可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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七章 奏歌くんとの七年目

1.奏歌くんの小学校最後の夏休み

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 中学生になると忙しくなる。
 それを聞いた後で過ごす小学校最後の夏休みは、できるだけ思い出深いものにしたかった。奏歌くんは美歌さんの許可がなければ私の家にお泊りもできないし、遠出もできないので、美歌さんを交えて奏歌くんの最後の小学生の夏休みをどう過ごすかを相談することにした。
 篠田家にやってきた私を美歌さんは快く迎えてくれる。

「奏歌も大きくなったし、さくらちゃんも2歳になったから、夏休みに旅行をしても良いかなとは思っていたのよ」

 美歌さんにも計画があったようだ。
 中学生になると忙しくなる奏歌くんを旅行に連れて行く計画。海香と宙夢さんとさくらも一緒のようだ。

「奏歌、海瑠さんに修学旅行のことは伝えたの?」
「あ、言ってない」

 修学旅行?
 聞いたことがあるような気がするけれど、あまり学生時代が記憶に残っていない私は、それが何なのかよく分からなかった。
 話を聞くと奏歌くんは小学校の思い出として、六年生全員で旅行に行くらしい。

「修学旅行は秋なんだ。京都に行って、神社仏閣巡りをするんだって」

 京都には行ったことはあるけれど、観光はあまりしていないからちょうどいいのかもしれない。修学旅行期間は奏歌くんがいなくなるという事実に気付いて私はちょっとショックを受けてしまった。

「帰ってくるのよね?」
「帰ってくるよ?」

 旅行に行ったきり生きて帰って来なかった両親のことが頭を過る。遺体は酷い状態だったから海香が確認をしてくれたが、私は綺麗に整えられて棺に入った両親の顔も覚えていない。それくらい両親の死は私にとってショックだった。
 ワーキャットとしてはまだ若い二人で、もっとずっと長く生きるはずだったのに、両親は呆気なく死んでしまった。

「奏歌くんが私を置いて旅行に……私、ついていけない?」

 真剣に問いかける私に奏歌くんは悲し気に眉を下げる。

「小学校の行事だから」

 私の公演のときには、フランスでも北海道でも東京でも京都でも九州でも奏歌くんは付いて来てくれたが、私は奏歌くんの修学旅行には付いて行くことができない。理不尽な気がするのだが、仕方がないようだ。

「蝙蝠になるのが心配だから、小瓶に多めに涙を入れておいてもらえますか?」

 修学旅行で奏歌くんが蝙蝠になってしまうのは、正体を知られるきっかけになるので危ないと小瓶を用意する美歌さんに、私はもちろん涙を入れることに協力するが、その涙は奏歌くんと離れるのが不安で滲み出たものも混じっていた。

「旅館のお風呂とか入ったことがないから、奏歌を練習で温泉に連れて行こうと思っていたのよ」

 夏休みの旅行は奏歌くんの修学旅行の練習でもあったようだ。
 朝起きたときに誰にも見つからないで、蝙蝠になっていたときには対処できるようにする練習もしなければいけない。

「蝙蝠にならないように、寝る前に涙を舐めるとか、色々試してみなさい」
「うん、分かったよ」

 茉優ちゃんも六年生のときに修学旅行に行ったのだろうが、私は全くそのことを知らなかった。リビングの端で座って静かに話を聞いている茉優ちゃんに聞いてみる。

「茉優ちゃん、修学旅行ってどうだった?」
「別に……クラスの子とお泊りするだけでした。女の子だけの部屋で、大きなお風呂に入って」
「大きなお風呂……」

 全くの他人と入る大浴場に私は行ったことがない。温泉自体も興味がなかったので行ったことがなかったが、百合や他の劇団員が岩盤浴とかスーパー銭湯とかに行って癒されるという話を聞いたことがある気がするが、そういうところにも全く行ったことがなかった。
 警戒心の強い私は他人とお風呂に入ることなんて考えられなかったのだ。

「お風呂、大勢でも平気だった?」
「ちょっとめんどくさかったけど、平気でした」

 面倒くさい?
 どういうことだろう。
 話を聞いてみると、茉優ちゃんは大浴場の入り方を教えてくれる。

「先に身体を洗って湯船に入るんです。髪の毛は湯船に浸かる長さなら結ばないといけないし、入る時間が決まってて、急いで身体も髪も洗わないといけないから大変でした」

 修学旅行では大浴場に入る時間が決まっている。
 大浴場は女湯と男湯があって、茉優ちゃんは女湯に入ったのだという。
 奏歌くんともうお風呂には一緒に入っていないが、奏歌くんと別々の場所で一人でお風呂に入るなんて考えられないと立ち尽くす私に、美歌さんが苦笑する。

「私も茉優ちゃんも一緒だし、さくらちゃんも海香さんも一緒よ」
「あ、そうか……」

 知らないひとばかりではなく知っているひともちゃんといる。それならば温泉旅行も楽しめるのではないだろうか。

「温泉に入る時間も決まってないし、清掃の時間以外なら自由にどれだけでも入ってて良いんですよ」
「修学旅行とは違うんですか?」
「ただの家族旅行だから。海瑠さんが気になるなら家族風呂に入っても良いですし。さくらちゃんが小さいから、家族風呂を借りても良いと思いますよ」

 家族風呂?
 また新しい単語が出てきた。

「家族だけで小さめの温泉を貸し切るんですよ。そこだったら小さい子がいても平気なの」

 美歌さんの説明に、さくらもそちらで入るのならば私もその家族風呂で入れば良いような気がしてきた。

「僕、やっちゃんと大浴場に行くよ!」
「奏歌は安彦と楽しめばいいわ」
「温泉、初めてだな。嬉しい」

 美歌さんの仕事が忙しくて、やっちゃんもあまり奏歌くんを旅行に連れて行けていないようで、奏歌くんは温泉が初めてだと言っている。奏歌くんも初めてならば、私も初めてでも怖くない。
 温泉旅行の計画は固まって行った。
 秋公演の稽古はもう始まっている。劇団に休みを申請すると、津島さんと園田さんが劇団側と交渉してくれた。

「海瑠ちゃん、努力はしてみますけど、難しいかもしれません」

 お腹が目立つようになってきた津島さんは園田さんと一緒に劇団の上層部と掛け合ってくれる。
 男役トップスターの私は秋公演の主役である。一番登場する場面が多いので、抜けるとなるとその間はほとんど稽古が成り立たなくなる。分かってはいるのだが、奏歌くんとの日々もやはり大事にしたい。
 楽屋で交渉の結果を待っていると、百合が駆け込んできた。

「海瑠! 温泉に行くのね!」
「そのつもりだけど」
「海瑠だけずるい! 私も行きたい!」

 男役トップスターだけでなく女役のトップスターも同時に休む。そうなるとますます稽古が成り立たなくなる。

「海瑠がいなかったら私、立ち位置も分からないし、ダンスも相手がいないから、休んでも良いでしょう?」

 百合まで休んで私の旅行に付いて行くと駄々を捏ね始めて、劇団自体がそれを重く受け止めてくれた。

「その期間は新人公演の稽古に当てて、トップスターの二人は休んで良いということになりました」

 戻って来た津島さんが報告してくれたのに、百合が飛び上がって喜ぶ。

「海香も百合のことは妹みたいに思ってるし、反対しないか」

 どうしても付いてくるという百合を私は止める方法が分からなかった。元々大人数で行く温泉なのだ、一人くらい増えたって問題はないだろう。
 どこの温泉か聞いて観光ガイドを買ってくる百合は行動力に溢れている。

「近くに川のプールがあるんだって。ダーリン、こういうの好きなんじゃない?」
「川のプール?」

 川辺を石で区切って流れるプールのようにしている場所の写真を見せられて、奏歌くんがプールに行くのが好きだというのを思い出す。去年は全国ツアーで行けなかったから、今年はたくさんプールにも連れて行ってあげたい。

「美歌さんに連絡して相談しなきゃ」

 今年の夏は忙しくなりそうだったが、充実した季節になりそうな予感がしていた。
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