無く、それを女の子にさらりと流されたあげく、何事もなかったかのように接してくれたとするわね」
 やれやれとこめかみに手を当てた祐子さんが話し出した。
 「でも、その男の見栄は一番自分が嫌悪していた行為で、自分はその様な見栄で他者を見ることはしないと戒めていたけど、やってしまった。しかも、相手の女の子の方が、そんな見栄を気にもしていないとしたら、凹まない?男の見栄が空回りしたあげくに、自分の事を許した相手の方が自分より出来た人間だと思わない?」
 俺は首を傾げた。
 あーだめだこりゃと祐子さんが呟いた。
 「でもデクル姫は自分が許せなかったの、で、わざわざ私に電話してきて、この国の言葉で謝る言葉を教えてくれと聞いてきたの。時間を置いては意味がない、今すぐに友弥に謝りたいと言ってね。それとね、ここが重要なんだけど、ステイン星系の王族は決して謝らないの。王族のやることなすこと、全てが正しいことでならなければ民衆は許さないの。だから、王族は謝らない、テリエさんのあの驚いた顔を見た?テリエさんは前代未聞の世紀の瞬間に立ち会ってしまったわけ」
 「おえんあしい」
 「え?」
 祐子さんが眉間に皺を作って、聞いてきた。
 「おえんあしい・・・・・やっぱり分かりませんよね・・・・祐子さんが教えた言葉で、俺が耳にした言葉です」
 「・・・・・おえん・・・なに?」
 「おえんあしい、いきなり女の子が思い詰めた顔で部屋にやってきて、何か言いたげにそわそわしているのを見たら、俺だって舞い上がっちゃいますよ。そこでいきなり、おえんあしいと叫ばれて、出て行かれたから、大パニックで、さっき、これでエスターに直接聞けば良いんだと思ったら、いきなり閃いて・・・・・・・・」
 俺は言葉を切った。なんと言ってもタイミングが悪かったのは確かだし、エスターの怒りも分かる。凄く悩み、そして一大決心をした言葉は理解されておらず、あまつさえクイズの解答の様に言われたのだ。怒るのも無理はない。
 「・・・・確かにそれは、分からないかも・・・」
 祐子さんが呟いた。
 「祐子さん、ちゃんと教えたんですよね、【ごめんなさい】って、確認もしたんですよね?エスターに発音させて、聞き取れたんですよね」
 祐子さんの視線が泳いだ。
 「確認してないんですか!」
 「だ、だって、準備で忙しかったし」
 「忙しいのは理由になりません!いい加減に教えるぐらいなら、教えない方がまだましだと思いますがいかがな物でしょうか?」
 「わ、私?私が悪いの?」
 「違いますか?」
 「・・・・多分私です・・・・」
 で、でも、と祐子さんが続けた。
 「そのぐらい分かってあげなさい!気力が足りないわよ!」
 「気力で解決すれば知覚操作は不要ですよね」
 「・・・・・・・」
 俺は生暖かい視線を祐子さんに向けた。
 さて、どうやってエスターの機嫌を取るか。
 しゅんとする祐子さんを見ながら俺は、頭を悩めた。
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