可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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五章 奏歌くんとの五年目

18.吸血鬼と運命のひとに関する考察

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 カフェで飲むコーヒーは奏歌くんがいないとミルクをたっぷり入れても美味しいのかどうかも分からない。カフェオレというのを頼んでみたが、味が分からないままに私はカフェでそれを啜っていた。
 カフェの前の席には真里さんが座っている。
 シャツの首元にチョーカーのような細い首輪が見えるのもカフェオレの味をますます分からなくしていた。

「好きなものを頼んで良いよ」
「いえ、結構です」

 真里さんに奢ってもらうつもりはなかったし、カフェオレの代金もきっちりと自分で払う気でいる私に真里さんがぼそぼそと告げてくる。

「僕は、どっちが運命か分からないんだ……」

 去年、さくらの保育園のお迎えのときにやってきた真里さんは、運命のひとと出会ったようだった。それが二人いるとなぜか私に相談してくるのだ。

「美歌さんは会ってくれない、やっちゃんは近付こうとしたら嫌がられる……僕は話せる相手がいないんだよ」

 珍しく長期に日本にいるかと思えば、運命のひとに真里さんは翻弄されていた。

「一人は既婚者で子どももいて、僕には振り向いてくれない。そのことを嘆いてると警察官の彼が慰めてくれるんだけど、彼、僕が双子の弟に気を取られるのが嫌とか言い出すんだよ」

 優しくしては冷たくされる。冷たく突き放した後には甘やかされる。そうして翻弄されて真里さんは海外に行く余裕もないくらいに運命のひとに翻弄されているようだった。

「運命のひとに出会えて良かったんじゃないですか」

 正直興味がないと思いつつ呟くと、真里さんが両手で顔を覆った。

「僕が運命を翻弄してやるつもりだったのに」

 困惑している真里さんは、自分が掌の上で相手を転がすことに慣れていても、逆は初めてなのだろう。本当にいい気味としか思えない。
 真里さんのせいで私も苦しんだし、奏歌くんは物凄く悩んだ。茉優ちゃんは怯えて、やっちゃんは怒りを覚えていた。美歌さんは呆れていたし、誰もが真里さんという人物を愛してはいなかったのだと私は知っている。
 誰にも愛されていなかったショックを運命のひとで埋めようと足掻いているのかもしれないが、運命のひとは相当に性格が捻じ曲がっていそうだ。
 長く生きすぎて歪んでいる真里さんと、性格が捻じ曲がっている運命のひとならば、お似合いだとしか言いようがない。

「お幸せに」

 テーブルの上に千円札を置いて私はカフェの席から立ち上がった。カフェオレは少し口を付けただけでほとんど残って冷めていた。

「行かないで」

 縋る真里さんだが、店の外に長身の男性の姿を見てびくりと動きを止める。どうやらお迎えが来たようだ。
 真里さんは真里さんで幸せになったのだ。
 奏歌くんにはそう伝えよう。
 決めて私は真里さんを振り切って店を出た。
 篠田家に奏歌くんをお迎えに行くと、部屋が寒かった。部屋の中にいるのに奏歌くんも茉優ちゃんもコートを着ている。

「海瑠さん! エアコン、壊れちゃったんだ」

 なんと!
 篠田家はエアコンが壊れてしまったようだった。
 一月の寒い時期にエアコンが壊れるとは大変だ。

「明日修理に来てもらうんですけど、それまではこのままだって言われました」

 寒さで茉優ちゃんの鼻が赤い。いつもならば折り紙やペーパークラフトで遊んでいるのに、今日は手がかじかむのか茉優ちゃんは本を読んでいた。

「私の部屋の方がマシかも。今日だけ、茉優ちゃん、私の部屋に来ない?」
「良いんですか?」
「良いよね、奏歌くん?」

 問いかけると奏歌くんが元気に返事をする。

「もちろん! 茉優ちゃん、このままじゃ風邪を引いちゃう」

 タクシーでその日は茉優ちゃんも私のマンションの部屋に連れて帰った。茉優ちゃんがいるとなると本性の猫ちゃんになって奏歌くんに甘えられないが、茉優ちゃんに風邪を引かせないことが今は一番大事だ。
 おやつには篠田家に行く前に小さな一人分ずつホールになった丸いベイクドチーズケーキを用意していた。
 篠田家に行くときには茉優ちゃんが家でお留守番しているのは分かっているので、茉優ちゃんの分も買ってきて冷蔵庫に入れておく。今日はそれが三人で食べられる。
 紅茶を淹れてミルクを入れると、茉優ちゃんにはお客様用のお皿とマグカップを使ってもらう。

「海瑠さん、チーズが好きだもんね」
「そうなの、私、チーズが好きなのよ」

 自分に好きなものがあることも、嫌いなものがあることも、私は奏歌くんに出会ってから知った。奏歌くんが食の幅を広げてくれなければ、私はずっと何も分からないまま、興味もなく記憶にも残さないで、命を繋ぐためだけに物を口にしていただろう。

「私もチーズ好きです。一番好きなのは、栗とかサツマイモとかなんですけど」
「僕、四年生のクラブ活動でスイートポテト作ったことがあるよ」
「スイートポテトも大好き」

 モンブランタルトが好きだった茉優ちゃんはそういえばスイートポテトも好きだと言っていた。今度おやつを買うときにはそっち方向も視野に入れておこう。
 奏歌くんと五年を過ごす間に、私はおやつを買うお店も色んな所を探すようになった。以前は一人では入るのを躊躇っていた新しいお店にも、挑戦できるようになった。

「奏歌くん、茉優ちゃん、私、今日真里さんとお茶をしたの」

 話しておかなければいけないと私は切り出す。本当ならば美歌さんややっちゃんのいるときに話すべきなのかもしれないが、茉優ちゃんも奏歌くんも真里さんから被害を受けた当事者であるし、茉優ちゃんは来年度には中学生になるのだ、真剣に話を聞ける年だと判断した。

「父さんが!? 海瑠さん、何かされなかった?」

 真里さんに呼び出されて喫茶店に行ったときには私も物凄く警戒していたが、その首に光るチョーカーのような首輪と意気消沈した顔に、これは大丈夫ではないかと思ったのだ。

「何もされなかった……というか、相談された」
「相談、ですか?」

 真里さんのことになると茉優ちゃんの表情が厳しくなるのが分かる。ただでさえ大人を怖がっている茉優ちゃんを真里さんは脅して何度も泣かせていた。許せない存在であるのは確かだろう。

「運命のひとに翻弄されてるって。運命のひとのことしか目にないみたいだから、もう茉優ちゃんや奏歌くんを狙って来ることはないんじゃないかな」
「安彦さんもですか?」
「うん、多分ね」

 運命のひとというのは不思議なものだ。
 どれだけ隠して異性と付き合ったとしても、本心では同性が好きだった美歌さんにはさくらという同性の運命のひとができた。色んなひとと遊んできた真里さんだが、本当はやっちゃんという同性に執着していたら、きっちりと同性の運命のひとができた。
 そういう意味でも運命というのは真実を当ててしまう嘘の付けないものなのではないだろうか。
 私は奏歌くんと出会った当初は男性に絶望していた。近付く男性全てに警戒していた。そんな私の警戒心を解くためには、やはり6歳だった奏歌くんしかいなかったのだ。
 奏歌くんにとっても私はそういう存在なのだろうか。
 また茉優ちゃんはやっちゃんにとっては大事な癒しのようになっているが、恋愛を拒んできたやっちゃんにとって茉優ちゃんが育つまでの時間が必要だったのではないだろうか。

「運命って不思議だね」
「僕は海瑠さんが運命のひとで良かったと思ってるよ。海瑠さんのこと、大好きだもん」

 はっきりと言ってくれる奏歌くんに微笑むと、茉優ちゃんも頬っぺたを赤くしていた。

「私も安彦さんが運命のひとで良かったと思っています。あんなに優しいひと、どこにもいない」

 茉優ちゃんにとってはやっちゃんが最高の相手なのだ。
 吸血鬼の運命のひとは、その相手にとっても吸血鬼が運命に違いない。互いに運命なのだからこそ求め合う。
 そう考えると、歪んだ真里さんの運命のひとの性格が捻じ曲がっているのは当然な気がしてきた。
 その件に関しては、私は奏歌くんにも茉優ちゃんにも、美歌さんにもやっちゃんにも言う気はなかったけれど。
 何も見なかったことにするのが一番平和な気がする。
 吸血鬼と運命のひとの関係は複雑に思えるが、意外と単純なのかもしれない。
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