可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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五章 奏歌くんとの五年目

15.奏歌くんと過ごす年末

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 奏歌くんが部屋に泊まりに来た。
 ベッドは別々だし、お風呂も奏歌くん一人で入ってしまうけれど、リビングで寛いでいる間はぴったりとくっ付いていても奏歌くんは文句は言わない。これから奏歌くんが大きくなったら、ぴったりとくっ付くこともできなくなるのではないだろうかと少し怖いが、それでも今は傍にいられる幸せを噛み締めておく。
 猫の姿になって奏歌くんの膝に頭を乗せると、奏歌くんが私の毛皮を撫でてくれる。本性が猫で良かったと本当に思える瞬間だ。

「私は奏歌くんの可愛い子猫ちゃん……ちょっと大きいけど」
「海瑠さんは、ひょ……子猫ちゃん」

 奏歌くんも私のことを可愛い子猫ちゃんだと思ってくれている。幸せな時間に浸っていると、奏歌くんが撫でながら私に語り掛ける。

「一月になったら、成人式があるでしょう?」
「あ、そうだった、ハーフ成人式!」
「そう。海瑠さんが来てくれるの、楽しみにしてるんだ」

 成人式の日に四年生の生徒たちが小学校に集まってハーフ成人式をするのだと聞いていた。

「参加は自由だから、母さんが仕事かもしれないからどうしようか迷ってたんだけど、海瑠さんが来てくれるから」

 約束していたハーフ成人式。奏歌くんが成人の半分の年齢になったことを祝う日を私は密かに楽しみにしていた。

「スーツを着て行けばいいかな?」
「僕、着物を着ていくみたいなんだ。母さんが用意してる」

 去年のお正月に着た着物がまだ着られるようなので、奏歌くんはそれを着て行くという。それに合わせて私も着もので行きたい気持ちはあったけれど、ぐっと我慢する。奏歌くんとお揃いにする日ではなくて、奏歌くんの成長を喜ぶ日なのだ。空気を読まなければいけない。

「お正月は海瑠さん、家に来るでしょう?」
「奏歌くんの部屋に泊まって良いの?」
「う、うん」

 ちょっと頬を染めて頷く奏歌くんが可愛い。一緒には寝ないが同じ部屋で別々の布団で眠るのはまだ嫌ではないようだった。

「奏歌くんはやっちゃんみたいになるのかなぁ」

 ひょろりと背が高くて足が長くて彫りの深いやっちゃんは、日本人離れしている。奏歌くんが大きくなったらあんな風にひょろりと背が高くなるのかと想像してみるが、ちょっとイメージができない。
 赤みの差すまだあどけない丸い頬に大きなハニーブラウンのお目目、ふわふわの髪の毛にほっそりとした華奢な体。

「僕は父さんに似てるからなぁ」

 真里さんは百合くらいの身長しかなかった。男性にしてみれば低い方なのかもしれないが、奏歌くんも真里さんと同じくらいしか大きくならないとしても、とても可愛いのでそれはそれでいい気がする。
 クリスマスの特別公演の後の休日は奏歌くんと二人きりでゆったりと過ごした。
 年末は基礎練習をするために稽古場に通ったり、取材を受けたりする。喜咲さんと私との関係を面白おかしく書こうとしている取材陣は津島さんが遠ざけてくれたのか、その後は現れなかった。

「劇団のトップスターが二人いるような状態ですよね。ファンの方々にとってはものすごく豪華だと言われていますが、ご本人たちはどう思っていますか?」

 私と喜咲さん、二人が男役トップスターのように華やかだと言ってくれる記者のひとに喜咲さんが笑顔で答える。

「海瑠さんがいないと私の演技も成り立ちませんからね」
「私の夫は愛人を持っているんですよ」
「百合さんこそ、海瑠さんと相思相愛って話じゃないですか」

 喜咲さんと百合の話がよく分からない。
 私が愛人ってどういうことなのだろう。

「二番手という位置は長年やって来ているし、トップスターになった喜咲さんを支えたいと思っています。それができるのは瀬川海瑠だけだと言わせてみせます!」

 力強くインタビューに答えると、百合と喜咲さんから驚きの声が上がる。

「海瑠がやる気だわ!」
「海瑠さんは飄々としてるって言われてるのに」

 ん?
 豹……じゃない、飄々か。
 海香が私のことを豹だと言うせいで妙な聞き違えをしてしまった。

「この雑誌、献本を増やしてもらうことできます?」
「もちろん良いですよ。何冊ですか?」
「二冊で」

 記者さんにお願いしてみたら快く了承された。
 取材の仕事が終わって早めにマンションに戻ると、奏歌くんが水色のストライプのエプロンを着けてお昼ご飯の準備をしていた。エプロンももう小さくなり始めている気がする。
 いや、違う。エプロンが小さくなったのではなくて、奏歌くんが大きくなったのだ。

「奏歌くん、食べ終わったらエプロンを買いに行こうか?」
「うん……ちょっと小さくなっちゃった」

 確実に奏歌くんは日々大きくなっている。
 それを実感できるのは嬉しいことだった。

「雑誌に、私と喜咲さんと百合のインタビューが載るよ。写真もいっぱい撮ったんだよ」
「え? どの雑誌? 発売日はいつ?」

 ファンらしく話題に食いつく奏歌くんに私はくすりと笑う。

「献本を二冊にしてもらったから、一冊奏歌くんにあげる。これからも雑誌は全部献本を二冊にしてもらう」

 一冊は内容を確かめたり、保存しておくために貰うのだが、それを二冊にしてもらったところで雑誌社にあまり影響はない気がする。これだけファンの奏歌くんが欲しがってくれるのだから、小学生の奏歌くんのお財布からお金を取らずに雑誌が手に入るようにしたい。
 私の申し出に奏歌くんは難しい顔をしていた。

「雑誌のお金は貯金する」
「え?」
「いつか、海瑠さんに返せるようにする」

 本当に真面目な奏歌くんに私は胸がときめく。小学生なのだから他に欲しいものもあるだろうに、雑誌を貰えば買ったつもりでそのお金はいつか私に返せるように貯金するという。

「結婚のときに指輪を買ってくれるのかな?」

 冗談めかして言うと、ほっぺたを赤くした奏歌くんが真剣な面持ちでこくりと頷いた。
 結婚を前提にお付き合いをしていて、生涯一緒にいるつもりなのだが、はっきりとそれを意思表示されると私の方も赤面してしまう。
 二人とも赤い顔のままでお昼ご飯のお惣菜を温めて食べた。
 年末の大晦日は例年通り奏歌くんの家に泊ることになった。着物を入れたキャリーケースを持って迎えに来てくれた美歌さんの車に乗ると、美歌さんが話してくれる。

「今年のお正月は海香さんの家にご挨拶に行きましょうってお話してたのよ」
「海香の家に! いいですね」

 茉優ちゃんもさくらのことが気になっているようだし、会うのは喜ぶだろう。

「そのときに、安彦にさくらちゃんとのことを話そうと思っていて」

 続いて出た美歌さんの言葉に、遂にこの日が来たのかと私は身構えた。
 奏歌くんの運命のひとが私だと言うことをなかなか受け入れられなかったやっちゃん。茉優ちゃんが自分の運命のひとだと言うことも受け入れられずに、今年のフランス行きで初めて茉優ちゃんの血を吸っていた。あれからやっちゃんは定期的に茉優ちゃんに血を貰うようになったのだろうか。
 やっちゃんのことだ、日本で輸血パックが手に入るようになると茉優ちゃんの血はもらっていないような気がする。
 いつかはやっちゃんが茉優ちゃんに血を分けて同じだけの寿命を生きられるようにしないと、茉優ちゃんはやっちゃんを残して先に老いて死んでしまう。吸血鬼と人間の間の超えられない定めを変えるのはやっちゃんの選択しかない。

「やっちゃん、卒倒しませんかね」
「茉優ちゃんがいるから大丈夫だと信じたいわ」

 茉優ちゃんの存在はやっちゃんを支えて、変えたとはたから見ていても分かる。フランスの行き帰りの飛行機の中で茉優ちゃんは立派にやっちゃんを支えていた。
 お正月にはやっちゃんは美歌さんから真実を告げられる。
 今日は大晦日だからもう明日の出来事である。
 やっちゃんがどうなってしまうのか、ちょっと怖いような、面白いような、私は不謹慎な気分でいた。
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