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王子様との出会い
3.お姉様の変化
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わたくしが王子様と過ごすようになってから様々な変化があった。
朝食を食べ終わってお姉様に手伝ってもらって身支度をすると、王子様のところに行って、午前中は家庭教師から勉強を教えてもらって、午後は剣術やダンスなどの運動をして、お茶の時間を過ごし、夕食までの間、本を読んだり、王子様とゲームをしたりして、夕食はお姉様とわたくしの部屋で食べるという生活が続いていた。
わたくしが王子様のご学友となってから、待遇が変わって狭くて簡素な使用人の宿舎から、王宮の一室に住居を変えられた。
「わたくしは殿下の侍女ですし、王宮に住むなどとんでもありません」
「フィーネ嬢は殿下のご学友です。殿下はできるだけ近くでお過ごしになりたいと仰っています」
コンラッド様から説明を受けて、お姉様は恐縮していたが、わたくしは広くてきれいな部屋に移れたことが嬉しくて、ふかふかのベッドの上で飛び跳ねてみたり、ソファに座って座り心地を試したり、上機嫌だった。
「フィーネ嬢の才能は素晴らしいものです。殿下のそばにいてくだされば、殿下の安全が確保できます」
コンラッド様にそう説得されて、お姉様は納得せざるを得なかったようだった。
食事も使用人の宿舎で出されているものよりもずっと美味しくなった。粗末な食事でも、お姉様と一緒ならば我慢できたが、美味しいものはやはり嬉しい。
お姉様と一緒に朝食も夕食も食べられる幸せをわたくしは噛み締めていた。
お姉様の変化に気付いたのは、王子様のところに通うようになって二か月が経とうとしていたころだった。王子様と出会ったのは春だったが、季節は初夏に移り変わっていた。
その日の午後の運動はダンスだった。
わたくしは王子様の相手役を務めていた。
「殿下が嫌がるので、小柄な大人の女性がお相手を務めていたのですが、やはり体格の合う相手がいるといいですね」
「わたくし、ダンス、じょうず?」
「とても上達していますよ。殿下の足を踏まなくなりましたね」
「わたしは踏まれても平気ですよ。フィーネ嬢は羽のように軽いので」
ダンスの教師に褒められて、王子様からも心地のいい言葉をもらって、わたくしが嬉しくなっていると、王子様がわたくしの手を取る。
「もう一曲踊ってくれますか?」
「はい!」
王子様はリードが上手で、踊るのはとても楽しい。ステップを踏むのはまだ完璧ではなかったけれど、わたくしがこけないように王子様が支えてくれる。五歳と六歳の年の差は大きく、王子様はわたくしよりも体が大きかった。
それでも、わたくしには肉体強化の魔法がある。
リフトがしてみたくて王子様の体を持ち上げると、ダンスの教師が悲鳴を上げた。
「お、落ち着いて。そっとそのまま殿下を降ろしてください」
「はーい!」
何が悪かったのか分からないけれど、いけなかったようなので王子様を降ろすと、王子様はくすくすと笑っていた。
「フィーネ嬢は何をするか分からないところが素敵ですね」
「わたくし、すてき?」
「はい、素敵です」
いつもは静かな王子様の緑の目が煌めいている気がして、わたくしはそれを純粋にきれいだと思った。
一目見た瞬間から王子様は王子様だと分かる輝きを持っていた。
それが笑うと更に強くなる気がする。
ダンスの後で王子様と別の部屋に連れていかれて着替えていると、廊下から声が聞こえてきた。
コンラッド様と若い女性の声のようだった。
着替えを終えたわたくしが元気に廊下に出ようとしたところを、お姉様に止められてしまった。
廊下ではコンラッド様が若い令嬢に声をかけられている。
「コンラッド様、お慕い申し上げています。どうか、わたくしの気持ちを受け取ってください」
「申し訳ありませんが、わたしは殿下の護衛騎士になったばかりで、恋愛など考えられません」
「コンラッド様は成人しておられます。それなのに、婚約者もおられない。わたくしをコンラッド様の婚約者にしてくださいませんか?」
「すみません、それはできません」
コンラッド様は告白を受けていた。
仕事中だからと令嬢に断りを入れたコンラッド様の姿をドアの隙間から見ているお姉様の様子がおかしい気がする。なんだか悲しそうな顔をしている。
「おねえさま、おなかがいたいの?」
「いいえ、お腹は痛くありません」
「かなしいおかおをしているわ」
お姉様を心配するわたくしに、お姉様ははっとしたように表情を戻し、微笑んでみせる。
コンラッド様と令嬢とのやり取りを見ていたお姉様はどうしたのだろう。
もしかして、とわたくしは気付いた。
「おねえさま、おなかがすいているのね!」
「え!? お腹は空いていませんよ?」
「がまんしなくていいのよ! わたくしがおうじさまにいってあげる!」
お姉様もコンラッド様も、仕事中なのでわたくしや王子様と食事を共にすることができない。休憩時間があって、その間に昼食を食べているのは知っているのだが、お姉様はわたくしのことがあるので、できるだけ早く戻ってくるためにあまり食べていないのかもしれない。
元気よくドアを開けて廊下に出て、わたくしはコンラッド様に言ってみた。
「おねえさまがおなかがすいているみたいなの! おちゃのじかんは、わたくしとおうじさまとごいっしょできないかしら?」
「サラ嬢は空腹なのですか? 少し休憩されますか?」
「い、いえ、結構です! フィーネ、わたくしはお腹は空いていないので大丈夫です!」
お姉様が顔を真っ赤にして焦っているが、わたくしは構わず廊下に出てきた王子様にお願いした。
「きょうはおねえさまといっしょにおちゃができないかしら?」
「そうでしたね。サラ嬢はフィーネ嬢の姉君です。一緒にお茶ができないのも寂しいでしょう。今日から同席してもらいましょうか」
「殿下、そのようなことはなさらなくても……」
「サラ嬢が気にされるなら、コンラッド殿も一緒に。これからは四人で食事もお茶もしましょう」
「それでは、護衛の仕事ができません」
「わたくしも、侍女の仕事ができません」
「護衛の仕事はフィーネ嬢も一緒にいるのだし、侍女の仕事は他の者でもできます。わたしの我が儘に付き合ってもらえませんか?」
王子様の鶴の一声で、お姉様とコンラッド様もお茶や食事を一緒にできることになった。
それだけではない。
王子様はわたくしに言ったのだ。
「フィーネ嬢が来てから、わたしは寂しいと言っていいのだと学びました。わたしは、寂しい。朝食も、夕食も、どうか一緒に」
この件に関して、お姉様もコンラッド様も一生懸命遠慮しようとしていたのだが、そばで聞いていた他の侍女たちが「殿下が初めて『寂しい』とご自分の気持ちを口にされた」「これは国王陛下と王妃殿下にお伝えせねば」と言い出して、国王陛下と王妃殿下の承認も得て、すぐに食事やお茶は王子様とわたくしとお姉様とコンラッド様の四人で、朝食も夕食も一緒にと決められた。
国王陛下と王妃殿下は言っていたそうだ。
「レオンハルトは小さなころからとてもいい子で、頭がよくて、わたしたちを困らせたことがない」
「レオンハルトが寂しかっただなんて知りませんでした」
「レオンハルトの望みは叶えてあげたいものだ」
王子様はまだ六歳の子どもだったし、国王陛下と王妃殿下はよき父親と母親だった。
わたくしは王子様だけではなく、お姉様とコンラッド様と食事ができるようになって大喜びだった。
お茶の時間、わたくしの隣に座って緊張しているお姉様と、王子様の隣に座って姿勢よくしているコンラッド様。
最初は二人ともぎこちなかったが、わたくしはそんなことに全く気付かず、今日のケーキはなにか、キッシュの中身はなにかばかりを気にしていた。
「おねえさま、このケーキおいしいよ! おねえさまもたべて!」
「わ、わたくしは、お茶だけで……」
「遠慮なく食べてください。その方がフィーネ嬢も安心します」
王子様の優しさに、わたくしは美味しいケーキを食べながら感激してしまう。
もしかすると、自分が寂しかったという口実で、わたくしがお姉様やコンラッド様と同席できるようにしてくれたのではないかとまで考えてしまった。
優しくて格好いい王子様。
わたくしは王子様と一緒に過ごす時間が幸せでたまらなかった。
朝食を食べ終わってお姉様に手伝ってもらって身支度をすると、王子様のところに行って、午前中は家庭教師から勉強を教えてもらって、午後は剣術やダンスなどの運動をして、お茶の時間を過ごし、夕食までの間、本を読んだり、王子様とゲームをしたりして、夕食はお姉様とわたくしの部屋で食べるという生活が続いていた。
わたくしが王子様のご学友となってから、待遇が変わって狭くて簡素な使用人の宿舎から、王宮の一室に住居を変えられた。
「わたくしは殿下の侍女ですし、王宮に住むなどとんでもありません」
「フィーネ嬢は殿下のご学友です。殿下はできるだけ近くでお過ごしになりたいと仰っています」
コンラッド様から説明を受けて、お姉様は恐縮していたが、わたくしは広くてきれいな部屋に移れたことが嬉しくて、ふかふかのベッドの上で飛び跳ねてみたり、ソファに座って座り心地を試したり、上機嫌だった。
「フィーネ嬢の才能は素晴らしいものです。殿下のそばにいてくだされば、殿下の安全が確保できます」
コンラッド様にそう説得されて、お姉様は納得せざるを得なかったようだった。
食事も使用人の宿舎で出されているものよりもずっと美味しくなった。粗末な食事でも、お姉様と一緒ならば我慢できたが、美味しいものはやはり嬉しい。
お姉様と一緒に朝食も夕食も食べられる幸せをわたくしは噛み締めていた。
お姉様の変化に気付いたのは、王子様のところに通うようになって二か月が経とうとしていたころだった。王子様と出会ったのは春だったが、季節は初夏に移り変わっていた。
その日の午後の運動はダンスだった。
わたくしは王子様の相手役を務めていた。
「殿下が嫌がるので、小柄な大人の女性がお相手を務めていたのですが、やはり体格の合う相手がいるといいですね」
「わたくし、ダンス、じょうず?」
「とても上達していますよ。殿下の足を踏まなくなりましたね」
「わたしは踏まれても平気ですよ。フィーネ嬢は羽のように軽いので」
ダンスの教師に褒められて、王子様からも心地のいい言葉をもらって、わたくしが嬉しくなっていると、王子様がわたくしの手を取る。
「もう一曲踊ってくれますか?」
「はい!」
王子様はリードが上手で、踊るのはとても楽しい。ステップを踏むのはまだ完璧ではなかったけれど、わたくしがこけないように王子様が支えてくれる。五歳と六歳の年の差は大きく、王子様はわたくしよりも体が大きかった。
それでも、わたくしには肉体強化の魔法がある。
リフトがしてみたくて王子様の体を持ち上げると、ダンスの教師が悲鳴を上げた。
「お、落ち着いて。そっとそのまま殿下を降ろしてください」
「はーい!」
何が悪かったのか分からないけれど、いけなかったようなので王子様を降ろすと、王子様はくすくすと笑っていた。
「フィーネ嬢は何をするか分からないところが素敵ですね」
「わたくし、すてき?」
「はい、素敵です」
いつもは静かな王子様の緑の目が煌めいている気がして、わたくしはそれを純粋にきれいだと思った。
一目見た瞬間から王子様は王子様だと分かる輝きを持っていた。
それが笑うと更に強くなる気がする。
ダンスの後で王子様と別の部屋に連れていかれて着替えていると、廊下から声が聞こえてきた。
コンラッド様と若い女性の声のようだった。
着替えを終えたわたくしが元気に廊下に出ようとしたところを、お姉様に止められてしまった。
廊下ではコンラッド様が若い令嬢に声をかけられている。
「コンラッド様、お慕い申し上げています。どうか、わたくしの気持ちを受け取ってください」
「申し訳ありませんが、わたしは殿下の護衛騎士になったばかりで、恋愛など考えられません」
「コンラッド様は成人しておられます。それなのに、婚約者もおられない。わたくしをコンラッド様の婚約者にしてくださいませんか?」
「すみません、それはできません」
コンラッド様は告白を受けていた。
仕事中だからと令嬢に断りを入れたコンラッド様の姿をドアの隙間から見ているお姉様の様子がおかしい気がする。なんだか悲しそうな顔をしている。
「おねえさま、おなかがいたいの?」
「いいえ、お腹は痛くありません」
「かなしいおかおをしているわ」
お姉様を心配するわたくしに、お姉様ははっとしたように表情を戻し、微笑んでみせる。
コンラッド様と令嬢とのやり取りを見ていたお姉様はどうしたのだろう。
もしかして、とわたくしは気付いた。
「おねえさま、おなかがすいているのね!」
「え!? お腹は空いていませんよ?」
「がまんしなくていいのよ! わたくしがおうじさまにいってあげる!」
お姉様もコンラッド様も、仕事中なのでわたくしや王子様と食事を共にすることができない。休憩時間があって、その間に昼食を食べているのは知っているのだが、お姉様はわたくしのことがあるので、できるだけ早く戻ってくるためにあまり食べていないのかもしれない。
元気よくドアを開けて廊下に出て、わたくしはコンラッド様に言ってみた。
「おねえさまがおなかがすいているみたいなの! おちゃのじかんは、わたくしとおうじさまとごいっしょできないかしら?」
「サラ嬢は空腹なのですか? 少し休憩されますか?」
「い、いえ、結構です! フィーネ、わたくしはお腹は空いていないので大丈夫です!」
お姉様が顔を真っ赤にして焦っているが、わたくしは構わず廊下に出てきた王子様にお願いした。
「きょうはおねえさまといっしょにおちゃができないかしら?」
「そうでしたね。サラ嬢はフィーネ嬢の姉君です。一緒にお茶ができないのも寂しいでしょう。今日から同席してもらいましょうか」
「殿下、そのようなことはなさらなくても……」
「サラ嬢が気にされるなら、コンラッド殿も一緒に。これからは四人で食事もお茶もしましょう」
「それでは、護衛の仕事ができません」
「わたくしも、侍女の仕事ができません」
「護衛の仕事はフィーネ嬢も一緒にいるのだし、侍女の仕事は他の者でもできます。わたしの我が儘に付き合ってもらえませんか?」
王子様の鶴の一声で、お姉様とコンラッド様もお茶や食事を一緒にできることになった。
それだけではない。
王子様はわたくしに言ったのだ。
「フィーネ嬢が来てから、わたしは寂しいと言っていいのだと学びました。わたしは、寂しい。朝食も、夕食も、どうか一緒に」
この件に関して、お姉様もコンラッド様も一生懸命遠慮しようとしていたのだが、そばで聞いていた他の侍女たちが「殿下が初めて『寂しい』とご自分の気持ちを口にされた」「これは国王陛下と王妃殿下にお伝えせねば」と言い出して、国王陛下と王妃殿下の承認も得て、すぐに食事やお茶は王子様とわたくしとお姉様とコンラッド様の四人で、朝食も夕食も一緒にと決められた。
国王陛下と王妃殿下は言っていたそうだ。
「レオンハルトは小さなころからとてもいい子で、頭がよくて、わたしたちを困らせたことがない」
「レオンハルトが寂しかっただなんて知りませんでした」
「レオンハルトの望みは叶えてあげたいものだ」
王子様はまだ六歳の子どもだったし、国王陛下と王妃殿下はよき父親と母親だった。
わたくしは王子様だけではなく、お姉様とコンラッド様と食事ができるようになって大喜びだった。
お茶の時間、わたくしの隣に座って緊張しているお姉様と、王子様の隣に座って姿勢よくしているコンラッド様。
最初は二人ともぎこちなかったが、わたくしはそんなことに全く気付かず、今日のケーキはなにか、キッシュの中身はなにかばかりを気にしていた。
「おねえさま、このケーキおいしいよ! おねえさまもたべて!」
「わ、わたくしは、お茶だけで……」
「遠慮なく食べてください。その方がフィーネ嬢も安心します」
王子様の優しさに、わたくしは美味しいケーキを食べながら感激してしまう。
もしかすると、自分が寂しかったという口実で、わたくしがお姉様やコンラッド様と同席できるようにしてくれたのではないかとまで考えてしまった。
優しくて格好いい王子様。
わたくしは王子様と一緒に過ごす時間が幸せでたまらなかった。
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