可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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三章 奏歌くんとの三年目

18.赤い薔薇を保存するために

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 リビングのテーブルの上に白いスクエア型の花瓶が置いてあって、そこにビロードのような質感の花弁の赤い薔薇が五本ささっている。バレンタインデーに貰った花束を枯らさないように毎日水は取り換える気でいたけれど、花はいつか枯れてしまう。
 それをどうにかできないものか。
 バレンタインデーの翌日に稽古場に行って、昼食の休憩に食堂で百合に相談した。

「薔薇の花束を枯らさない方法があるかな?」
「えぇ? 花は枯れるから美しい、そういう歌もあったじゃない」

 百合は全く役に立たない。
 他の誰かに聞こうと視線を巡らせると、先輩の華村はなむらさえさんがいた。華村先輩は橘先輩の次に男役のトップスターになることが決まっている役者である。

「ドライフラワーにしてみたら?」
「ドライフラワー? どうやってするんですか?」

 それでずっと奏歌くんに貰った薔薇が持っておけるのならばしたい。私が聞いてみると、華村先輩はあっさりと答えた。

「花が散らないように気を付けながら、花を下に向かせて吊るして乾かすか、乾燥剤で乾かすかだね」

 乾燥剤で乾かすのは難しいかもしれないけれど、吊るして乾かすのならばできないことはないかもしれない。特に冬場で暖房を入れているので私の部屋は乾燥している。加湿器を使っているが、それも面倒でなかなか水を足さないのが現状だ。
 あれだけ乾燥していれば薔薇も乾くだろうとホッとしていると、百合が口を挟んで来た。

「薔薇の花束なんて、誰に貰ったの? あ、答えなくても顔を見たら分かったわ。ダーリンね! もう、8歳なのにやるわね!」

 答える間もなく百合は言い当ててしまった。
 私が一生懸命になることなんて奏歌くん関係しかないのだからそれは当然だろう。

「薔薇か。何本もらったの? 何色?」
「赤い薔薇が五本です」

 華村先輩に答えると、華村先輩が教えてくれた。

「薔薇は本数と色で意味があるんだって」

 赤い色は「あなたを愛してます」「愛情」「美」「情熱」など。
 五本という本数は「あなたに出会えた事の心からの喜び」という意味。
 8歳の奏歌くんがそんなことを知っているはずがないが、赤い薔薇が五本というのは物凄く熱烈な告白なのではないだろうか。意味が分かっていなくても奏歌くんがそうしてくれただけで嬉しくて、私は浮かれてしまった。
 午後の稽古も浮かれているせいか非常に調子が良くて、台本の読み合わせも台詞を一つも間違えることなく、つっかえることも噛むこともなくすらすらと終わらせた。
 ダンスの稽古も、歌の稽古も、先生に褒められるくらいだった。

「海瑠、絶好調ね!」
「愛されてるから」

 百合の言葉に軽口で答えたのは良かったのだが、奏歌くんを迎えに行って学童保育からタクシーで帰ろうとすると、奏歌くんが私と手を繋ぐ。

「道をおぼえたいから、歩いてかえろう」
「お腹空かない?」
「ちょっと空いてるけど、平気」

 五年生になったときのことを今から考えているのだろう。

「自転車……そうだ、自転車!」

 今まで考えたことがなかったけれど、私が自転車で学童保育までお迎えに来ればいいのではないだろうか。

「海瑠さん、じてんしゃに乗れるの?」
「後ろの座席には乗ったことがある」

 歌の教室も、ダンスの教室も、海香の自転車の後ろに乗せてもらって、私は通っていた。自分でも自転車に乗れた気がするのだが、海香はぼーっとしている私を心配して送り迎えをかって出てくれていたのだ。
 自転車に乗って奏歌くんをお迎えに行ければ、歩くよりは早くマンションに戻れるかもしれない。

「じてんしゃの二人乗りはあぶないからダメなんだよ」
「え!?」

 いい考えだと思ったのに、奏歌くんに否定されてしまった。

「保育園のお迎えには、自転車の前と後ろに子どもさん乗せてるお母さん、いたよ?」
「ぼく、もうそんなに小さくないからね!」

 それに心配なのだと言われてしまった。
 8歳の奏歌くんに心配される自分がちょっと情けない。
 マンションの部屋まで歩いて帰ると、奏歌くんが冷蔵庫のリンゴを剥いてお砂糖をかけて、電子レンジで加熱して、トーストしたパンにバターと一緒に乗せてくれた。
 歯ごたえが残る新鮮なリンゴ煮と蕩けるバターの塩味がよく合う。はふはふと熱さに息を吐きながら、ミルクティーと一緒にあっという間に食べてしまった。

「奏歌くん、これ、物凄く美味しい!」
「パイきじを買ってきたら、アップルパイもやけるんだけどね」
「アップルパイを自分で焼けるの!?」

 奏歌くんの家は手作りをよくすると思っていたが、アップルパイまで焼けるなんて。驚いてしまったが、忘れないうちに私は薔薇の花束をドライフラワーにすることにした。
 エアコンの風の当たる位置に茎を紐で縛って吊るそうとしたのだが、上手くいかない。紐が外れてしまうのだ。

「海瑠さん、なにをしてるのかな?」
「奏歌くんの薔薇が枯れないようにドライフラワーにしようと思ったんだけど、紐が上手く結べないの」

 正直に言えば奏歌くんが花束を留めていた針金を持って来た。針金で茎を縛って、そこに紐をつけると問題なく吊るすことができた。

「そんなに大事にしてくれるなんて、うれしい」

 ぽぅっと赤くなった奏歌くんの頬に、私は何気なく聞いてみた。

「薔薇の花って、本数と色に意味があるんだって。知ってた?」

 問いかけると奏歌くんはきょとんとしている。

「知らない」
「赤い色は『あなたを愛してます』『愛情』『美』『情熱』とかいう意味で、五本だと『あなたに出会えた事の心からの喜び』なんだって」

 教えると奏歌くんは真っ赤になってしまった。

「し、知らなかったけど、ぼくのきもちがこもってるみたい」
「偶然でも嬉しい」
「海瑠さんのことが大好きで、海瑠さんに出会えたことはうれしいから」

 頬を染めた奏歌くんはとても可愛かった。
 バレンタインデーの一か月後にはホワイトデーが来る。
 私は奏歌くんにお返しをしなければいけないし、奏歌くんも私にお返しをくれるはずだ。

「バレンタインデーのお返しは何が良い?」
「海瑠さんがえらぶ物なら、なんでも」
「どうしようかな。私もお花にしようかな」

 奏歌くんに赤い薔薇をもらってこんなに嬉しかったのだから、私もお花でお返しをしても悪くはない気はしていた。そのときには種類と数でどういう意味があるかをきっちりと調べておかなければいけない。

「ほんとうはね、プリザーブドフラワーっていうのをあげたかったんだ」

 ぽつりと奏歌くんが話してくれた。
 プリザーブドフラワー。
 聞いたことのない名称に私が首をひねっていると奏歌くんが説明してくれる。

「ドライフラワーのいっしゅなんだけど、すごくきれいにたもたれてて、水やりのいらないお花……かれないお花をあげたかったんだ」

 その他にも特別な液体に入れて花を飾るハーバリウムというものもあるらしい。奏歌くんが説明してくれるが、どちらも出来上がった製品なので、生花よりも高かったというのだ。

「おこづかいじゃ手が出なくて……それに、そのバラがすごく気に入ったんだ」

 ビロードのような花弁の豪華な薔薇の品種名を私は知らないけれど、確かにこれは特別な花のようで私も見惚れてしまう。
 自分のお小遣いの範囲で買えるもので、一番いいものを奏歌くんは選んでくれたのだ。

「嬉しいな。上手にドライフラワーにできたらいいんだけど」
「上手にできるといいね」

 壁に吊るした薔薇の花を見ながら二人で話す。
 去年の生チョコも嬉しかったけれど、今年は奏歌くんは形として残るものをくれた。

「薔薇の花って、吸血鬼が漫画とかで生気を吸って枯らしてるよね? 奏歌くんはそういうことはしないの?」
「しないよ。ぼくは、バラの生気なんてすえない」

 ぼくがすえるのは、海瑠さんの血だけ。
 奏歌くんの返事に私はくすりと笑って手首を差し出した。

「吸っておく?」
「いいの?」

 私の顔を見上げて奏歌くんが上目遣いに聞いてくる。

「良いよ。ちゃんと美味しいか確かめて」

 チョコレートよりも私の血は美味しいだろうか。
 そこのところは私にとってはとても重要だった。
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