Guild

Fortail

文字の大きさ
1 / 2

Prolong

しおりを挟む
月明かりは幻想的な景色にこそ映える。
それは誰しもが納得できることだと思う。
神話に擬えた景色や自然の絶景は、あらゆる感情を置き去りにして私たちの目を奪って離さない。
それは我々が知らず奥底に眠らせている神への敬意や自然への回帰を願うものであるのかもしれない。
それはきっと本能に近い。
真に芸術たりえるものには知識は必要なく、ただそのままを見る目さえあれば他のものは不要。


そう、そして正にこの光景には他の何も必要無かったのだ。
それがおかしいと思う人の道徳すらも黙ってしまうほどにそれは美しかったのだ。


「・・・おい、アイツ、生きてんのか」

絞り出した、その言葉すら冒涜。

「・・・」

息を上げて、焦燥を引き連れてやってきた私たちのはずだったのに。
呼吸の音ですらその景色には不必要だった。

あぁ、そう、この矛盾。このどうしようもない美しさの前には全てが些事なのだ。

そこいら中に散らばる狂犬ウルフの死骸や無残に放り出された臓物の夥しい数も、
鼻が曲がるぐらいに強烈な腐臭が充満していたとしても、
それら全て装飾品。どう足掻いてもメインを彩る瑣末毎だった。

見据える先にはボロボロの体躯を曝け出す男の優美な姿と、そんな男を無感情に見上げる小さな狐人ルナール
何があったのかなんて知らないし、何が起こったのかなんてここにいる誰もが知っているけれど。

小さな狐人ルナールは微かに鳴き声を上げた。鈴が鳴るような、透き通るように耳朶を鳴らす声。
月明かりを受ける男は神秘的なその景色の中で、僅かに広角を上げて笑った。

そして私たちは見た。
汚れを知らぬ狐人ルナールが流した一粒の涙を。
感情など無いはずの容れ物が、確かに涙を流したのだ。そこに意味を感じたのかは分からないけれど、ただただ、薄く微笑む男に向けて。
その涙の意味が分かったのか、傷だらけの右腕が少女の頭に触れ、慈愛溢れるようにゆっくり撫でた。
狐人ルナールは人との接触を極端に避ける傾向にある。けれども少女はされるがままに拒まなかった。
死骸と腐臭が彩るこの神秘の地獄の檻の中で、その光景は正しく絵画を思わせるかのようだった。

誰も言葉を発しない。
誰もその光景を壊せない。
ギルドの不手際で一人の男が命を落としかねないその状況下で、私たちはそこで神話を見た。

これが、私がアイツを知った最初の出会い。
あの光景はあまりにも鮮烈に私の脳に刻みこまれた。
これから先の予兆なんて何も浮かばなかったけれど、どこかで何かを感じとっていたのかもしれない。

言うなれば、得体のしれない何かに触れたような、
道を外れた何かを知ったような。
ただ、何となく、ただ何となく。
この神話の光景は、いつかどこかで思い出すんだろうと、ぼんやりと考えていたのだった。


~セフィ・グランベラ~
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

婚約破棄?それならこの国を返して頂きます

Ruhuna
ファンタジー
大陸の西側に位置するアルティマ王国 500年の時を経てその国は元の国へと返り咲くために時が動き出すーーー 根暗公爵の娘と、笑われていたマーガレット・ウィンザーは婚約者であるナラード・アルティマから婚約破棄されたことで反撃を開始した

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

処理中です...