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第1話 転校生
しおりを挟む初恋。
誰しもが経験した、あるいはこれからするであろうそれは、未知の感情と甘酸っぱい青春を運んでくれる。近所のお兄さんやお姉さん、幼馴染、学校のクラスメイト、あるいは教師。身近な人間に、ちょっとしたきっかけで恋をする。そして、実らずに終わりを迎える。おそらく、大半の人が何もできずにそうなってしまうだろう。人はそこで、失恋を学ぶ。失恋を学んだ人間がとる行動は2つ。おとなしく次の恋を探すか、それでも好きで居続けるか。そして彼は後者だった。ただ、それだけのこと。
*** *** ***
高校2年生の春。何気ない日常を過ごす彼――神園響の前に、彼女は突然現れた。朝のホームルームが始まり、担任と共に教室へ入ってきた彼女は、自らを『月ノ下ましろ』と名乗った。彼女の幻想的な美しさは、その場にいる全員を虜にした。もちろんそれは、彼も例外ではなかった。彼の目には、キラキラとした世界に佇む彼女が映り込んでいた。まるで時が止まったこの空間に、自分と彼女しかいない、そんな錯覚に囚われる。しかしその幻想の世界は、担任の一言でかき消されてしまう。
「それじゃあ風見君と雛守さん。月ノ下さんに学校を案内してあげて。それと、学校生活のサポートを」
指名された2人の生徒が返事をする。担任は彼女を予め用意されていた席に座らせると、ホームルームの終了を告げる鐘の音と共に教室から去っていった。それを合図とするように、彼女の周りを多くの生徒たちが取り囲んだ。主に女子が多い。やはり男子は話しかけづらいのだろうか。
「ねえ! 月ノ下さんってどこから来たの?」
「その髪って地毛? もしかしてハーフ!?」
「よかったらうちの部活に入らない?」
質問攻めにされるましろ。転校生の宿命とはいえ、少し不憫にも思う。しばらく様子を見ていると、彼女を庇う一人の男子生徒が現れる。響の親友であり、彼女のサポート役に指名された風見凪だ。
「みんなちょっとごめん。月ノ下さんを美術室まで案内しなきゃいけないから」
一限目の美術は美術室へ移動する必要がある。時計を見ると、間もなく授業が始まろうとしていた。すぐに教室を出なければ間に合わないだろう。
「えっ、もうそんな時間!? そろそろ行かなきゃ!」
「ちぇー。月ノ下さん、また後でね!」
手を振りながら教室を出ていく女子生徒たち。ひとまず嵐は収まったようだ。響はスケッチブックを抱え、ましろと話す凪の元へと向かう。
「よっ! 大変だな、凪」
「響か、ちょうどよかった。月ノ下さん、こいつは友人の神園響。1年の頃からの付き合いなんだ」
「……! ひ、響きです!」
ぎこちない笑みを浮かべる響。間近で見る彼女はとても綺麗で眩しく、まともに直視できない。
「何緊張してるんだ? お前ってそんなに人見知りだったっけ?」
「う、うるさいな! えっと……」
凪に言われたことは自分でもわかっている。わかってはいるが、うまく言葉が出てこない。こんなことは初めてだ。何も言わずにおどおどする響を首を傾げて見つめるましろ。しばらく待っていたが、今度は自分から口を開いた。
「月ノ下、ましろ。……よろしく」
小動物の鳴き声のように小さなささやき。簡単な挨拶にすぎなかったが、それでも、響の胸をいっぱいにするにはそれで十分だった。感極まった響は喉から声を絞り出そうとするが、惜しくも凪によって妨げられてしまう。
「まずいっ! 2人とも、早く美術室に行くぞ!」
「ん? ……ああっ! 忘れてた!」
急いで教室を出る3人。美術室へと向かう途中、凪がましろの手を引いて走る姿を、当時は気にかけることもなかった。
*** *** ***
暑い日差しの下、日に照らされて温まった花壇のふち石に座る響と凪は、砂場へと駆ける女子生徒たちをぼんやりと眺めていた。今は女子との合同体育の最中。走り幅跳びの計測を終えた男子生徒たちは、女子の計測が終わるのを待っていた。友人同士で談笑する者もいれば、どこからか持ってきたボールで遊んでいる者までいる。
そんな調子で各々好き勝手していた男子たちだったが、とある女子生徒の番になった途端、全員が作業を止めて彼女を見守り始めた。その生徒とは雛守凛祢。クラス――いや学校中の人気者である彼女が応援されるのはごく自然なことなのだが、彼らの目的は別にあった。体育教師の笛が鳴り、凛祢が走り出すと、男子たちはいっそう目をギラリとさせた。響も彼女を注視する。目線の先にあるのは、上下に揺れる彼女の乳房だった。足が地に着く衝撃で、ゆっさゆっさと動く胸。すらっとした長い足と引き締まった腰回りが、いっそう引き立てていた。跳んだ彼女が両足を曲げ、しゃがむように着地すると、太ももに圧迫された胸がマシュマロのようにつぶれた。男子たちから歓声が沸き起こる。すると、一人の女子生徒が声を上げた。
「ちょっと男子! いやらしい目でうちの凛祢を見ないでくれる?」
「そうよそうよ!」
他の生徒も同意し始め、次々とブーイングの嵐が飛び交った。ひるんだ男子たちが目を背ける。そんな中、響は凛祢がこちらを向いているのを目撃した。正確には、隣にいる凪の方を、だが。それに気づいたのか、凪は気まずそうな笑顔で手を振った。しかし、凛祢はぷいっと後ろを向くと、女子生徒の輪の中に入っていった。
「いいよなー、お前」
響が羨ましがるように言った。
「何が?」
「だってあの雛守と幼馴染なんだろ? 俺にもあんな可愛い幼馴染がいたらなぁ」
「……幼馴染なんて、そんなにいいものじゃないぞ」
「なんだその兄弟を羨ましがる人を諭すような言い方は。まっ、持たざる者の気持ちなんて、持ってる人にはわからないだろうけど――おっ」
突然、響が無言になる。そんな彼の瞳に映っていたのは、砂場の前でスタンバイするましろの姿だった。どうやら次は彼女の番らしい。他の男子たちも再び注目する。その様子を見ていた凪がぼそっと呟いた。
「やれやれ、みんな懲りないな……」
そう言いつつも、ましろを眺める凪。笛の音が鳴り、ましろはゆっくりと走り始める。そしてラインの直前で踏み切るーーと、その時だった。ましろはその場で止まり、膝に手をついてしまった。どうやら疲れてしまったようだ。先ほどまで盛り上がっていた男子たちと女子たちが一斉に黙り込んだ。響は苦笑いをしながら、
「そういえばあいつ……」
「絶望的に体力がないんだったな……」
凪が呆れた声え応えた。1限目の美術も、途中で走りつかれた彼女を介抱していて遅刻してしまったのだ。
気まずい空気が漂いながらも、その日の体育の授業は終了した。
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